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2017年2月 1日 (水)

ひとそれぞれという問題

「価値観や感じ方、能力はひとそれぞれである」という傾向の意見が結構多いように感じましたので、これについて述べます。

まず、人間は共認機能観念機能を有しているがゆえに、価値観や感じ方がさまざまであり、組替え可能、つまりは「多様」であることは、客観的にそうであるというだけのことで、それは肯定否定といった次元の問題ではないと思います。
(このことは、第二部で遠山千秋さん、第三部で斎藤裕一さんが説明されてるとおりであると思います。)

私が問題がある(賛成しかねる)と思うのは、「ひとそれぞれ」であることをもって、「それでよし」、と結論付けることについてです。

問題視する理由のひとつは、ひとそれぞれでよし、またはそれぞれ違うのだから一概にそうはいえない、と結論付けたところで何も生み出したことにならないからです。つまり現実に対する答えを何も言わない、何も受け入れないで保留している態度に他ならないと考えます。
さらに上記の言い方は、常に最終結論的に用いられますが、それでは認識が全く進化しません。要するに、ひとそれぞれでよし、とすることでそれ以上考える必要がなくなり、思考が停止してしまうということです。
実現論に、現代社会、人類の真の危機は、考えようとしないこと=思考停止にある、とありますが、このような事態を指していると私は理解しています。

もう一点は、ひとそれぞれであると主張することは、あたかも社会や皆を対象としているように見えますが、結局は矮小化された「自分」しか対象としていないのではないか、という疑いを強く感じています。つまり相手の主張を否定するわけではないが、自分の自由や自分の価値観(好き嫌いなど)を手放さずに態度を保留するための切り札として用いられているように感じます。

岩井裕介

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