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2018年5月

2018年5月30日 (水)

「努力する」「頑張る」という欺瞞

>努力という言葉には、無理して頑張る、我慢して為すというイメージが一緒に含まれています。必要なのは、努力することではなく、没頭できる何かを見つけること。そして追求し続けること。(335177)
「努力する」や「頑張る」という言葉を美徳化し、「できない」言い訳を自ら与えていませんか?努力する、頑張るという言葉に隠れた欺瞞を指摘した記事を紹介します。
以下、頑張り過ぎるという欺瞞より(リンク)
* * * * *
さて、私はどちらか言うと、すぐに手を抜きたがるほうで、手を抜くことによって失敗し、「ああ、あのとき、もっとちゃんとしておけば良かった」という後悔を繰り返すタイプなので、その点、注意する必要があるのですが、私とは反対に、常に無理をして頑張る人がいます。
そんな人たちは、無理をして無理をして頑張って頑張って、頑張り過ぎて、そして、体調を崩したり気力が続かなかったりして、「やっぱり私はダメなんだ」と自分を責め、罪悪感に苛まれています。
一生懸命頑張った結果体調を崩したり気力が続かなかったりしただけなのに、自分を責めるのはおかしなことですが、これが、こういう人たちの失敗のパターンなのです。
つまり、無理をして頑張る人は、無理をして頑張ることによって体調を崩すなどして続かくなり、そのことで「自分はやっぱりダメなんだ」と責める口実を、自分自身に与えているのです。
要するに、続けられないような無理な頑張りをすることによって失敗するというパターンを繰り返しているのです。
こういう人たちは、「自分はいくら頑張っても認めてもらえない」と思い込んでいます。
そのために、無理をして無理をして頑張り過ぎて続けられなくなり、「やっぱり自分はダメなんだ」ということを証明しようとしているのです。
そもそも、人が頑張るのは、自らを成長させるためであって、周囲の人たちに自らの頑張りを認めてもらうためではありません。
そして、頑張るとは、そのとき自分のできることに自分のできる範囲で力を尽くすことを言うのであって、決して無理をすることではありません。
自分のできること以上に無理をしても、決して続けることはできないでしょう。自分のやっていることの矛盾に気づくことができれば、今の生き辛さから抜け出すきっかけを見つけることができるのです。
以上、引用終わり




紺碧空

成長を妨げているのは自分自身

新しい環境はこれまでの自分の悪いところが浮き彫りにさせる。
あるいは何か新しいことに挑戦しようとするとき、壁が立ちふさがる。
その壁はなにか。どう対処するか。
私は自分の意見や考えが合っているのかわからなくて、ほかの人の意見が欲しいとき、訊くのをすごく躊躇してしまう。
それは自分の考えに自信が持てなくて言ったらだめかもしれない、間違っているかもしれない、こう思われるかもしれない、と勝手に思い込んでしまうからだ。あるいは、見栄やプライドが邪魔をして言えなかったりする。
どれも自分観念になっていることが壁になっている。
相手のことを考えているつもりでも、本当は自分が傷つくのが怖くて、評価が気になっていえないだけ。相手のことや組織のことを考えられていないし、逆に組織にとってマイナスなことでしかない。
自分の意見を伝えることや、相手の意見を聞くことで初めて集団として成り立つし、よりよいものが生まれる。組織としてやっていくためには、一人ひとりの意見が重要になるし、その結果いいものが生まれる。
こうした自分観念にとらわれず悪いところを認め、それをさらけ出すことで仲間として結束力が生まれるし、お互いの悪いところを補い合うことで、組織として成り立つのではないかと思う。
自分だけの問題にするのではなくそれをみんなと共有することで解決されるし、あるいはそれから新しい考えが生まれ、可能性がどんどん広がっていくかもしれない。
組織にとって何が必要か。
そう考えながらこれからも日々考えて発信していきたい。




匿名希望

否定を肯定視することが前に進む一歩

自主管理への招待(5)(6)を読んでの気づき
生きている中で否定することは多々出てくる。その中で、その否定をどう捉えるかによって、先に進めるかどうか決まるのだと分かった。
相手のことを思っての否定はとても重要でそれを肯定的に捉え、受け止めてどう行動に還元できるかが大切である。
ここで否定していては一人取り残されるだけである。
それでは何も進まない。
相手の発言に対して反応し、どう前に進もうとするかがポイントであると感じた。
物(自然)から類(人間またはその関係=社会)に対象は変化してきた。
その類(人間またはその関係=社会)を掴んでいくのが類設計であると認識できた。
今まで会社名より自分たちの場は自分たちで作るなどのほうが印象的だったが、会社名の由来を聞くことでより会社への愛着が湧いてきました。
技術をどう使うか、どう相手の欠乏を読み取ってもてる力を発揮できるかその力が今求められている力と感じた。
この力をもち実現していけるよう、認識の錐になるよう相手の反応を受け止め、前に進んでいきます。




匿名希望

2018年5月28日 (月)

不完全な適応態だからこそ進化・成長し続けていける

会社のある部門では、もともと他の部門で力を発揮できていなかったメンバーが多くいたのだが、急激に変化(進化)を遂げて、能力と活力を上昇させていた。
様々な注目要素があるのだが、目を引いたのは「失敗談を皆と話すのが一番楽しい」という姿勢。
“開き直り”と捉えることもできそうだが、もっと深いものがあるように感じたのだが、ふと実現論前史の一節が思い浮かんだ。
>完全なる適応態など存在せず、全ての適応態は外部世界に対する不完全さを孕んでおり、それ故より高い適応を求めて進化を続けてゆくことになる。<実現論1_1_03
どんな適応態であっても、外圧は変化し続けるので、常に不完全適応態である。
つまり失敗≒不完全であることを直視するから、より高い適応を求めて進化し続けていっている。
自分の失敗も他人の失敗も、全てがより高い適応状態へ到達する可能性。
そこには、格好悪いから隠すとか、どうせ無理だと諦める(捨象する)というような、現実逃避は一切介在していない。
外圧適応態である生命体として、適応欠乏を全開にして可能性を探っているのだ。(“開き直り”とは位相が違う)
不完全な適応態であるからこそ、より高い適応を求めて進化を続けていくことができる。
この普遍的な事実構造を体得することで、逆境をも楽しんで、人間として成長し続けていけるのだと思う。




稲依小石丸

2018年5月24日 (木)

自分で限界を決めてない? 常にチャレンジし続けるための「思考の枠」の広げ方

リンク
ビジネスコーチ株式会社代表の細川馨氏によれば、「思考の枠」とは “思い込み” や “固定概念” のこと。この枠を広げないと、あらゆる場面ですぐ枠に当たっては思考が停止してしまうそうです。
例えば思いがけず大きなプロジェクトを上司から任されたとき、「自分にはとても無理です」と答えてしまうのも、まさにその状況。誰も未来は予測できないし、何事もやってみなければわからないのに、自分で「できない」と思い込んでしまうのです。
 
「思考の枠」は隠れ蓑にもなる
また、“思い込み” や “固定概念” は、ときに「隠れ蓑」にもなります。
大きな責任をともなう仕事を任されたとき、あるいは、もっと何か違うアイデアを出せといわれたとき、「やりたくない」「もうイヤだ」という本音を、「無理だ」という思い込みで押し隠してしまうのです。そうすれば、自分の “弱さ” や “ずるさ” を直視せずに済むから。
とはいえ、「全てできる!」と考え続けてばかりでは、息切れしてしまいますよね。ときには「思考の枠」を隠れ蓑にして、ストレスを遠ざけることも必要かもしれません。しかし、「できない」「無理」「あり得ない」は、多くが思い込みであるという認識を持つことは大切です。いまこの時点からも、わたしたちの選択は常に自由です。誰だって、さまざまな方向へ進んだり、新しいアイデアを出したりすることは可能なのです。
道をふさいでいるのは誰でもなく、自分の「思考の枠」というわけ
過去の経験が「思考の枠」を狭めてしまうことも
ビジネスコンサルタントの細谷功氏は、「年齢を重ねるごとに知識や経験は増えるのに、なぜか視野がどんどん狭くなっていませんか?」と問いかけます。
細川馨氏も、「顧客ニーズの変化を察知し、サービス形態の見直しを考える若い世代に対し、長く培った経験から『サービス形態の見直しは必要ない』と考えるミドルシニアが、頑なな態度をとる」といった事例を挙げ、同様のことを述べています。
しかし、これは年を重ねたから起こるとは限りません。どんなに若い世代でも、例えば人に指示する立場にいた人物が、環境を変え人の指示をあおぐ立場になったとき、自分の考えが正しいという意識を優先させてしまう場合があります。世代を問わず、過去の経験で生まれた自尊心が影響し、「思考の枠」を狭めてしまうことがあるのです。
また、細川氏によれば、完璧主義も、期待に応えようとしすぎることも、「思考の枠」にとらわれる原因になると述べています。では、どうしたら「思考の枠」を広げていくことができるでしょう。
「ちょっと外側」&「スモールステップ発想」&「問いかけ」
ちょっと外側に目を向けよう
グローバリング株式会社代表の稲垣公夫氏は、「思考の枠の中でいくら考えても当たり前のアイデアしか出てこない」とし、自分の「思考の枠」のちょっと外側、いわゆる「自分のなかで常識だと信じていること」のちょっと外側に出る思考を続けていると、思考枠の範囲が少しずつ広がっていくといいます。常識の枠から大きく外れた天才的なアイデアを出すのはなかなか難しいけれど、この方法ならば多くの人が実践しやすいのだとか。
例えば「20~30代の女性に向けた食品」を企画するとします。だいたいダイエット・美容・健康といったキーワードをもとに考えることが一般的ですが、それだけでは数ある商品の中に埋もれてしまいます。そこで、ちょっと外側を意識してみると、「こうあるべき」以外の「女性たちの本音」をキーワードに加えるという発想も生まれてきます。すると、「本当はダイエット・美容・健康を意識せず、こってりしたものが食べたい」あるいは「女性だって刺激的な食べ物が欲しい」、もしくは「女性だって本当はボリュームたっぷりがいい」というアイデアが次々と浮かぶはず。ダイエット・美容・健康にもとずいた商品であっても、女性の本音をくすぐるキャッチフレーズが合う商品アイデアが生まれるでしょう。
アイデアに行き詰まったら、「ちょっと外側」に目を向けてみてくださいね。
スモールステップ発想
難しいから、忙しいから「自分にはできない」と考えてしまうようなときは、「スモールステップ発想」がおすすめ。ごく小さな進展を目標に発想してみるのです。
例えば、先輩に教わりながらやっと仕事をしていたのに、今後はそれを一人でこなすように言われ、全く自信が持てなかったとします。そんなときは、「自信がある部分」と「自信がない部分」を明確にしてみましょう。そして、「自信がある部分」だけは一人でしっかりこなすことを目標にします。そして、「自信がない部分」はチャレンジすること自体を目標にするのです。もしも100%自信がなければ、チャレンジすることだけで「目標達成」と考えましょう。
完璧にこなせないことを恐れ、行動前から「自分には出来ない」と拒否してしまわず、小さな目標を自分の中で立てて、それを一つずつ達成し、自信を積み重ねながら思考の許容も広げてください。
問いかけることも忘れずに
そして、何かを判断するときは必ず「True?」と問いかけ、それが過去の経験で固定された、思考の枠によるものではないか確かめましょう。例えば会議で発表するアイデアが浮かんだとき、企画書の内容が決まりかけたとき、問題を解決するために判断するとき、「本当にそれでいいのか?」と自分自身に確認するわけです。
それにより客観的かつ冷静になれるので、自分の考えや判断に偏りはないか、「こうだ」と思っていることに誤解はないか、確認しやすくなるはずです。それを意識的に繰り返すうち、常に「True?」と問いかけ最適解を導き出すクリティカル・シンキングのクセがつき、思考の枠も広がるでしょう。




大川剛史

2018年5月23日 (水)

否定脳は思考を停止させる

ふと自分の学生時代を振り返ってみる。
建築学科に在籍していた自分は作った模型や考えた案を友人や先生
にこうしたほうがいいんといわれても、いやそんなことないや違うなどと
否定が先行していた。
自分の作品ということもあり愛着からかそのような考え方になってしまっていた。
では否定脳は何を生むのか??
質問や考えへの否定はそこで一旦話が終わる。
つまりそこで思考が停止することと同じことのような気がする。
否定脳は何も生まないむしろ活力を奪うだけである。
悪いとこは悪いでいいと思うが相手が何でこのように考えたか?
ここがミソであると思う。この肯定的な視点は相手の活力を生むと同時に
相手の考えが見えてくる。そこでは新しい視点や新しい追求に繋がると思う。
さらに相手が何でこのように考えたか?
この質問という行為は相手との同化力を高める
質問は相手の欠乏を引き出すということだ。
でできた欠乏をどう対処していくか追求が生まれ相手との同化が深まる
この姿勢が仕事をとおして必要だと感じてきた。
否定脳は仕事をするにあたって余計な考えのように感じた。




直永亮明

否定脳による閃き意識の封鎖

どんな仕事・課題であれ、作業を行っているうちに、ふと考える事がある。
こうしたら、もっと楽に仕事ができる。こうしたらもっと早く仕事が片付く、こういう意識に何度も刈られ、その度に提案をしてみたりするもの、受け入れられることなく否定されて終えてしまう。
そういう状況を繰り返していくうちに、そういった閃き意識というものを封鎖していく。
ただある課題を、何も変えることもなく、ただひたすら同じことを繰り返し行う仕事。
この時点で人にある可能性・成長を止めてしまうということ。
子供の頃から、あれこれ考えてこうしたらいいんだという疑問等を投げかける所作は伺えるが、いつのまにか子供はそういうことをしなくなっていく。
これらから考えられることは幾つもあるが、例として出すなら、子供自身が旧観念による固定化された知識・常識を上(大人)から与えられ、それを常識と認識してしまい。
現実=旧観念で固定化されてしまうということ。
これが子供たちの未来を奪い、何も考えられなくなる、大人から与えれらてきた知識=正しい事と認識し、その行動しかしなくなる。
しかし、人類の発展というものはそういった旧観念を新観念に塗り重ね成長する・新しい時代が始まるという成長過程を踏んでるからこそ、活力あり、次へと進んでいくというもの。
特に気になったのは、子供たちにとってやりたいこと、何をしたいのかという欠乏がはっきり伝わってこないということ、
子供にとって、未来を考える。こういうことをしたいという欠乏は誰しも抱えている物で、そういった考えをもとに大人になる子はやはり強い。
我々が出来る事というのはそういった疑問・閃きをいかに聞き入れてあげることができるか。
それを聞いたうえで、それが実現できないものと判断するのであれば、しっかり納得が出来る言葉を用意すること。
それをただただ、浅い・何も考えていない・使えない で終わらせるのは最も活力を奪うきっかけになっていることを気づいてほしい。




匿名希望

2018年5月21日 (月)

同根・同源思考のすすめ

よくフィルターを通すという表現が使われます。
>Aさんのフィルターを通して役立つと想ったら使ってください。
この場合のフィルターってどんな意味なのだろうかとときどきふと考えることがあり、数年ごとくらいに認識転換が生じます。
見えないものが見えてくる。
それは猿が葉っぱを見たいゆえに緑が見えてくる的なものから
無形のもの、とくに思念や考えが言葉になる的なものまで。
逆に見えるものが見えなくなる。
それは大気は透明で見えない的なものから
些細な意見の違いまで。
見えないものが見えてきて、見えていたものが見えなくなる、こう表現した方がより現実に近いかもしれません。
なにやら抽象的な表現で分かりにくいですが、新しい場に参加して、最初は馴染めなくて見えていたことがあっても、新しい場の中身が見えてくると、身構えていた時に見えていた壁が取り払われて壁は見えなくなるという感じを表そうとしています。
そしてフィルターという言葉を接客(私が客側)で聞くことが比較的多いことから、何かを勧める立場の人が使う「フィルター」は、お客さんの受け入れ条件のことを意味していると想いました。
これを刷り合わせるのに多大なエネルギーを消費して本題に移れないことが多いわけですが、
見えるものが見えなくなる≒差異ではなく共通点を刷り合わせるアプローチではエネルギーが節約でき互いに本題に入りやすい。
その意味での「フィルター」はむしろ相手の背後の外圧、環境、期待環境や複数の人々の共通課題などに同化しやすいのではないかと想いました。




佐藤英幸

2018年5月17日 (木)

前に進もうとしないクヨクヨはいらない!

リンク
=========以下リンクより引用=========
Q:みんなそうなんでしょうか。それとも自分だけなんでしょうか。毎日、小さなことにクヨクヨ悩んでいます。バスで前に立っていた微妙な年齢のオバサンに、席を譲ったほうがよかったのか譲ったら譲ったで怒られたのか……。課長はどうして朝の挨拶のときに目を合わせてくれなかったのか……。なぜ自分はエクセルを上手に使えないのか……。ひとつひとつは小さな悩みですが、それが束になってのしかかってくるし、たくさんの悩みを抱えている状態そのものも大きな悩みです。(東京都・29歳・不動産業)
A:その昔『小さなことにくよくよするな』という本がベストセラーになったことがありました。誰しも身に覚えがありますが、人は小さなことにクヨクヨしてしまう生き物です。「いくら考えても他人の気持ちはわからないし、そもそも気にしても仕方ない」「悩んだところでエクセルは上手にはならない。悩んでないで勉強しよう」と言ったところで、たぶん慰めにも解決にもなりませんよね。悩みとはなかなか厄介なものです。
 ただ、悩むことは厄介なだけではありません。じつは、たくさんのメリットがあります。自分はいい人だと思いたいとか、一生懸命に頑張っている実感を覚えたいとか、罪悪感から逃れたいとか、劣等感をごまかしたいとか、そんなニーズがあるときは悩むのがいちばん。クヨクヨ悩むことで、そのあたりの希望は簡単にかなえられます。
 『潮騒』や『金閣寺』など数多くの名作を残した作家の三島由紀夫。ノーベル文学賞の候補に選ばれるなど海外でも高い評価を受けましたが、徐々に政治活動に傾倒し、最後は自衛隊の駐屯地で割腹自殺を遂げました。そんな壮絶な人生を送った彼は、こう言っています。
□「傷つきたくない人間ほど、複雑な鎧兜を身に付けるものだ。そして往々この鎧兜が、自分の肌を傷つけてしまう」
 悩むという行為は、あなたにとって格好の「鉄兜」になっているのではないでしょうか。小さなことにクヨクヨ悩んでいるうちは、本当に大切な問題や課題から目をそらすことができます。そもそも深刻な事態に直面していたら、悠長に悩んでいる場合ではありません。悩みとは違いますが、偏った意見にどっぷりハマったり差別する対象を見つけたりという「鉄兜」で、崩れそうなプライドを必死で守っている悲しいパターンもありそうです。
 あなたは小さなことにクヨクヨしてしまう状態から、どうにか抜け出したいと思っているようです。それはたいへんけっこうですが、何のために抜け出すのかをはき違えないようにお気を付けください。小さなことに悩まないようになりたいのは、気持ちが楽になるからではなく、悩むという行為に逃げ込んでいる自分を変える必要があるから。そこを自覚しない限り、悩むという便利で甘美な快楽から逃れることはできません。
 三島由紀夫は、こんな言葉も残しています。
□「やたらと人に弱味をさらけ出す人間のことを、私は躊躇なく『無礼者』と呼びます」
 これもかなりガツンとくる言葉。私たちは、うっかりすると無駄に悩んだりやたらと弱みをさらけ出したりしがち。SNSでお互いに傷をなめ合っていても、自分を変えることはできないし反省にもつながりません。オバサンや課長やエクセルのことで悩んでいないで、何かをごまかそうとしている自分の了見のズルさやセコさについて真剣に悩んでみましょう。
【今回の大人メソッド】
ガツンとくる言葉で自分に揺さぶりをかけよう!
===========以上==========
 




匿名希望

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