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2016年11月29日 (火)

自然選択説は間違っている(2/5)世にも恐ろしい二通りの説明方法

 身も蓋もない冷酷な現実を、お話しします。

 この動物は、何にでも理屈や説明を付けたがるという不思議な習性を持っています。この習性を注意深く観察していると、そこに、本質的に全く異なった2つの方法が使い分けられていることに気が付きます。
 第一の方法は、価値観を使った説明です。第二の方法は、物理的作用の因果関係に基づいた説明です。

(1) 価値観を使って、もの事を説明する。
(2) 物理的作用の因果関係に基づいて説明する。

 例えば、植物の光合成を例にとれば、次のような2通りの説明が可能です。

┏━━━━━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃(1) 価値観 を使った説明│明るいから、 光合成が起っている。┃
┠────────────┼─────────────────┨
┃(2) 因果関係を使った説明│光が当たると、光合成が起る。   ┃
┗━━━━━━━━━━━━┷━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 このどちらでも、人間を納得させることが出来ます。この2つの違いを、ほとんど、自覚していません。いや、自覚出来ていません。

 光合成が起っている現場では、光が当たっていますから、明るいと感じることが出来ます。つまり、「明るい暗い」の価値観を使って現象を観察すれば、明るいと感じることが出来る場所では、光合成が起っています。だから、『明るいから、光合成が起っている。』という経験則は間違ってはいません。この経験則に基づく説明は、それゆえ、多くの人々を納得させることができます。
 『都合がいいものが、自然選択された。』という自然選択説の説明も、多くの人々の支持を得ています。素朴な実感として、全ての生物は、実に、巧妙に、環境にうまく適応しているように見えます。これは、きっと、「都合がいいもの」が選択された結果に違いないと考えています。

 でも、自然科学の理論として、本当に、これでいいのでしょうか。物理的作用の因果関係に基づいて説明すべきではないでしょうか。「光が当たっているから。」と。

 通常の社会生活では、確かに、価値観を使った説明は、白黒がハッキリして、メリハリが効いて、歯切れがよく、誰にでも、簡単に理解できます。専門家でなくても、一発で理解できます。非常に効果的です。
 マルクスは、労働に絶対的価値を見出しました。その絶対的価値観を使って、白黒がハッキリした、オセロゲームのような論理を展開しました。資本家と労働者の欲望の対立を、労働者の側から正当化しました。学者受けも良く、多くの人々を、魅了しました。高い評価をうけています。現実に目を向けさえしなければ、何の問題もありません。
 でも、しかし。。。。。

 世の多くの宗教や、哲学、思想が、価値観を使って説明しています。自然選択説と同じ間違いを犯しています。
 価値観は、人によって、立場によって変わるものです。だから、『いい、わるい』の価値観を使った論理は、その価値判断の基準を巡って、神学論争に陥ってしまします。同じ『いい』という言葉を使っても、その『いい』の内容は、人によって、立場によって、変わってしまうからです。

 ところが、人々は、「この『いい』には絶対的根拠や真理が隠されている筈だ。」という先入観を持っています。だから、自分が信じている『いい』に固守します。それと異なっている他人の『いい』は、徹底的に批判、否定します。自分にとって、価値観の動揺は、自我の不安、崩壊に繋がるからです。
 山の形は、見る方向によって、異なって見えます。東から見たのと、南から見たのでは、異なった形に見えます。自分の見えているものに固守して、他人の見ているものを批判、否定していたら、この神学論争は、永遠に終わりません。
 他人の見ているものも、その他人にとっては、真理だからです。否定されると、その他人も、自我の崩壊に脅かされるからです。

 ここに、深い闇があります。価値観の置かれている現実と、価値観に対する人間の先入観の間には、非常に、大きな乖離があります。進化論が神学論争に終始しているのも、ここに原因があります。価値観を使った論理の宿命です。
 自然科学の理論は、価値観を使わないで、物理的作用の因果関係に基づいて説明すべきです。

 できるなら、宗教や哲学、思想も価値観は使わない方が、賢明です。価値観は人によって、見る方向によって異なるものですから、自分の信じている真理を、相手に押し付けようとしたら、争いが起ってしまいます。相手は、別の真理(価値観)を信じているからです。
 結果的に、自己都合の押し付け合いになってしまいます。どうなるかは、火を見るよりも明らかです。そこにあるのは、欲望の衝突のみです。言葉を、勇ましく振り上げている分、よけい、哀れです。

【全体の構成】
  (1/5)論理的に矛盾した仮説です。
  (2/5)世にも恐ろしい二通りの説明方法
  (3/5)形容詞と動詞の違い
  (4/5)それはトートロジーです。
  (5/5)新しい生物進化の理論

井上浩二

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コメント

[そう言いつつ自分は価値判断とやらをする一言多い自己矛盾と不自然なのでやむを得ず言うとした。創造語を言葉じゃんと馬鹿にしない方がいいだろう嫉妬かなそれこそ価値判断自己矛盾。御多分の一億Marx一色の左解体部分主義だけでは限界否めない。Hegel流全体右も必要なのである]
予定変更で別件を追加(不自然にもちょうど言葉論で挑発行為だからさ。不信感で一挙以下に)。左っ右同盟(因みにある論者流の一夫多妻思考法は境界が神の思考である分野の天下統一思考。これも創造科学かもしれない意外や)は今のところだが最高峰の技術と更に。別件論考は更に不自然の言葉論。面倒で多いからここに書く。言っちゃ悪いが類の生産言葉はあまりぴんと来ない知に頭に偏重しすぎと見えるので。あとワンフレ自体が悪いのではない(それよりも他のよくある流行り用語を禁じたらどうかその方が時代突破脱却できる基礎と思うが抵抗こそ創造と言う。その根底そのものでなく)。構造改革と言う思想が悪いのである。よってそれは錯誤で成り立つ論である。今後に期待してもいいが「類だけで平均人だけで充分あとは必要ない」は驕り思い上がりである。別の昔のはまだ謙虚であれなら分かる類らしい。日本人だ。左右同盟に必要は日本的なミニチュアsfをも超える言わば社会的発明である。それには頭や知や言葉よりも前向きに果敢に前進する純心大和心そのものナチス流には生成途上の神が基礎資源であるこれが最大エネジーとなる根源次元。これが実は普遍的と言う意表。知に生産の左派流では少し飽きている俺は。少しだけどなこの驕り要素のある「新しい言葉の必要」の論考と違って否定なんかはしてない謙虚だからさ。


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