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2019年7月

2019年7月25日 (木)

近代観念が、若者たちを煩悶させ、死へと追いやった

明治以降、日本にも輸入された近代観念。

明治維新から150年もたった今になって、ようやく我々はこれらの観念群が、全く潜在思念とつながっていないこと、そして、現実の社会を切り開く力になっていないどころか、むしろ精神破壊・肉体破壊・環境破壊の元凶であったことに気づき始めた(339648)。

幸い、「自由」「平等」「博愛」といったこれら近代観念群に対して、現代人は冷めた視線で対峙できているが、導入時のショックは特に多感な若者たちにとって大きかった。急速に浸透する私権社会の現実(制度・観念)と己の潜在思念との間で大きな葛藤を生み出したのである。

当時のそのような社会現象を表した言葉に、「煩悶青年」がある。
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「煩悶青年」は、宗教的情操が満たされず悩み苦しみ救いを求める〈青年〉として、仏教系雑誌
『中央公論』誌上で1900年に誕生したと言えるだろう。では、このような「煩悶青年」が生まれてきたのにはいかなる時代背景があったのだろうか。
(中略)
1890年代後半における中学校生徒数の急増、つまり「煩悶」し得るだけの知識と時間を有した〈青年〉の量的増加である。次に、「品性」、「宗教」、「倫理」、「修養」、「人生」、「理想」、「人格
」などの概念が1880年代から1890年代にかけて定着したことで、〈青年〉が自己の存在や生そのものをこれらの近代概念によって説明する試みが可能となったことが挙げられる。つまり、「煩悶」するのに必要な近代概念の獲得である。最後に、従来の「立身出世読本」とは別の価値観を提起した〈修養〉論が、「画一的」「注入的」「形式的」な学校教育を批判する言説として1890年代半ばに誕生したことが指摘できる。
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近代日本における「煩悶青年」の再検討(リンク)より引用。

そして、その傾向が強い場合は、自殺へと至る。
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明治以降の近代日本において作家の自殺はかなり多い。
ただし、この傾向はいちおう1970年の三島由紀夫の自決でおさまったと言える。
(中略)
代表的な「自殺した作家」を年代順に列挙してみよう。
・北村透谷(25歳で決行)
・有島武郎(心中)
・芥川龍之介(36歳で)
・生田春月(客船から海に投身自殺)
・太宰治(多数の未遂ののち心中)
・原民喜(46歳で)
・三島由紀夫(あまりに有名、壮絶な切腹事件、45歳)
・川端康成(三島の後追い自殺じゃないよ)
・中村真一郎(妻の死と病苦)
******************
心と精神の哲学/あるいは/脳と精神の哲学(リンク)より引用。

 

 

 

竹村誠一

2019年7月24日 (水)

実はヤバい「プラス思考」

黄金の金玉を知らないか?リンク「実はヤバいプラス思考について」から引用させていただきます。
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以上の話をまとめると、プラス思考で人生がうまくいくどころか、逆に仕事もプライベートも失敗してしまうことに!まったく自己啓発書の教えとは逆の結論です。
「プラス思考」研究の権威であるガブリエル・エッティンゲン博士は、20年におよぶリサーチの結果を、こうまとめています。

『どんな角度から調べても、古い心理学や自己啓発本の考え方は間違いだとわかった。プラス思考が役に立つ場面もあるが、たんに物事をポジティブに考えるだけではダメなのだ。プラス思考は、あたかもすでに目標が達成されたかのような幻想を与える。その結果、目標に向かうための意欲が削がれてしまう』

基本的に、ヒトの脳は現実とイメージを区別するのが上手くありません。そのため、プラスな考え方をすることで、脳がすでに目標をやり遂げたように思い込んでしまうわけです。
(中略)
もっとも、すべてのプラス思考が無意味なわけではありません。エッティンゲン博士は、こうも述べています。
『プラス思考は、状況によっては大いに役に立つ。』

体重を減らしたり、タバコを止めたり、新しい仕事を得るためには使えないが、圧政的な政治に耐えたり、砂漠のような環境で生きのびたり、冤罪で捕まったときなどには多いに使うべきだ』

つまり、プラス思考が効果を持つのは、自分の力ではコントロールが効かないような状況だけ。あくまでバンドエイドのような応急処置のために使うべきで、傷の根本的な治療には向いていません。
(中略)
そもそもプラス思考とかマイナス思考とか。
そんなものを越えたところに宇宙の法則はある。
ワタスは宇宙の法則は絶対あると思ってます。

そもそも人間に未来などにコントロールできない。
プラス思考だけではなくて、逆にマイナス思考でももちろん思い通りにならない。

例えば以下のような話。

良くスポーツの世界でもあることですが大会まで徹底的にトレーニングする。
で、これだけやったんだ。後は野となれ山となれ。
結果を忘れる。
そうやって力を抜いた瞬間になぜか良い結果が出る。
頑張って、力を抜いて脱力した時。
意図してああしてやろうとか。こうしてやろうを抜けた瞬間というか。
無欲の状態。あるがままに。
そう言う時、なぜか願いがかなう。

ポジティブ、ネガティブというかむしろニュートラル。
そもそもネガティブ、ポジティブというのは人間の妄想で本来はどっちでもない。

あるがままの心。
どちらでもない瞬間。
何も考えずに感じてる時。

宇宙の法則は紛れもなくそう言う時に発動する。
---------------------------------(引用終わり)-----

 

 

 

 

上前二郎

2019年7月11日 (木)

「悟り」は具体的にどういう意識の状態なのか

リンク より引用

竹下雅敏氏からの情報です。

大変面白い記事で、「悟り」が“具体的にどういう意識の状態なのか”を、大変わかりやすく示しています。ほとんど、この通りだと思います。

記事に書かれているように、“一般的な人の間にも悟っている人が山のようにいる”のです。また、“一般的に思われているほど悟りを得るのは難しくない”のです。現在は、宇宙、および天の川銀河のセントラルサンのヒメミコ様から、常に光が降り注がれている状態なので、近い将来、多くの人が悟りを得ることになると思っています。


以前の記事で説明したように、「私」=意識・心・身体なのですが、インドの哲学には、3つの従属要素(グナ)という概念があるのです。サットヴァ(純質)、ラジャス(激質)、タマス(暗質)と言います。サットヴァは軽快で、照らす性質を持っています。ラジャスは刺激的で活動的であり、苦の本質です。タマスは、抑制的で鈍重な性質を持っています。

「私」=意識・心・身体は、この順に、サットヴァ・ラジャス・タマスになっているのがわかると思います。人間が他の動物と違うのは、心が働き過ぎており、心を刺激するものが多過ぎるという点です。心は思考、感情ですが、特に思考が多過ぎるのです。考え過ぎる人ほど苦しみます。

「私」=意識・心・身体の中で、ほとんどの人は、「私」を心と身体だと勘違いしています。一番重要な意識(気づき)を無視しているのです。

「悟り」を得るのに、瞑想は大変有効な手段です。瞑想の本質は、心と身体の活動状態を減らすことです。そうすることで、“快”を本質とする意識(気づき)の割合を増やしているのです。なので、ことさら静かに座って座禅を組む必要はありません。日常生活の中で、ただ自分の心と身体に気づいていれば良いのです。日常生活そのものを瞑想的にすべきなのです。そうすることで、苦しみの原因である心の働きを低下させることができます。

子供の頃は、ゆっくりと時間が流れていたと感じる人は多いでしょう。なぜでしょうか。子供は、“今”を生きています。しかし、考えるようになって、将来を思い描くようになり、その思い描いた将来のために努力するようになった時、
自我」が生まれます。心の中に、“理想の自分”という「自我」が生まれたのです。

もっと良い猫になろうと努力している猫を見たことがあるでしょうか。自分の努力が足りない、だから俺はダメなんだ、と嘆いている猫を見たことがあるでしょうか。この意味で、猫は「自我」を持っていないのです。

記事では、悟りの最終段階になると「自我という感覚は完全に消滅する」と書かれていますが、これは努力して変わらなければならない「理想の自己像」を持っていないことを意味します。すなわち、悟りを得た人は“あるがまま”の自分に安らっているのです。簡単に言うと、猫のように生きているわけです。

自我」の消滅というのはこうした意味であって、自他を区別する概念が無くなったという意味ではありません。
(竹下雅敏)
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引用終わり

 

 

橋口健一

2019年7月 2日 (火)

人の思想・意識の根源を知る~西洋哲学の歴史~

「人の意識」について人はどんな変遷をたどってきたのか。時代時代の意識や思想の最先端と考えられていた哲学から、意識潮流の変化を学んでいく。

引用元:コトバンク

(以下抜粋リンク


□哲学の起源:ギリシア哲学(ギリシアてつがく)
philosophia Graeca;
Greek
philosophy

「哲学」を意味する語フィロソフィアーphilosophiaがもとは「愛知」を意味するギリシア語であったように、ヨーロッパ哲学は、紀元前6世紀から紀元後6世紀までギリシア本土を中心とする地中海の沿岸諸域に展開された古代ギリシア哲学にその淵源(えんげん)をもっている。ギリシア文明に先だつエジプトやバビロニアの文明において農耕、航海、建築などの技術はすでに高度の発展を遂げていたが、技術の成立する構造・仕組みを尋ね、これを成り立たしめているもっとも単純な要素stoicheion・原理archから理解しようとしたのはギリシア人であった。ここに測量術は幾何学geometriaとなり、占星術は天文学astronomiaとなって、いろいろの学問が成立した。これは、事物をすぐに利用しようとする実用の態度ではなく、事物を事物がそれ自身でもっている形と成り立ちにおいて眺めることを楽しむ観照(テオーリアーtheri)の態度によって生まれることであり、ここにギリシア人のロゴスlogos的な態度がある。
 事物のそれ自身の真実(アレーテイアaltheia)の姿を尋ねる、このテオーリアーの態度によって、およそ存在する限りのすべてのものについて、第一の原理を尋ねていく哲学(愛知)の道が生まれた。
 ギリシア哲学の歴史は、前古典期、古典期、後期古代の3期に分けられるが、プラトン、アリストテレス、プロティノスを除いて、この時代の哲学者の主要な著作はほとんど失われているため、後代の伝承に基づいて再構成された資料が多い。(加藤信朗)



1.前古典期(ソクラテス以前の哲学)

…存在する事物の原理を、生成し消滅する存在者がそこから成り立っている第一の原理に求め、これを自然(ギリシア語でフィシスphysis、ラテン語でナトゥラnatura)とよんだ。



2.古典期(アテネ時代の哲学)

…ソクラテスは徳の問題を取り上げ、人間が善くなるのは何によってかを問い、ここに哲学の問題は、自然から人間と行為の根拠の問題に移る。



3.後期古代(ヘレニズム時代の哲学)

…アレクサンドロス大王(在位前336~前323)によりギリシアの都市の自由が奪われてから、時代は、創造よりは整理、根源的思索よりは反省の時代に入った。


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自然→人間へとステップと踏んでいたのにもかかわらず、なぜ非人間的な思考に移行してしまったのか。時代を追って詳細に紐解いていきたい。

 

 

 

 

花田裕実

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