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2019年10月24日 (木)

私たちは知らず知らずのうちに資本主義というシステムの中で物事を考えてしまう

私たちは知らず知らずのうちに資本主義というシステムの中で物事をかんがえてしまう仕組みになっている。社会構造と私たちの意識は深くつながっている。

「「構造主義」をひと言で説明すると?」
リンク
「挨拶を哲学すると、資本主義の本質が見える」
リンク

―――――以下、リンクより引用――――――
■構造主義とポスト構造主義
(前略)
「ようは、『人間は、何らかの社会構造に支配されており、決して自由に物事を判断しているわけではない』という話だ」
(後略)

「構造主義」の構造とは、「システム」である
「ようするに、この心理実験から読み取れることは、『人間は、自分の意志で考えて行動しているように見えて、実は、周囲の環境や役割や立場によって、無意識にその考えや行動が決定づけられている』ということである。(中略)」

「しかし、まあ、実験の正当性はともかく、感覚的には『ありそう』な話ではないだろうか。実際、なぜ特定の職業が、特定の制服を着て仕事をしているのか。なぜキミたちが、わざわざ特定の制服を着て学校へと通っているのか」

「それは、もちろん、それらの制服の着衣が、当人に『立場の自覚』と『集団への帰属意識』を促すと期待されているからである。つまり―個人としてではなく、集団の中の一員として―医者は医者らしく、学生は学生らしく、囚人は囚人らしくあるためだ。そうした意識の変容が、たかが布の色や形ぐらいで引き起こされているという事実を、我々はもっと重く受け止めるべきだろう」

(中略)
「このように人間は、自分で思うほど自由に物事を考えているのではなく、周囲の環境や社会的規則―言い換えると『構造』によって、実は『無意識にそのように考えさせられている』のだと言える」
(中略)
「さて、仮にその言葉で構造主義を表現するなら、それはこういう言い方になるだろう」
『人間がどう考えるかは、その人が生きる社会のシステムによって、無意識に形づくられてしまっている』


あなたはなぜ「働く」のですか?
(前略)
「正義くん、キミは『働く』または『働かない』という言葉を聞いて、どんなイメージを思い浮かべるだろうか?」

「えっと、そうですね。『働く』は『偉い』とか『生きがい』とか……。『働かない』は『ろくでもない』とか『羨ましい』とか、そんなイメージが浮かびますね」
(中略)
なるほど、ありがとう。今、正義くんが言った回答は、まさに我が国の資本主義社会という『システム』ならではのものだと言えるね。つまり、資本主義、貨幣経済という『システム』の中で生きている人間だからこそ、思いつける回答だということだ。実際、経済という『構造、システム』を持たない国に正義くんが生まれていたとしたら、同じように回答しただろうか?」

 僕は、美味しい食べ物が1年中そこらに転がってるような暖かい南国で、のんびりと暮らしてる自分の姿を思い浮かべた。
(中略)
「では、正義くん、仮にキミに弟がいたとして、その弟が人に挨拶を返さない子だったとしよう。さて、キミは何と言って彼を諭すだろうか?」

「それはまあ、まともに挨拶もできなかったら、社会に出てから困る……あ」


挨拶を返さないと、なぜダメなのか?
「どうやら気づいたようだね。正義くんが、今言った何気ない言い方は、ようするに、『働いてお金を稼いで生きる資本主義システムにおいて、通用しないからダメだ』と言ったわけだ」

「そうです……ね。自分では、普通に悪いことは悪いと言ったつもりなのに、知らず知らずのうちに、自分が生きている社会システムの価値観で答えていました」

 ちなみに、僕は、その回答以外にも「挨拶を返さないと、非常識だと思われて人から嫌われるぞ」という単純な諭し方も思いついていた。でも、これも同じで「じゃあ、なぜ嫌われたらダメなの?」と、もし問われていたら「だって、得しないじゃん」と即答していたと思う。

 これも、やはり、資本主義システムからの影響が無意識に出てしまった回答であるのが丸わかりだ。

「挨拶を返さないとなぜいけないか? 本来なら、さまざまな回答の可能性があったはずだ。たとえば、『挨拶とは、今日というかけがえのない一日に、互いに出会えたことを喜び合う行為である。だから人生を感動的に楽しみたいなら自分のためにも積極的に挨拶をするべきであろう。だが、もし、キミがそんな気分でなければむしろ挨拶はするべきではない。自発的に他者と今日という奇跡を分かち合いたいときに行えばいい。それが真の挨拶なのだ』と言ってもよかった」

「いや、むしろ、『挨拶とは何か』をちゃんと考えるなら、そう答えるべきだったとすら言えるかもしれない。だが、多くの人は、本来の意味を省みることもなく、自分が生きる社会システムの価値観で無意識に答えてしまう」
(中略)
「仮にここにコップがあり、そこに水を注いだとしよう。すると、水はこのコップの形になるわけだが……もしかしたら、水はこう言うかもしれない。『僕は自分の意志でこの形になったのだ』と。だが、それは幻想であり、事実は『たまたまコップがそういう構造をしていたから』にすぎない。

 実際、花瓶を持ってきて水を入れ替えれば、水はあっさりと花瓶の形になるだろう。つまり、水の意志など最初から関係なかったということだ。さあ、ここまで言えば、構造主義がどういう主義で、人間をどう捉えているかわかったのではないだろうか」

 うん、今の説明でよくわかった気がする。

 ようは、身も蓋もない人間観。今の話の場合、「コップ」は社会の構造で「水」は僕たちの思考のことだが―まさにそのたとえの通り、人間はただ構造に合わせて考えさせられてるだけにすぎないということ。

 これはたしかに右側の系譜、理想もへったくれもない現実的な哲学思想だ。そして、なるほど、だから「構造」主義と呼ぶのか。

――――――――――――――
以上。

 

 

 

 

どうなる資本主義

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