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2017年2月 3日 (金)

集団に帰属する能力と人材という視点

孔明の指示待ち人間製造機の話はとてもよくわかる。
「自分の才能に自信があり、自発的に物事を考える人間ほど、事細かに指示されることが嫌いだ。自分の才能を見せつける場がほしいのに、指示を出されてしまっては、功績は優れた指示を出した人間のものになってしまうからだ。「ほら、俺の言ったとおりだったろう」と。(322792)
一方、孔明と真逆のパターンもある。
いわゆる「丸投げ」である。とにかく「やれ!」と何の具体的な指示も出さずに仕事をさせる方法論だ。おおよそ、支持者自らが何も考えていない場合が多く、とにかく部下にやらせて出来上がった資料を見て、出来ない部分をここぞと指摘するパターン。「ここはダメ、ここもダメ、こんなところも全く出来ていないじゃないか」と。凄い自分とダメな部下構図のポジショントーク。
自分は何もせずやらせておいて、成果に見下した評価をする。これも部下のヤル気をそぐ典型だ。統合的立場に居るものが、自分の成果に拘るのも、部下の成果に拘るのも、うまくいかない場合に共通するのは己の評価を軸にしているという事なのだろう。
だから部下が育たない。潰れる。頭を使わない。居なくなる。
集団能力を前提とし個の能力をどのよう高め、どのように伝達していくのか?この視点無き追求や評価は、長期的に見れば集団の適応力を失わせる。個人が歴史に名を刻むかどうかではなく、国や集団が過去の歴史になることなく存続し続けることを軸に。集団の追及・評価軸を形成することができるか。
個人主義下において形成された集団継続適応期間の短い現代の企業組織などが直面している集団課題は、この視点の位相に存在する。時間断面としての集団と時間軸としての流れの中の集団継続の対象化が急がれる。それはすなわ、集団内評価軸の内容と位相が大きく転換すること意味する。



匿名希望

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