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2018年6月30日 (土)

「感情」と「思考」~心から好きといえますか?~

週刊代々木忠の『アーカイブス045 「感情」と「思考」の使い分け方(リンク)』より。
心と頭は本来、繋がっているもの。しかし、思考至上主義=観念の先行した世の中では、心や体とつながっていない場合が多い。そんな言葉を発しても、相手には伝わらない。間違った観念を使えば使うほど断絶してしまう。使い分けをしなければならないパラダイム自体がおかしいように思う。
----------------------------------転載
 「あの人、ひょっとして好意を持ってくれてるのかなぁ」と、相手の目や素振りから感じることがある。あなたも、相手のことがまんざらでもなかったとしよう。いや、それどころか、けっこういいなと思っていたとする。
 でも、「ひょっとしたら自分の勝手な思い込みかもしれない」とあなたは考える。自分が感じたとおりなのか、あるいは思い込みなのかを明確にすべく、相手のまわりの人間に「今つきあっている人がいるのか?」などとそれとなく訊いてみる。
 なぜこのような裏取りをするのかといえば、もし思い込みだった場合、告って玉砕になる可能性もある。相手が同じ学校や会社や友人たちの輪の中にいるとしたら「フラレたら、あとあとやりにくくなるだろうし、だいいちみんなに知られたら恥ずかしい」とあなたは考える。
 今回は「感情」と「思考」の使い分けの話だが、上のエピソードの中で、どこからが「思考」だと思われるだろうか?
 相手の目や素振りから「ひょっとしたら好意を……」と感じたのは「感情」であり、そんな相手にあなたが同様の思いを抱くのも「感情」だが、それ以降はすべて「思考」である。
 「感情」は瞬時に感じ取る。それに対して「思考」はいったん頭を通すために、「感情」と比べるとワンテンポ遅れる。だから、相手の表情や言葉に対してすぐに反応しなければいけないチャンスを取り逃がしてしまう。
 そればかりか、「自分の勝手な思い込みかも」とか「フラレたら……」というのはネガティブな思考だ。これがまた問題である。
 話は変わるが、僕はこれまで感情的になり失敗した経験が数多くある。たとえば、なにかの商談があったとしよう。そういうビジネス上のやりとりで相手の態度が横柄だからといって「感情」を前面に出してしまっては、まとまる話もまとまらなくなる。
 商談だからこちらの思惑どおりに行かない面もあるはずだが、「なるものはなる。ならないものはならない」という整理が必要であり、これは「思考」が冷静に導き出す結果でなければならない。
 宮本武蔵の話で、佐々木小次郎との対決の場に、武蔵が遅刻するくだりがある。小次郎のほうが腕は上だったとの説もあるが、結局、武蔵が勝つ。これは約束の時間になっても来ない武蔵に、小次郎がイライラし、平常心で戦えなかったからだと言われている。
 商談と同様、小次郎の場合も「思考」で行かなければいけないところを「感情」を出してしまったのが敗因となる。しかも、イライラというネガティブな感情だ。平静で達人の域の小次郎は、仮にH24の意識階梯だとする。それがネガティブになるとH96にまで振動密度は落ちる。つまり100分の24秒で打ち込めるのが、100分の96秒と、4倍の時間がかかってしまうと言えばわかりやすいだろうか。
 このように、恋愛やセックスでは「感情」が、仕事では「思考」が優位に立たないと事は上手くいかない。しかも、ネガティブになって意識階梯が落ちると、「感情」は依存や執着に、「思考」は概念にとらわれるようになる。これでは上手くいくはずがない。
 フラレることにさほど傷つかない人もいる。少なくとも後に引いたりしない。好きだと思えば、その思いを素直に相手にぶつける。思考が入ってこない。ダメならダメ。好きだと思った自分を尊重すると同時に、NOと答えた相手も尊重する。だれにも縛られず、だれをも縛らない。こういう人は感情が成熟している。
 なかなかそこまでは行かなくとも、デートやビジネスシーンで「今、自分は相手と感情オクターヴで接しているのか? 思考オクターヴで接しているのか?」をちょっと意識してみるだけで、結果はたいぶん変わってくるのではないかと思うのだが、いかがだろうか?
(2010年6月4日掲載)
 思考至上主義の現代においては、本来「感情」で行くべきところを「思考」で行ってしまうがゆえに失敗するという話である。自分の過去をふり返り、そういう失敗例はなかったかと探してみたのだが、結局思い当たることは1つも浮かんでこなかった。そればかりか仕事においてさえ、そもそも企画というものがなく、対象である女の子に興味が湧けば撮るし、つまらなければ撮らない、現場もそのとき起きてきたことを撮るという方法の中では思考の入り込む隙がほとんどない。僕のようなケースは珍しいのかもしれないが……。




月読尊

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