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2016年12月11日 (日)

もともと日本に存在しなかった「個人主義」の呪縛から脱出せよ 

最近、「個人主義」を標榜する議論は余り聞かなくなってきたが、拓殖大学学事顧問・渡辺利夫氏が、柳父(やなぶ)章氏の『翻訳語成立事情』から、日本に初めて個人主義という概念が入ってきた明治の状況を紹介されている。興味深い内容だったので引用させていただきます。

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以下引用~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

柳父(やなぶ)章氏の『翻訳語成立事情』は小著ながら圧巻である。そこには、個人、社会、近代、自由等々の西洋起源の観念をいかにして日本語に移し替えるかに試行錯誤を重ねた福澤諭吉や中村正直など、往時の知識人の苦闘が鮮やかに描き出されている。

日本には存在しなかった観念

 インディビデュアル(individual)は現在ではごく普通に「個人」として使われているが、この言葉が導入された頃の日本にはそういう観念は存在しなかった。神や社会に対する究極的な単位として、それ以上は細分化できない唯一の存在といった意味での個人が、かつての日本になかったことは柳父氏のいう通りであろう。当時、日本人は社会の「身分」として存在はしていても、個人としてではなかった。

いま社会といったが、これも後世の造語だという。今日使われているようなソサイエティ(society)の訳語である「社会」に対応する現実は往時の日本にはなかった。存在したのは家とか藩とか邦といった集団における身分であった。個人を構成単位とする人間関係を社会だとする考えは、柳父氏によれば、むしろこの訳語が成立して以降のことらしい。

 個人についていえば、福澤がまずは「人」、次いで「独一個人」と訳し、その後、独が落ちて「一個人」、さらに一が落ちて「個人」になったと柳父氏は追跡する。また社会については、中村正直が同じ目的をもった人々の集まりという意味をこめて「会社」と訳したという。実際、福澤、中村ら当時の代表的知識人が集った西洋思想啓蒙(けいもう)の場が明六「社」であった。そういう社の集まりが「会」であり、社会となったというのが柳父氏の究明である。

中略

国家の命運は家族の再生だ

 私は奉職する大学の日本近代史講義の冒頭でこう説く。現世の自己の存在のみがすべてだなどと考えるのは不道徳である。諸君には父母がおり、祖父母、曽祖父母、祖先がある。数世代を遡(さかのぼ)るだけでゆうに百人を超える血族があり、その内の一人が欠けても諸君はここには存在していないのだ。諸君のもつさまざまな属性は遺伝子の情報伝達メカニズムを通じて血族から諸君に移し替えられている。それゆえ個人はすべて歴史的存在なのだ。現世の個人は連綿とつづく血縁の中の一人の旅人である。死せる者のいうことにも耳を傾けながら現世を選び取るという感覚を呼び起こそうではないか-。

引用終わり~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

もともと個人という概念が日本人には薄かったのだろう。
また、国家の命運はともかく、祖先から連綿と引き継がれた系譜の先端に「個人」がいると言う感覚は、日本人には個人主義よりずっとわかりよいのではないか。

高橋克己

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