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2017年2月 3日 (金)

多様化という逃げ

もうすでに佐々木健二さんが、「多様性とは」で簡潔な意見を投稿して下さっているので、補足程度に。

「価値観が違う」のに、なぜ「認める」ことができるのでしょう。
それは、ごまかしです。その前提には「理解できる同じ土壌」が必要なのです。

例えば、海外旅行に行ったときに、良く使われるのが「所詮同じ人間なんだから」という認識です。これは「お互いの差異」を認める前に、「共通性」を見いだす行為です。

また、いろいろな企業が「当たり」を狙ってたくさんの企画を考えています。それらはどれも「他企業との差異」は考えていますが、「ウける(売れる)共通性」を分析して、企画します。

そして価値の多様性が「本当に」重視されるのであれば、規範も、法律も形骸化してしまいます。

何よりやっぱり、コミュニケーションできません。

「俺、~は・・・だと思う」
「その価値観はアリだけど、俺はそうは思わない」
「でも、~って・・・だろ?」
「おまえはそうかもしれないけど、俺は違うな」

コレはコミュニケーションとは言えません。
「交流」ではなく、「一方通行のやり合い」です。
こんな関係、こんな社会は「寂しい」ことだと思いません?(笑)

「価値の多様化」は「多様性」を認めるという柔軟性を指す意味と「他の価値を否定しない代わりに自分の価値を否定させない」(自分の価値を曲げない)という意味の相反する2面性があります。

結局、現在使われている「価値の多様化」という言葉は「他人の尊重」ではなく、自分が否定されたくない=「自分の尊重」ために使われているような気がしますが。

緑川由緒

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