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2020年3月

2020年3月24日 (火)

「友(仲間)の為に戦う」というシンプルな組織論が最強の集団をつくる

onepieceのもう一つの引き付ける要因は組織論にある。
>いちばん強いのは「あなたなしでは生きられない」という言葉を交わし合って生きる人です。
というこのシンプルな考え方に現在の若者は強く共感している。
人の役に立ちたい、立つ仕事に就きたい。そういう若者がごく当たり前に多数派だが、その核心はこういう言葉ではないか。
リンクより引用
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彼がそのパフォーマンスを爆発的に開花させるのは例外なく「友のために戦う」ときであるということも理解できます。彼は別に友だちとの間に「相互防衛条約」のようなのを取り結んでおり、その約款に従っているわけではありません。彼に救出され、支援される友だちがルフィーが自分のことを友だちだと思っていることさえ知らないというケースだってあります。この「友のための戦い」は義務でもないし、報償が約束されているわけでもない、ルフィーの側からの無償の贈与なのです。それは別にルフィーが例外的に博愛的な人間だということを意味するのではありません。

彼は「その人のために戦うことのできる友」をつねに自分自身のために求めているのです。友のために戦うことが、彼にとってはこの世で一番楽しいことだからです。「友のために戦う」というこの願いは当然のことながらすべて満たされて「はい、おしまい」ということがありません。なにしろルフィーの友だちは物語の進行に合わせて増え続けているからです。この本質的に空虚な少年(「空虚」というのは「無尽蔵の包容力」ということです。ぜんぜん悪い意味じゃありません)が組織の中核にどんといるからこそ、麦わらの海賊たちは天下無敵の存在となっているのです。

 今の日本の若い人たちが『Onepiece』に熱中する理由の一つは、そこに彼らが現実の家庭や学校や職場ではまず見ることのできない「絶好調で機能している集団」を見るからでしょう。どうしてこの集団ではこんなにものごとがうまくゆくのか。それがただの「絵空事」であれば「ふん、気楽な話だね」で済ませられるでしょう。でも、読者はそこの「絵空事」ではないものを感じています。たしかに『Onepiece』に描かれているのは空想の世界です。でも、枠組みは空想だけれど、そこで起きているさまざまな事件は現実の世界の出来事をある意味ではそのままに映し出している。そこに登場する人々は現実に存在している人々のいささか誇張された写像である。だから、この不思議な物語世界に若い読者たちは独特のリアリティを感じている。そういうことだと思います。

 一番読者が惹きつけられているのは麦わらの海賊団の組織原理でしょう。どうして、この組織はこんなにうまく機能しているのか。それが知りたい。
 そこではたしかに私的なものと公的なもの、個人と集団の歯車が理想的に噛み合っている。でも、それは現実の世界でも局所的部分的には実現可能なもののように思われる。だとすれば、それはどういう組織原理であるのか、どういうふうにこのような集団は形成されうるのか。それを知りたいと願う気持ちが、とりわけ雇用環境がはげしく劣化している日本の若い読者たちの間には、存在するのではないかと僕は思います。そのような組織が「できあい」のものとして提供されるはずはないにしても、もし可能であれば自分たちで「手作り」できなものだろうか。そういう希望が『Onepiece』の読者たちの中にはきっと存在しているのだと思います。

 組織の中で、一人一人のメンバーはどのようなふるまいを通じて集団の一員として認知され、かつそのパフォーマンスは最大化するか。それについて見てみましょう。
メンバーたちはルフィーに誘われて海賊の一味になりますが、リクルートされる最優先の条件は「ルフィーができないことができる人間」であることです。その事情については前の解説にも書いた通り、ルフィー自身がきっぱりこう断言しておりました。

「おれは剣術を使えねェんだコノヤロー!!! 航海術も持ってねぇし!!! 料理も作れねェし!! ウソもつけねェ!! おれは助けてもらわねェと、生きていけねェ自信がある!!!」(第10巻、90話)
 
 文字に起こすとちょっと感嘆符が多すぎる気もしますけれど、いいたいことはよくわかりますね。「おれは助けてもらわねェと、生きていけねェ自信がある」というのは、ルフィーという人の「強さ」のありようを語ってあまりある名言です。

 哲学者の鷲田清一先生はこういう人間のありようのことを「独立(independence)」でも「依存(dependence)」でもない、「相互依存(inter-dependence)」という言葉で言い表したことがありました。互いに「その人なしでは生きていけない」「あなたの助けが必要だ」という言葉を言い交わす関係のことです。そういうネットワークの中に身を置くものがもっとも強い。これは経験的に確かなことです。
 ふつうは逆に考えます。誰にも依存しない、誰にも頼られない、自立した人間がいちばん強い。そう思っている人がたくさんいます。もしかしたら現代日本の過半はそう信じているかも知れません。でも、違いますよ。いちばん強いのは「あなたなしでは生きられない」という言葉を交わし合って生きる人です。

 

 

 

 

田野健

2020年3月17日 (火)

【図解】外圧捨象(→活力ドン底) と 人類の再生

353556 『外圧捨象(→活力ドン底) と
人類の再生』の図解

  ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
  ┃『自分には関係ない・どうでもいい』という外圧捨象 ┃
  ┃  
(政治、経済、環境・肉体破壊の問題etc.)   ┃
  ┃             ↑             ┃
  ┃    
   個人主義と私権圧力の衰弱    
 ┃
  ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛   
               ↓
         ┏━━ 活力ドン底
━━━┓
         ┃           ┃
         ┃ 生存意欲→生きる意欲 ┃
          ┃
闘争本能→闘争意欲  ┃
         ┃ 追求本能→追求意欲  ┃
         ┃  性本能→性情動   ┃
         
┃ 生殖本能→出産意欲  ┃
         ┗━━━━━━━━━━━┛
          ↓↓   ↓↓   
↓↓
本能(脳)は外圧を感知して  ↓↓  潜在思念が感応するままに
作動することを再認識する  ↓↓  問題を直視し追求
         
↓↓   ↓↓    ↓↓
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃     
夫々の衰弱構造を知れば(外圧を知れば)       ┃
┃          本能作動→活力再生する          

┃                               ┃
┃活力衰弱の構造(殖産分離→学校教育と観念支配)        ┃
┃生殖衰弱の構造(私権・独占の性→核家族と一対観念)      ┃
┃社会閉塞の構造(私権の終焉⇒観念支配による外圧捨象→思考停止)┃
┃共認統合の構造                        ┃
┃環境破壊の構造(西欧化学の狂気→市場拡大)と自然の摂理     ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
              

             人類の再生
          (実現塾は活力再生の場)

 

 

 

佐藤賢志 

2020年3月 9日 (月)

「わたしは正しい」と確信した瞬間、人は権力争いに足を踏み入れる

岸見一郎氏「哲人」と古賀史健氏「青年」の対話から話が始まります。

以下リンク

〇権力争いから復讐へ

青年 先生は「人は怒りの感情を捏造する」とおっしゃいましたね? 目的論の立場で考えるとそうなるのだ、と。私はいまだにあの言葉が納得できません。
 たとえば、社会に対する怒り、政治に対する怒りなどの場合はどう説明されます? これもまた、自らの主張を押し通すために捏造された感情だといえますか?

哲人 たしかに、社会的な問題に憤りを覚えることはあります。しかしそれは、突発的な感情ではなく、論理に基づく憤りでしょう。私的な怒り(私憤)と、社会の矛盾や不正に対する憤り(公憤)は種類が違います。私的な怒りは、すぐに冷める。一方の公憤は、長く継続する。私憤の発露としての怒りは、他者を屈服させるための道具にすぎません。

青年 私憤と公憤は違うと?

哲人 まったく違います。公憤は、自身の利害を超えているのですから。

青年 じゃあ、私憤について伺います。いくら先生だって、さしたる理由もなく罵倒されたら腹が立つでしょう?

哲人 立ちません。

青年 嘘をついちゃいけません!

哲人 もしも面罵されたなら、その人の隠し持つ「目的」を考えるのです。直接的な面罵にかぎらず、相手の言動によって本気で腹が立ったときには、相手が「権力争い」を挑んできているのだと考えてください。

哲人 たとえば子どもは、いたずらなどによって大人をからかってみせることがあります。多くの場合、それは自分に注目を集めることを目的にしたもので、大人が本気で怒る直前に引っ込められます。しかし、もしもこちらが本気で怒るまでやめないのだとすれば、その目的は「闘うこと」そのものでしょう。

青年 闘って、なにがしたいのです?

哲人 勝ちたいのです。勝つことによって、自らの力を証明したいのです。

〇非を認めることは「負け」じゃない

哲人 人は、対人関係のなかで「わたしは正しいのだ」と確信した瞬間、すでに権力争いに足を踏み入れているのです。

青年 正しいと思っただけで? いやいや、なんて誇張ですか!

哲人 わたしは正しい。すなわち相手は間違っている。そう思った時点で、議論の焦点は「主張の正しさ」から「対人関係のあり方」に移ってしまいます。つまり、「わたしは正しい」という確信が「この人は間違っている」との思い込みにつながり、最終的に「だからわたしは勝たねばならない」と勝ち負けを争ってしまう。これは完全なる権力争いでしょう。

哲人 負けたくないとの一心から自らの誤りを認めようとせず、結果的に誤った道を選んでしまう。誤りを認めること、謝罪の言葉を述べること、権力争いから降りること、これらはいずれも「負け」ではありません。
 優越性の追求とは、他者との競争によっておこなうものではないのです。

青年 勝ち負けにこだわっていると、正しい選択ができなくなるわけですね?

哲人 ええ。眼鏡が曇って目先の勝ち負けしか見えなくなり、道を間違えてしまう。

 

 

 

ビッグチキン

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