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2016年10月10日 (月)

縮小時代にあるからこその戦略的集落撤退によって「何を諦めるか」「何を活用するか」

地方出身だからこそ、最近よく言われる「地方活性化」や「地方創生」という言葉には「本当にそれですべてうまくいくのか?」と心の奥底では思ってしまいます。

もちろん地域・地方活性化というのはこれからの時代必ず必要な課題であり議論しなければならないことでしょう。
しかし、人口減少の時代において今あるすべての地域・集落をそのまま維持することは現実的に不可能であると考えられます。

地方を何とかしたいという考えと同時に、すべてを持続させることは無理だと客観的に判断する視点とその手法の確立も同じように必要ではないでしょうか。

ズルズルと消極的に地方が衰退していき次第に行動を起こす体力が無くなる前に、戦略的に地域・集落を捉える積極的な撤退のあり方を提案している書籍がありますので、そちらを紹介したいと思います。

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ーーーーー以下セミナーレポート一部引用----------

「撤退の農村計画」が描く戦略的再編―「積極的な撤退」の解説を中心に
林直樹先生

まず林先生から、撤退の農村計画の「底流にあるもの」についての解説があった。
人口増加時代から人口減少時代に転換した今、アクセルを踏み続けるのではなく、ブレーキを踏むことも考えねばならない。「何が足りないか」から「何を諦めるか」という検討が必要。
計画にあたっては、目標、手段、状況という3拍子で考えることが大切だという。
まずは目標を立て、状況を判断し、手段を構築するという進め方だ。状況判断だけではどうしたらいいか分からないし、目標設定だけでは精神論になる。手段の構築ばかりすると、目標が動いて、どうであれ「成功」ということになってしまう。
過疎地域の現状は両極端である。一般的な過疎化対策として、若い世帯の農村移住、定年帰農、二地域居住といった活性化策が取られるが、それがうまくいかない地域では散発的離村が見られる。0か100かではなく中間を考えることも必要である。つまり集落移転だ。そうすることで地縁が維持でき、置き去りにされない。さらに拠点集落をつくってマンパワーを集約し、人材育成ができないだろうか。
自然環境も両極端で、水田が維持できない地域は耕作放棄地になってしまう。その中間策として放牧が考えられる。草地を維持しておけば、すみやかに修復可能なため、現状維持は無理であっても潜在力は残したい。
森林も同様で、林業振興策がうまくいっていればよいが、そうでない場合は荒廃人工林となっている。中間策として、広葉樹導入すれば、表土の流出が防止できる。この中間策がこれまで議論されてこなかったのだ。

そして、『撤退の農村計画』の本について、概要の紹介があった。
本書で掲げる積極的な撤退とは、未来に向けての選択的な撤退であり、進むべきは進む、引くべきは引いてきっちり守るという考え方だ。30~50年先を見据えた計画である。
「すべての過疎集落を維持すべき」「衰退はありえない」という主張は現実的ではないし、「過疎集落の住民は問答無用で都市に移転させるべきだ」「何もかも自然に戻せ」「何もせず、このまま消滅させるべき」というのも反対だ。
正攻法を否定しないが、それですべてを守ることは困難だろう。撤退は敗北ではなく、来るべき農村時代に向けた力の温存だと考えている。そのプロセスにおいては「誇りの再建」が重要となる。
今後の展開として、次の点が挙げられる。
 ・法律や補助の改善:森林法、過疎地域集落再編整備事業など
 ・意思決定の支援:集落診断士の確立
 ・移転前後の心のケア:現代山村型鍼灸師の確立
 ・メニューの多様化:介護施設と一体化した集合住宅など
 ・跡地の管理:組織化、バイオマス利用など
 ・種火集落:技術の仕分け、支援の中身の検討
 ・医療の集約化:絶対防衛圏の設定など
 ・影響調査:水循環、生物多様性、財政など

空き家を利用した農村移住の現実
西村俊昭先生

西村先生は2年前に農村へ移住された。そのときの苦労も交え、若い世代の農村移住についてまとめていただいた。
農村移住願望は20代では30%ほどある。これは大きな数字だ。
一方、地方における空き家の状況として、1980年に130万戸(空き家率7%)だったものが、2020年には460万戸(空き家率18%)になると予測されている。
双方のニーズをつなぐ団体として、地方自治体が運営する空家バンクがある。しかし空家の活用は進んでいないのが現状だ。その主な要因として、貸手側からは「法事で利用する」「仏壇の管理」「改修費用」「信頼関係の構築が困難」といった問題が挙げられ、移住側からは「農村ルールの把握が難しい」という声などがある。
また地方を中心に、公立学校の廃校(年400校)や、小児科・産婦人科の減少(15年で40%減)がみられることからも、若い世帯の移住は簡単ではない。

平成の集落移転に学ぶ
齋藤晋先生

書籍にも登場する、鹿児島県阿久根市本之牟礼地区の事例(1989年)が紹介された。10世帯(人口24人)のうち7世帯が集団移転、3世帯が市街地へ移転している。
ここでは住民の希望から移転計画が立てられた。総務省の過疎地域集落再編整備事業(本之牟礼地区での実施時は国土庁の事業だった)を利用している。
本之牟礼地区の人口は減少の一途をたどっていたが、余力を残した状態での、先見の明をもった移転である。
移転先決定の合意決定には手間取ったが、移転先が同じ寺の檀家でもともと親しかったこともあり、移転後のトラブルは特にないという。仲間がいる、元居住地と似ているということが評価されており、距離的にも近く、まとまった場所への移転であることがよかった点であろう。
跡地管理に関しては、土地管理面でのトラブルはないが、道路の撤収がまだなされておらず、そういった点で財政的な効用はみられない。
これ以外に、秋田県湯沢市(旧皆瀬村)の事例(1993年、4世帯)が紹介された。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

積極的撤退は一見冷たいようにも思えますが、その中身は「今あるものをどう具体的に残し・活用するか」だと捉えました。

現状のままではうまく活用できない地方に残された資源(農業・林業・老人の力・空き家・自然産業)も集約させることで活用への道が開けるのではないでしょうか。

渡澤翼
 

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