« 「身体の持つ受信能力」をフルに使って、“相手から見た”真正面に対峙する | トップページ | 確かに赤ちゃんに可能性を感じますが、大人が封鎖されている力を解放するにはどうする? »

2017年9月 1日 (金)

「平均」や「標準」を根拠にした思考は思わぬ失敗を生む

リンク
■定年まで正社員として勤めあげる人は34%!?
 2017年5月に経済産業省が若手・次官レポートとして発表した「不安な個人、立ちすくむ国家」は、「結婚して、出産して、添い遂げる」、「正社員になり定年まで勤めあげる」という「昭和の標準的人生」が21世紀には一般的ではなくなったため、この標準に基づいて設計された日本の制度や価値観が現代社会のあちこちに大きなひずみをもたらしているのだとしている。しかしながら、1950年代生まれにおいても定年まで正社員として勤めあげる人は34%に過ぎなかったという。彼らの人生が標準的なのだとすると、過半数のはずの66%の人々が歩んだ人生は例外的なものだったということだろうか。そもそも、一度しかなく、それぞれにバラバラのはずの人生の“標準”とは何を意味するのか。
『平均思考は捨てなさい』は、わたしたちの思考がどれほど平均や標準に縛り付けられているか、そしてその呪縛のためにどれほど多くの可能性が見過ごされてしまっているかを人間の個性、企業による標準化、新たな教育の可能性などの多角的な視点から考える一冊だ。この本は、人生はそのどれもが本質的に個性的であり、「標準的人生」など存在せず、平均的な人生と自らの人生を比べる必要はないのだということを教えてくれる。平均思考から解き放たれ、個性に光が当てられるようになれば、わたしたち一人一人の未来はより明るいものになるだろう。
 平均思考はときに、人命に関わる重大な問題をも引き起こす。1940年代の米空軍は、ひどいときには一日に17人ものパイロットが墜落事故に遭うほどの、飛行機制御の不安定さに頭を抱えていた。電気系統やパイロットの飛行技術など様々な要素に疑惑の目が向けられたのち、最終的に原因と考えられたのはコクピットだった。1926年に初めて設計されたコクピットは、その当時の何百人もの男性パイロットの身体データの平均値をもとに規格化されていた。軍の技術者たちは、その後の20数年でパイロットの体が大きくなり、古い基準に基づくコクピットにフィットしなくなったのではないかと考えたのだ。
そこで、1950年に空軍は改めてパイロットの体を計測し、最新のデータを集めることを決めた。このときの空軍が幸運だったのは、このプロジェクトに、ハーバード大学で形質人類学を専攻し、人体が個々人でどれほど大きく異なるかを熟知していたダニエルズ中尉が参画していたことだ。ダニエルズは4063人から得られたデータを基に、身長、胸回りや腕の長さなど10カ所の平均値を割りだした。そして、10項目すべてにおいて平均範囲におさまるパイロットがどれだけいるかを調べて衝撃を受けた。4063人の内10項目全てが平均内の者はただの一人もおらず、3項目だけに絞っても該当する者はたったの3.5%しかいなかったのである。
 平均的なパイロットは、この現実世界のどこにもいない、統計世界のみの存在に過ぎなかったのである。平均的パイロットに適応するように設計されたコクピットは、すべてのパイロットが使いにくいコクピットだったということだ。空軍はダニエルズの提案を受け入れ、コクピットの設計を平均に基づき規格化されたものから、パイロットが個々に調整可能なものへと変更した。そして、飛行技術は格段に向上したという。ダニエルズは1952年の時点で、こう結論している。
“平均的な人間に基づいて設計されたシステムは最終的に失敗する”
■「平均」という考え方を人間にあてはめた人
 平均という考え方を初めて社会科学に持ち込み、人間にあてはめたのは1796年生まれのベルギー人アドルフ・ケトレーである。彼が生きた19世紀初頭、一流科学者の多くが天文学に夢中になっていた。この時代の課題は、測定者によって天体速度の測定値が異なることであった。そこで、別々に計測された値をまとめて平均値を割り出すことで、測定誤差を最小限にするという方法が考案された。ケトレーは、これをそのまま人間に流用し「個々の人間は誤差を伴うが、平均的な人間は真の人間の象徴だと宣言」することで、多くの知識人から高く称賛され、世間の平均に対する考え方の基礎をつくった。この時代における平均人は、平凡でつまらぬ者ではなく、完璧な人間であると理解されていた。
この平均に対する憧憬を一変させたのは、ケトレーより20年少々遅れてイギリスに生まれたフランシス・ゴルトン。階級社会イギリスの上流階級に生まれたゴルトンは、平均に階層の概念を加えた。ゴルトンは、ケトレーとは異なり、平均からの逸脱を単なるエラーであるとは考えなかった。ゴルトン、平均から上方へ逸脱したものを「有能者」、下方へ逸脱したものを「低能者」としたのである。平均以上であることに価値があるというゴルトンの思想はあまりに広く深く現代社会に浸透しているため、にわかには信じがたいが、平均が意味するところを正常から凡庸へと変化させたのは、「ほぼ100パーセント、ゴルトンひとりの手柄」であるという。
■平均や標準化は人類に大いなる繁栄をもたらしたことも忘れるな!
 平均や標準化は、人類に大いなる繁栄をもたらしたのだということも忘れてはいけない。標準化による大量生産を謳ったテイラー主義こそが20世紀に前代未聞のスピードで、労働者の賃金を向上させ、消費者に手ごろな価格で便利な製品を提供し、多くの貧困層を救ったのである。著者も、その功績は過去一世紀のどのような経済政策よりも偉大であると認めている。ゴルトンに端を発した平均思考が、20世紀の大量生産・大量消費の時代を通じて、どのように世界中を覆っていったのか、人々の思考をどのように変質したのか、著者は丁寧に分析していく。その過程で、便利なはずの平均や標準化には大きな副作用が伴っていたことが明らかになっていく。




高橋謙太

« 「身体の持つ受信能力」をフルに使って、“相手から見た”真正面に対峙する | トップページ | 確かに赤ちゃんに可能性を感じますが、大人が封鎖されている力を解放するにはどうする? »

コメント

Daily updated photo blog
http://asslick.photo.erolove.in/?post-anne
mature granny scatt older men gay jackng off 3gp blowjob clips asian amateur nude free anal porn

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1761240/71300195

この記事へのトラックバック一覧です: 「平均」や「標準」を根拠にした思考は思わぬ失敗を生む:

« 「身体の持つ受信能力」をフルに使って、“相手から見た”真正面に対峙する | トップページ | 確かに赤ちゃんに可能性を感じますが、大人が封鎖されている力を解放するにはどうする? »

ランキング

  • にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ お勧めサイトランキングへ
2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

カウンター

最近のトラックバック

無料ブログはココログ