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2016年11月 5日 (土)

日本の労働に対する「ぬるさ」を直視する、ある映画監督が語る仕事観①

日本人はよく働くと言われている。
にも関わらず労働は「辛いもの」として捉えられ、休みをとることばかり考えられる。
本来、「やりたいこと」を仕事にすればいいのに、それにのめり込むと「熱いね」とネット等で炎上したり、冷めた目で見られる。

そんな現代の日本の風潮に突っ込むある映画監督の記事。

以下、リンク
「映画監督・紀里谷和明(47歳)へのインタビューは、一筋縄ではいかなかった。」
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●監督自らビラ配り…「“え、やんないの?”と思っちゃう」

「よし、じゃあちょっと早いけどやっちゃいましょうか」という紀里谷氏の一言で始まったインタビュー。

これまで世間から抱かれがちだった「とっつきにくい」「こわい」といった印象を払拭しようとしているような意図が感じられたが、まずはその点について聞いてみた。

紀里谷:いや、特にそういう意図はなくて、社会がそういう偏見をもっていただけだと思う。『こんな人だと思わなかった』って言われるのが不思議で、なんでそんなとっつきにくいようなイメージをもたれていたのかなぁと思いますよ。

――監督自らビラ配りに立つのは、なかなかないことだと思います。

紀里谷:それもよく言われるんだけど、『監督自らよくやりますね…』って言われると、『え、やんないの?』と思っちゃう。僕は監督だけじゃなくこの映画のプロデューサーもやってるから、そりゃあ余った時間があればビラ配りだってやりますよ。

自分の子供が死にそうになってて、治療費用が莫大に必要だったら、募金箱もって街頭に立つ。それに対して『そこまでやるの?』とはならないはずです。作品は自分にとって子供のようなものだから、『そこまでやるの?』と言われると、やっぱり『やんないんだぁ』と思っちゃいますね。

仕事をすること、“労働”って単純にそういうことじゃないですか?

●紀里谷和明が語る仕事観

「労働」という言葉が出ると、紀里谷氏は日本人の仕事への考え方について話し始めた。

紀里谷:多くの人は、労働を“いいもの”として捉えていないですよね。なるべく働きたくない、休みが多いほうがいいと思っていて、『週何日休みか?』とか『有休はどれくらい取れるのか?』みたいなことばかり考えてる。

そういう人を見ると、『それだけやりたくないことをやらなきゃいけないのか?』と思っちゃう。確かに生きていくためには、やりたくない仕事もしなければならない。楽しいことだけな訳がない。しかし、それが生きるということでしょう。僕は、休みはいらないですもん。“オン・オフ”なんて言葉もあるけど、常にオンです。

――日本では、“働きすぎ・働かせすぎ”を悪しきものと考える風潮があります。

紀里谷:だから衰退するんだと思います、この国は。“失われた20年”なんて言うけど、単純に人が仕事しなくなっちゃったんだと思う。特に若い人たちは、熱をもって突っ込んでいかないし、熱をもって泥まみれになりながらでも血ヘド吐きながらでも何かをするっていう姿勢がないと思う。そのくせプライドだけは高い。だからすぐ辞めちゃうんじゃないですか?

で、こういうことを言うと今度は『熱いですね』っていう冷めた姿勢が始まる。『なんでそんな冷めていられるの?そんなに余裕あるの?』って感じます。余裕ないくせに、かっこつけて舐めたこと言ってるんですよね。そう言うことになんのメリットがあるのか、さっぱり分かりません。

「こんなこと言うと嫌われちゃうよね」と言いながら上述の仕事観を話すが、カメラマン・ミュージックビデオ監督・CM監督・映画監督と形を変えながら常に自分のつくりたいものをつくり、一流の世界で戦いながら結果を残してきたという圧倒的な実績が、「嫌い」などとは流せないほどの強い説得力をもたらす。

紀里谷:“失われた20年”もそうだし、“なぜ日本からイノベーションが起きないのか?”っていう議論もよくされるじゃないですか。で、専門家がそれっぽいことを言うんだけど、実際はその理由は誰も直視してない。“ぬるい”んですよ、一言でいえば。なんでもかんでもぬるいんです。レスポンスがとにかく遅いし、細かいところまでこだわらない。

日本人は勤勉とかよく言うけど、そんなのウソです。労働日数のデータも出てるけど、アメリカ人はまぁ仕事しますよ。働くときはちゃんと働く。対して、日本人の仕事は学校のサークルみたいに見えることもあるし、実際それでもやっていけちゃう。そりゃあどんどん引き離されますよ。

●すべては“自己責任”

紀里谷氏がアメリカへ渡ったのは、15歳の誕生日の翌日。氏は、「小学生のときから行こうと思ってた」と語る。若き紀里谷氏をそうさせた“きっかけ”は何だったのかと聞くと…

紀里谷:それは外的要因のことですか?違いますよ。そこに至るには、単純に内から湧き上がるものがあったんですよ。無意味ですよね、外的要因のことを言い出すのは。外的要因の話をすれば、すべて“何かのせい”や“人のせい”になって自分の人生に制限をかけることになる。それは、きわめてつまらないことだと思います。

ただひとつだけあったとすれば、父親の教育ですね。当時から子供扱いされたことはなかったし、常に“自己責任”だと言われてきた。何をやってもいいけど、すべて自己責任。親というより、上司でした。

――紀里谷さん自身、“すべて自己責任”という考えを現在もたれていますか?

紀里谷:だって、それ以外ないじゃないですか。それ以外に何があります?いま、誰かのせい、社会のせいって、何かしら外的要因のせいにしてる人が多すぎる。それで遂には、何かのせいにしてなんにもできないからって、一生懸命がんばってる人を笑い、攻撃するヤツまで出てきた。

――それは、ネット上においてですか?

紀里谷:そう。なんにもせずに人のせい・社会のせいにするようなヤツらが炎上させたり、“リア充”って言葉で人を笑ったり。で、それに対して今度は“がんばってる人たち”側が気を遣ってしまってますよ。炎上したらどうしよう、リア充って笑われたらどうしようって。

バカじゃないのと思いますね。そういういらぬ気遣いを子供たちが真に受けちゃって、自分がやりたいこともやっちゃいけないんだって思いはじめちゃうんですよ。

②へ続く

二郎板 

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