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2016年10月

2016年10月30日 (日)

「自分より優秀な人間を挙げてみよ」と言われて、挙げることの出来た人数が、その人物の器の大きさを示す。

「デキる人々」が面接官にならない限り、その会社の平均以上の人材すら、確保するのが難しい。

「応募者を見極めてやろう」と言っていた本人が、その実、「応募者に見切られている」なんてことは枚挙にいとまがない。

したがって、採用活動をうまくやろうと思えば、まず「面接官の人選」が一にも二にも大事である。

面接官ひいては人の上に立つのに求められる資質とは?
リンク
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私が少し前にお手伝いした会社も、「面接官の人選」に苦労した会社のうちの一社だった。

その会社は伝統的に「チームリーダー」と、「役員」が面接官をしていたが、私が見る限り、有能な人物はその内のよくいって半分程度、のこりは「年功序列」で、能力にかかわらずその地位についた人物であった。

そこで私はおせっかいとは思いながらも、社長に、「今の面接官だと、なかなかよい人が採れないかもしれません。」と進言すると、社長はうなづき、「それは知っている。今年は彼等の適性を確かめてから、面接官に登用する」と言った。

私は思わず、「適性ですか?どのように確かめるのですか?」と社長に聞くと、社長は、「では一緒にお願いします。ちょうどこれから適性を確かめる面談だから。」と、私をその場に残した。

そして10分後、一人の役員が入室した。

社長は彼に話しかける。「今日は、採用の面接官をやってもらうかどうか、少し考え方を聞きたくて来てもらった。今からする質問に答えて欲しい。」

その役員は、「はい。なんなりと聞いてください。」と言った。

私は、「どんな質問をするのだろう?」と、期待していたのだが、意に反して、社長は役員に当たり障りない質問を投げかける。

「どんな人を採りたいか?」

「応募者の何を見るか?」

「どんな質問をするか?」

そういった、ごく当たり前の話だ。

応募者もそういった質問は想定済みらしく、当たり障りない回答、模範的な回答を行う。

私は「どうしてこれで適性がわかるのだろう…」と、不思議だった。

そして、20分程度の時間が経ち、社長が言った。

「では、最後の質問だ。誰を面接官にすべきかの参考にしたいので、身の周りで、自分より優秀だと思う人を挙げてみてくれ」

役員は不思議そうな顔をしている。

「…自分より優秀…ですか?」

「そうだ。」

役員は苦笑して、「まあ、お世辞ではないですが、社長、あとは◯◯さんです。」と答えた。

「◯◯さんか、なるほど。まあ、役員の中では確かに頭抜けて優秀かもしれないな。因みに理由を教えてくれないか?……うん、ありがとう」

そして、面談は終了した。


そして、その後2人ほどの役員とリーダーに同じような質問をし、3人目の面接となった。彼はリーダーであったが、次期役員候補と目される人物であった。

最初の役員と同じような質問が社長から投げかけられた後、最後のお決まりの質問となった。

「では、最後の質問をいいかな?誰を面接官にすべきかの参考にしたいので、身の周りで、自分より優秀だと思う人を挙げてみてくれ」

そのリーダーは、ちょっと考えていたが、やがて口を開いた。

「まず◯◯さん、洞察力と、営業力が素晴らしいです。つづいて、◯◯さん、営業力はあまり無いですが、人望があり、人をやる気にさせる力がずば抜けています。リーダーの◯◯さん、現場を任せたら社長よりもうまいでしょう…すいません。そして、うちの部の◯◯さん、新人なんですが、ハッキリ言って私よりも設計する力は上です。」

社長はニコッと笑って、「ずいぶんと多いな。」という。

「当たり前です。皆私よりもいいところがあり、そして、私に劣るところがある。」

「分かった。ありがとう。」

「というわけで、面接官はアイツに決定だな。」

「そういうことですか…。」

「彼は器が大きいんだ。私よりも上かもな。私はまだまだ変なプライドがあるからな。」

「確かに、面接官に変なプライドは邪魔ですね。」

「そうだろう。「身の回りで、自分より優秀な人間を挙げてみよ」と言われて、挙げることの出来た人数が、その人間の器の大きさだよ。」

「…」

「今年こそ、採用をきちんとやりたいな。まあ、彼に任せれば大丈夫だろう。」

そして、社長の予想通り、そのリーダーは素晴らしい人物を数多く採用した。

時には応募者に教えを請い、時には応募者を説得し、八面六臂の素晴らしい活躍だったそうだ。

今でも面接官をやる度にあの社長の言葉を思い出す。

変なプライドは不要なのだ。

文太

2016年10月28日 (金)

キリスト教特有の人間中心主義という架空観念が、近代科学を生んだ

まぜ、近代科学は西洋で誕生したのか?

近代科学の誕生の基盤をつくったのが、キリスト教特有の人間中心主義という『架空観念』です。

彼らは、「特別に造られた人間だから神の計画を理解できるし、知る資格がある」と固く信じられたからこそ、自然に対する畏敬の念を捨て去り、堂々と自然に介入することで、近代科学を誕生させることができたのです。

逆に、畏敬の念を持ち、自然との同化を重んじた東洋の人々(特に日本人)には、近代科学を生み出す余地はかったのでしょう。

以下、「キリスト教は近代科学の子宮」リンク より転載
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これまで紹介してきた科学者たちは、「宗教的な偏見を打ち破り、合理的な科学を建設した立役者だ」と一般的には考えられている。しかし、彼らが人一倍熱心にキリスト教を信仰していたことは、近代科学の誕生について、まったく違った解釈を可能にする。つまり17世紀に近代科学が誕生した背景には、キリスト教信仰という強烈なパラダイムがあったという考え方だ。

では、数ある宗教の中で、なぜキリスト教文明圏でのみ科学が誕生したのか。この点を明確に示したのが、ヨーロッパ技術史の研究家であるホワイトだ。

キリスト教では、聖書の創世記にあるように、神が天地を創造したこと信じている。「創造」という行為は、行き当たりばったりに行なうものではない。何らかの計画をもってなされるものだ。したがって、創造されたもの、すなわち被造物を調べれば、創造主の計画を読み取れるはずである。

職人が作った時計を調べれば、「なぜここにゼンマイがあるのか」、「なぜここの歯車は歯が20枚で、こちらは40枚なのか」といったことについて解答が得られ、職人の計画が時計の中から読み取れる。同様に、自然を研究することで、神の計画を知ることができるわけである。

つまり、「神の計画を知りたい」という信仰心が自然を研究する動機となり、科学が誕生したのだ。逆にいえば、キリスト教のような創造神話がない宗教圏では、科学が生まれる動機が形成されにくいといえる。

例えば、日本の神話では、イザナギとイザナミという男女の神による一種の生殖行為によって、大地が誕生したと記されている。さらに、「二神が野合でつながっている間は、生まれてくる子供も蛭子として正当に扱えず、その後、きちんとした儀式を行なうことで、満足した子供(大地)が生まれた」という趣旨の記述がある。これでは、どうしても行き当たりばったりの感をぬぐえない。

しかも、正当な儀式で誕生した子供も「計画通りであった」とは書かれていない。もともと「生殖」という行為は、生み出す主体者の計画が100パーセント反映されるものではない。

ところが聖書では、創造された後、神が「良しとされた」、あるいは「はなはだ良かった」と語っているように、その創造が神の計画通りであったことを保証している。このような聖書の記述が、ガリレオやニュートンたちを自然の研究に駆り立てた、最も大きな要因だったわけだ。

これらのことからホワイトは、1967年に発表した論文の中で、「キリスト教は近代科学の子宮である」、「近代科学はキリスト教神学という母体の中で鋳造された」といった表現を使い、大論争を巻き起こした。この五年前に提唱されたクーンのパラダイム論と共に、ホワイトの論文もまた、科学界に大きな衝撃を与えたのである。

今日の文明は近代科学によって支えられているのであるから、ホワイトはまさに、キリスト教こそ今日の豊かな社会の生みの親であることを学術的に定義付けたわけだ。しかし、その彼の論文はキリスト教界から歓迎されず、かえって敬遠された。その理由は、彼がキリスト教について、「世界がこれまでに知っている中でも、最も人間中心的な宗教である」と論文の中で語っているからだ。

その根拠として、彼は聖書の創世記をあげている。

創世記第一章では、「神は自分のかたちに人を創造された」と語っている。また第二章では、そのように造られた人間に対して、神が「命の息をその鼻に吹きいれられた」と明記されている。聖書の中で、このように造られた被造物の記述は、他には存在しない。人間も神の被造物に違いないのであるが、この点で明らかに、神から特別に扱われているのだ。

さらに、創世記第一章によれば、人間は神から「地を従わせよ(subdue)」という命令さえ受けている。人間が神の代理として任命されているのだ。しかも、この日本語の「従わせよ」という表現はむしろ穏やかな訳語であり、英語の聖書で使われている「subdue」は「力で圧倒して、征服、制圧すること」という意味合いが強い語だ。ヘブライ語の原語「kabash」は、「鞭打って血を流してでも無理やりに屈服させる」というような、さらに強烈な言葉である。

つまり、「神から命を吹き込まれて、神の似姿として生まれた人間であるがゆえに、神の意志や計画を理解できるのであり、だからこそ神の代理として、自然を強制的にでも支配することができるのだ」ということが、創世記から読み取れるのである。

ホワイトは次のように語っている。

「キリスト教は、古代の異教やアジアの宗教とまったく正反対に、人間と自然の二元論を打ち立てただけではなく、人間が自分のために自然を搾取することが神の意志であると主張したのであった」

ニュートンたちが、自然の脅威におののき、「神の計画を知るなど、おそれおおい」と謙虚な姿勢でいたら、近代科学は生まれなかったであろう。「特別に造られた人間だから神の計画を理解できるし、知る資格がある」というキリスト教特有の人間中心主義を固く信じていたからこそ、彼らは堂々と自然を研究でき、近代科学を誕生させることができたのである。

 ======================================================以上

2016年10月26日 (水)

民主主義を謳う社会の不整合感は子どもこそ感じている

“民主主義”に対する人々の疑いは、じわじわ加速してきているような気がする。
そして以下のブログ記事を読むと、まさに子どものときにこそ、社会に対する不整合感(本音と建前の断層への違和感)は強烈なのだと思わされた。
現代の、子どもたちの「無気力」の大元でもあるだろう。

ただこれらの不整合感が、無意識のうちに諦めや否定につながってしまわないよう、子どもの周囲の大人には、一人でも立派な同化対象がいる必要がある。導き手が必要である。

「民主主義という欺瞞」リンク より一部転載
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結構、子供の頃から、疑い深い性質だった。

幼稚園の頃は、ぬいぐるみの劇なんか、茶番だと思ってたし。

自分の信じるものは、手の内にあるリアルなもので、それは物言わぬ虫だったり、ミクロマンの様なフィギュアだったり、少なくとも、調子の良い大人を信じてる訳じゃあなかった。

印刷物、映像、様々なメディアを通じても、その根底にある、嘘や欺瞞にも比較的早くから気がついていた。

例えば、教科書に「緑を守ろう」と書いてあるのに、世の中には自動車があふれている。「平等」なんて、言うくせに、子供は酒もタバコもだめ。家の裏には長屋があり、生活には格差がありありと現れている。

何が自由だ。何が平等だ。

子供の頃は、ちゃんと言葉に直せなかったものが、20才を過ぎたら、言えるようになってきた。

要は、大人は、ほとんど嘘つきだってことだ。自分たちに都合が良いように、世の中が動けばそれで良い。

学校が嫌いで、学校の先生が、大嫌いだった。何故かというと、この世界のことをただただ信じなさいと言うばかりで、僕たちから考える自由を奪うからだ。

僕の「なぜ?」「何?」にきちんと返答できた学校の先生は、後にも先にも一人だけだ。

これが民主主義の本当の姿で、学校は洗脳機関で、1票を投じても世の中が変わるわけはないのに、あたかも、そうであるような印象だけを植え付ける。

警察だってそう。真面目に一生懸命社会貢献しようとしている俺は、普段、警察のご厄介になるようなことはない。

でも、車の運転をしているときは、民衆はいつだって重要参考人だ。

警察は、僕らを守ってくれる機関?本当?

もし、この世にクーデターが起こったら、現政権から給料をもらっている彼らは、僕らじゃなく、この国の指導者達を積極的に守るだろう。そこに善悪など関係ない。

選挙の時の、政治家達の叫びが、空しく聞こえる。「国民の皆様の~」「国民の皆様が~」

子供の心にはこう聞こえてる。嘘つき。

自分の為だ。他人の為じゃない。自分さえ良ければ良いのだ、いつだって。
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佐倉えりか 
 

2016年10月24日 (月)

「自分の頭で考えるなんてやめたほうがいい」という研究者の話。

「自分の頭で考える」とよく言われます、改めて考えると「自分の頭で考える」とはどういうことなのだろう?

「自分の頭だけで答えを出す」ことだと勘違いすれば、先人の知恵や他人の意見を無視することになってしまい本質を見失ってしまうだろう。

リンク
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「自分の頭で考えなさい、ってよく言うじゃない,、あれ、嫌いなんですよ。」

著名な研究者の彼はそう言った。

「普通と逆ですね。普通は、自分の頭で考えろ、って言いますよね。」

「そうですね、若い研究者や学生にありがちなんですが、よく調べもしないで、「私はこう思った」って言うんですよね。」

「なるほど」

「そんなこと、とうの昔に他の人が考えていて、「もうそんな研究は山ほどあるよ」っていっても、自説にこだわるんです。もう、そういう奴は「バカ」って呼んでいいと思いますね。」

最近、「自分の頭で考えよう」というメッセージを発する人が多い中で、「自分で考えるな」とは、穏やかではない。

つい先日も信州大学の学長が以下のようなメッセージを発している。
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スマホ依存症は知性、個性、独創性にとって毒以外の何物でもありません。スマホの「見慣れた世界」にいると、脳の取り込み情報は低下し、時間が速く過ぎ去ってしまいます。「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」 スイッチを切って、本を読みましょう。友達と話をしましょう。そして、自分で考えることを習慣づけましょう。

(朝日新聞)
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「多分、あれ多くの人が勘違いしていると思いますよ」と、彼は言う。「こういうことわざがあるじゃないですか、「下手の考え休むに似たり」ってね。自分で考えることが重要、っていうメッセージはミスディレクションだと思いますね。」

「では、どうすべきなのでしょう」と、私は聞いた。「学生にどういう指導をすべきなのですか?」

「自分の頭で考えよう、ではなく、自分がバカであることを認識しよう、のほうが、はるかにいいね。本を読み、調べ物をし、人の考えを知る。それは、「自分が何を知らないか」を知るためです。こんなこと、研究者だったら知ってて当たり前ですよ。」

「…。」

「いいですか、そもそも我々にとっては、「知っていること」よりも、「知らないこと」のほうがはるかに重要なんです。私はまだこれについて知らない、私はこれについて意見を持てない、そういう認識が、我々を高める。多様な見方を取り込もうと努力することにつながる。」

「ふーむ。」

「それなのに、「自分の頭で考えよう」なんて、バカのやることです。でなきゃ、「自分を賢く見せようとしてるだけの安っぽい人間」ですね。」

「自分の頭で考えるように学生に指導するのは、ちょっと危険ですね。会社でもそうでしょう?とりあえずマネしろ、じゃないですか。」

「そりゃそうです。」

「そうでしょう?マネがきちんと出来るようになって、一人前になる。さらにそれから上を目指すときに、今までの知識を整理して「これはできるか」、「あれは可能か」を検証する。それには意味がある。自分の頭で考えるのは、そこからですよ。」

「webについてはどうですか?」

「まあ、参考程度に使うならいいんじゃないですかね。」

2400年前の哲学者も同じことを言っていた。おそらく真理なのだろう。

文太

2016年10月22日 (土)

非合理的な構造力学

圧倒的な自然(実存)の中では数学による構造計算は非合理的、との指摘。おもしろい。
ガウディと五重塔リンクから引用させていただきます。
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19世紀の建築家、アントニ・ガウディは、アール・ヌーボー建築の代表者と言われている。しかし、ガウディの建築は、デザインだけではなく構造力学的合理性も注目されているのは周知の事実である。
(中略)
ガウディの作品であるコロニア・グエル教会地下聖堂のデザインと設計は、数字や方程式を一切使わず、「逆さ吊り模型」といわれる装置での実験を10年かけて作られた。
つまり、この実験で作られたデザインがもっとも構造力学的に合理性があると結論づけ、今日においてそれは認められている。

ガウディは、数字や方程式を一切使わずに「逆さ吊り模型」の実験で得られたデザインが構造力学的に最も合理的であると確信していた。逆説的に言えば、数字や方程式では、建築の合理的な構造力学は求められないと理解していた。

私は、現存するピラミッドは、縦√2、横√3の長方形を並べて作られるピラミッドが何度も崩壊するのを見ていた地球人が、数学を用いて構造計算をして建築されたのが現存するピラミッドであり、自然数を基準とした数学は、無理数を説明できない。だから、数学で構造計算されたピラミッド(正四角錘)は完璧ではないと主張している。

「逆さ吊り模型」の実験で得られたデザインが構造学的な合理性をもつとして数々の建築物を残したガウディは、数学の非合理性を理解しそれを証明した人物でもあるのだ。

これは誰も指摘していないが、五重塔のデザインもまた「逆さ吊り模型」の実験で得られたデザインと同じである。
五重塔の耐震構造はいまだに証明されていない。当然だ。現代科学の証明の手段となる数学がデタラメであるのだからである。

数学の基準を1ではなく、√2や√3にしてみれば、ガウディの建築物の合理性も、五重塔の耐震構造も証明できるであろう。
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上前二郎 

2016年10月20日 (木)

今必要とされている、世代を超えた激動期の本能記憶を再生させるには構造認識が必要

地球史や生物史を詳細に調べていくと、想像以上の大激変が当たり前のように起きて、それを生物は潜り抜けてきたことが解かる。

その激変の危機の記憶から、多くの動物が、地震などの大異変の前兆現象を、磁気や電磁波の乱れとして看取し、退避行動をとっている。これは、本能に塗り重ねられ遺伝した記憶で、人類かイメージする、一代限りの個人的記憶とは異なる。

人類も外圧適応態ではあるが、激動の記憶が薄くなった時代に生きてきたこと、及び、今の個人主義・歴史教育・自分観念の問題もあり、これまで生物や先祖が乗り越えてきた、世代を超えた、多くの外圧の記憶を捨象してきたことがわかった。

要するに、先人の歴史に蓄積された本能記憶や知恵より、自分の体験からの判断を優先するため、見えている過去も、未来への射程もきわめて短いということだと思う。

つまり、人類以外の生物は、個人などという認識が無いため、先祖より受け継がれた本能に刻まれた過去の激動体験を参照出来るようになっているが、人類は真っ当な観念機能でそれを意識しない限り、正常な本能判断は封鎖される構造にある。

だから、事実だけを捉えれば、きわめて危険な状況である今の時代こそ、本能共認機能と繋がった構造認識で、本能も含めた正しい判断を再生することが重要になる

2016年10月18日 (火)

人口減少は諸悪の根源か

るいねっとの投稿でもよく見られるように「人口減少」という政府の掲げる問題は実際のところ作り上げられた問題であり、マスコミを含め国民にそのような問題を刷り込み、責任逃れをしようとしている行為です。

本当の意味で人口減少が我々に関わってくるのか考えなければなりません。

リンク

ーーーーーーーーーー以下リンク転載ーーーーーーーーーーー

減少が諸悪の根源のように言われるが、経済学の歴史で見ると、人口増加こそ諸悪の根源だった。

 古くはマルサスである。産業革命以前でも人類が豊かになる兆しはあった。農耕の発明、国家統一による社会秩序の安定、大帝国の成立による交易の利益などなどである。狩猟採集で暮らすことのできる人口は100平方キロメートル(10キロ四方)あたり数人である。江戸時代、1町歩(100メートル四方)あれば立派に家族が養えた。土地生産性は1万倍に上がっている。人手で耕さなければならないので、労働生産性が1万倍になることはできないが、それでも少しは上がるだろう。人類は豊かになっても良かったのだが、少しでも豊かになれば子供が生まれ、人口が増加し、一人当たり耕地面積が低下して、人類は貧しいままだった。社会秩序の安定や交易から生まれる利益は、すべて人口増加に吸収され、一人当たりで豊かになることはなかった。これが、マルサス人口論の教えである。

 その後の開発された経済成長理論でも、人口増加は一人当たりの資本を減少させて人類を貧しくする要因である。実際に、長期の一人当たり実質GDPの成長率と人口増加率を見ると、人口増加率の高い国ほど一人当たり実質GDPの成長率が低いという関係がある。これは韓国や中国のような人口成長率の低い国の一人当たりGDPの成長率が高く、フィリピンやインドのような人口成長率の高い国で一人当たりGDPの成長率が相対的には低いことから納得していただけるだろう。

人口減少論は責任逃れのため

 ではなぜ人口減少が諸悪の根源というような議論が日本で盛んなのだろうか。

 第1は、人口減少がトレンドとして続いていけば、日本という国がなくなってしまうから大変だということなのかもしれない。このままの人口成長率が続けば、後1000年たたないうちに最後の日本人が生まれることになる。

 第2は、高齢化の負担がとんでもないことになるからだ。本欄(原田泰「無責任な増税議論 社会保障は削るしかない 税と社会保障の一体改革に欠けている論点」2011年12月06日)で書いたように、現在のレベルの高齢者の社会保障を維持するためには、60%の消費税増税が必要になる。しかし、これは人口減少の問題ではなくて、高齢化の問題だ。現役世代に対して高齢世代が増えすぎたから起こっている問題である。

 第3に、人口減少は、とりあえず誰かのせいにすることが難しいので、責任逃れには都合が良いという理由がある。現役世代に対して高齢世代が増えすぎたから社会保障会計の赤字が生じていると認識すれば、高齢世代の社会保障支出を減らすしかないと議論することになるが、人口が減少しているせいだとなれば、人口を増やせばよいとなる。デフレは人口減少によるとしておけば、日銀のせいではなくなる。経済成長率が低いのは人口減少のせいだとしておけば、とりあえず誰のせいでもなくなる。

一方、戦前の日本は、人口圧力に人々は真剣に悩んでいた。日本は人口過多の国だから、男は兵隊になって海外領土を確保しなければならないと思い込んでいた。植民地や海外領土を得ることに一生懸命になっていた。満州事変で満州国を成立させたとき、日本人が熱狂したのも、広大な領土が手に入って、日本が人口圧力から逃れられると思ったからだ。

 ところが実際には、人々は満州には行きたがらなかった。移住者の多くは朝鮮籍日本人で、日本人移住者の多くは軍関係者、満州鉄道及びその関係企業の日本人だった。30歳の東京地裁判事、武藤富男は、満州国に赴任するにあたって、年棒6500円を支給されたと書いている。当時の大審院長(最高裁長官にあたる)の俸給と同じである(武藤『私と満州国』16-17頁、文芸春秋社、1998年)。軍関係者も満鉄関係者も満州国赴任官吏も、皆、日本の俸給の数倍になる手当をもらわなければ行かなかった。農民を呼び寄せる手段は、地主になれるという触れ込みだった。実際に満州国に来たのは中国人だった。満州国の人口は1930年から40年代の初期にかけて3000万人から4500万人に増えていたが、日本人はその5%もいなかった。昭和恐慌から急速に回復した日本はもはや人手不足になっており、満州国に行く必要がなかったからだ。

 空想の人口圧力論で満州国を奪ったのだが、いざ奪ってみると人口圧力はすでに解決されていた。本来、人口が減少することは、生産性を高めることだ。人口が減れば、少なくとも土地生産性は高まるはずだ。江戸時代と異なって、少ない人数で広大な農地を耕す様々な方法がある。なんでも人口のせいにするのは止めた方がよい。

渡澤翼 

2016年10月16日 (日)

限界集落の真実 「過疎の村は消えない!」②

①の続き

■効率性の価値vs.安心・安全・安定を求める価値
効率性・経済性・合理性を追求する立場がある。現代日本社会では、とくに1990年代以降、この価値が急速に我々を取り巻き、絶対的価値のように振る舞い始めた感がある。これはおそらく、より新しい世代が社会の激変の中で編み出してきた、新しい時代を乗り切るための新しい思考法なのだろうか。

他方で、我々の生活の中では、「このささやかな暮らしがいつまでも続きますように」、「自分の子孫や孫が、大きな苦しみや不幸に見舞われることなく、安心・安全のうちに過ごせますように」、こういう願いもまた、当然の価値として存在する。これは、世代を越えて親・子・孫へと受け継がれてきた価値である。

前者が自由主義・競争主義を軸とした、平成日本に現れていた新しい主導的価値であるとするなら、後者はもともと日本社会に根付いてきた伝統的価値と言えるものだ。ところで前者がたしかに新しい時代に適合するためのものであるとしても、それがつねに勝者・敗者の色分けに専念するのに対して、後者の価値は旧態的ながらも、我々人間一人一人を大切にし、また他者の暮らしを尊重することにもつながる、共生の理念と言ってよいものである。

むろん、社会が存続していく上で、全体の効率性の観点は無視されるべきものではなく、激動の時代の中で経済や国家を運営していくのに必要不可欠なものではある。しかしまた、効率性を重視するあまり、暮らしの「安心・安全・安定」が脅かされるなら、何のための効率性なのかということにもなる。

ところで、この二つの価値は、議論の展開の仕方においても、大きく異なる性格を持っている。効率性を重視する価値の観点からすれば、限界集落をどう扱うべきかの問題は、過疎高齢化の進んだ集落を、政府や専門家、あるいは経済がいかに支え、救えるのかという発想にならざるをえない。そしてこの発想から始めれば、その結末も当然、何をどこまで救済すべきなのかという話になるのも道理なわけだ。

しかし、暮らしの安全・安心・安定の価値から見れば、政府や行政がどう救うかという発想以前に、地域の中で暮らす人々自身がどうしたいのか、あるいはこの地に関わりのある人々が今後もこの地とどう関わり、どう行動するつもりなのか、当事者たちの主体性が問われることになる。あるいは、すでにふるさとを失った人間にとっても、本来、日本社会を構成する重要な基盤であったむらや町といった地域社会を、自分自身も含めて今後、どのように社会全体として受け継ぎ、日本という社会をどんなふうに設計したいのか、他者の問題ではなく、自分自身の問題として問うことである。

■福島第一原発事故の暗い影
結局、雇用の問題と言っているのも、本当は「暮らし」の問題として考えるべきものなのである。

「雇用が欲しい」などと発想していたのでは、その解決も誰かに委ねるしかなくなる。しかし、これが「暮らし」であれば、「暮らし」は自分たちの手で工夫可能な領域だ。そこから発想することが、問題を切り拓き、力を動員する手がかりになる。

■メディアが左右するリスク問題の現実
メディアが問題をポジティブに取り上げることで、現実にもポジティブな反応が現れる。

実像とは慣れた演出はむろんすべきではないが、メディアの認識、メディアの理解ひとつで、都市と村落の関係性は大きく改善する可能性がある。

■成長モデル・競争モデル・衰退モデル
これまで我々が従ってきた「成長モデル」は、当たり前すぎて否定は難しいものだった。しかし、人口減少に入ったので、人口増加を前提にしたこのモデルは、時代の要請としても転換が求められつつある。

いま台頭している「競争モデル」や「衰退モデル」から派生する、「効率性の悪い地域はこの際消えてもらった方がよい」という議論、中心による周辺の切り捨てを正当化しうるこの議論から、いかに別の、ポジティブな発想へと切り替えていけるかが問われている。

■大都市の暮らしと地方の暮らし
大都市住民の孤立、無力さ。このことと、限界集落問題は表裏一体のものと理解すべきだ。大都市の暮らしは、一見、効率がよさそうに見える。しかしそれは個人を犠牲にした巨大な都市システムによって成り立っているのであって、その犠牲は、地方や村の暮らしとは比較にならないほど大きなものだ。そしてその都市システムは、巨大化しすぎて人間の手が届くものではなくなっており、予想を超えたことが生じた場合には、個人を守るどころか、さらに個人に犠牲を強いるようなものでさえある。

■周辺発の日本社会論へ
日本社会はいまこそ大きな転換期を迎える。しかもこれから起きる転換は、どうも良い方向には向いていないようだ。我々は、この先の舵取りをどちらへと見定めればよいのだろうか。この書を通じて示したかったのは、このことを、中心からの視点ではなく、周辺からの視点で考えていくことで、現在の我々が迎えている閉塞状況の本質を見極め、またそれを乗り切る答えを探すことができるかもしれないということである。

いかがだろう。《高齢化の進行による集落消滅は、全国の中でまだ一つも確認できない》《地域の将来を決めるのは、他人ではなく、本人自らであるべきだ。個人に置き換えればすぐにわかる》《効率性を重視するあまり、暮らしの「安心・安全・安定」が脅かされるなら、何のための効率性なのか》《大都市住民の孤立、無力さ。このことと、限界集落問題は表裏一体のものと理解すべきだ。

引用終わり

渡澤翼  

2016年10月14日 (金)

限界集落の真実 「過疎の村は消えない!」①

以下より引用

リンク

限界集落とは何か。Wikipedia「限界集落」によると《過疎化などで人口の50%以上が65歳以上の高齢者になって冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になっている集落を指す》《中山間地域や離島を中心に、過疎化・高齢化の進行で急速に増えてきている。このような状態となった集落では集落の自治、生活道路の管理、冠婚葬祭など共同体としての機能が急速に衰えてしまい、やがて消滅に向かうとされている。共同体として生きてゆくための「限界」として表現されている》。つまり限界集落は早晩「消滅集落」入りするというのだ。

中略

しかし実態は違った。版元のHPによると《消滅しそうな集落などいったいどこにあるのか?「限界集落はどこも消滅寸前」は嘘である。危機を煽り立てるだけの報道や、カネによる解決に終始する政府の過疎対策の誤りを正し、真の地域再生とは何かを考える》。

《高齢化が進み、いずれ消滅に至るとされる「限界集落」。だが危機を煽る報道がなされているのに、実際に消滅したむらはほとんどない。そこには逆に「限界集落」という名付けをしたことによる自己予言成就―ありもしない危機が実際に起きる―という罠すら潜んでいる。カネの次元、ハードをいかに整備するかに問題を矮小化してきた、これまでの過疎対策の責任は重い。ソフトの問題、とりわけ世代間継承や家族の問題を見据え、真に持続可能な豊かな日本の地域社会を構想する》。

うーむ、これは話が違うではないか。私は毎年のように訪れている川上村(奈良県吉野郡)が2010年10月1日の県調査で、65歳以上人口が50.4%に達したと知り、心配して「限界集落・川上村を元気に!」というブログ記事を書いたこともある。今も、52.5%が65歳以上である(2012.11.30現在)。しかしいつ訪れても村は十分に元気なので、不思議に思っていた。

では、本文から要所を抜粋してみる。

■「問題がないのが問題だ」
まず、ある地域での一コマから始めることにしよう。筆者がフィールドワークとしている青森県某町での取材風景である。某町A集落は、津軽半島北端の海岸部にある。津軽半島一帯は、もともとはアイヌの活動地帯であり、江戸時代の記録にはそうした人々の姿を確認できる。しかしむろんいまはアイヌ系の集落は見当たらず、沿岸に点在するのは、多くが漁の網元や雇いの漁師が定着してできた和人の集落である。A集落に暮らす人々の家系も、もともとは漁業、海運に携わって財をなした人々であり、ここは豊かな海村だった。

しかし現在、人口約80人。うち65歳以上人口比率が70%を超える。限界集落とは高齢化率が50%以上の集落のことだから、ここも定義上、立派な限界集落である。そこで、町会長さんに話を聞いてみると、意外なことを言う。「ずいぶんと、ここには記者さんたちが来ました。困ったことはないかと聞かれる。一番困るのは困ったことがないことです」。

いまここで生活するのにとくに困ることはない。確かに若い人たちはこの地域から出て行った。しかし残った高齢者も多くは元気で暮らしており、山の畑に行ったり、漁に出かけたり、村の会合に出たり、祭礼を行ったりを毎日忙しく過ごしている。

多くの過疎集落でいま、人口減少が進むでけでなく、高齢化率(65歳以上人口比率)が高くなってきている。しかし高齢化率が高いから、集落の解体がすぐに起きるわけではない。年寄りばかりになっても、助けがなければ生活が崩壊するという状況にはない。これでは、「限界などと言うな!」という方が確かに正しい。

では集落の限界は本当にないのだろうか。今後ともこうした集落は、同じように続いていくのだろうか。過疎高齢化の現実は、放っておいてよい状況にあるのだろうか。

■集落消滅は本当に生じているのか
大野晃氏の限界集落論では、65歳以上の高齢者が集落の半数を超え、独居老人世帯が増加すると社会的共同生活の維持が困難な「限界集落」となり、この状態がやがて限界を越えると、人口・戸数ゼロの集落消滅に至るとされている。すなわち、「高齢化の進行→集落の限界→消滅へ」というプロセスが予言されているわけである。

この限界集落の概念は1990年前後に提起されたが、大野氏自身が言うように、それは注意喚起のためのものだった。このまま放っておけば危機が来るかもしれませんよという、将来のリスクを示すものだったのである。しかしその警告から20年経って、集落が現在もいまだに維持されていることを考えると、この「高齢化→限界」図式による集落消滅の予言は当然のことながら再検討されなければならない。

そこで問題となるのが、2007(平成19)年8月に国が発表した、過去7年の間に、過疎地域だけで191の集落が消えたという数字である(『国土形成計画策定のための集落の状況に関する現況把握調査』、以下、2007年国調査とも示す)。この数字は、メディアでセンセーショナルに取り上げられ、何度も繰り返し報じられた。

だがその内容を見てみると、ダム・道路による移転や集団移転事業、自然災害等が含まれており、高齢化のために共同生活に支障が生じ、消滅に至った集落が191あったというわけではない。それどころか、本章でみていくように、調べた限りでは高齢化の進行による集落消滅は、全国の中でまだ一つも確認できない。

②へ続く

渡澤翼 

2016年10月12日 (水)

ニュースはなぜ政策の検証をしなくなったのか?

事実とは
「誰もが認める現象事実や歴史的事実と、その原因分析などについて、論理整合性を皆が認めたもの」
「決して固定的なものではなく、時代が変われば変化していくもの」
である。
したがって、情報発信者は事実を伝えるだけでは不十分で、その事実に行きつく思考過程、論理整合性、時代背景までを語り、受信者に考えさせ、評価させるまでが仕事である。
しかし、世の中の情報発信の代表格たるマスメディアはその役割を果たしているだろうか。
受信する側の大衆もしっかりと情報を評価しているだろうか。
簡単に情報を手に入れられる便利な時代だからこそ、その便利さに潜む危うさを理解し、溺れない術を身に付けなければならない。

以下、引用*****

ボンダイより
ニュースはなぜ政策の検証をしなくなったのか?リンク

ワイド番組で「120年ぶりの民法改正」特集をやっていた。
暮らしに密接な民法。それも明治時代の大昔から変わらなかったものが変わるのなら、大きな出来事だが、ところがキャスターとコメンテイターは「内容の解説」に終始しており、大事なものが抜け落ちていた。

政策の検証だ。
100年以上手を付けられなかった民法がなぜこの時期に改革に着手されたのか。誰がどういう意図をもってどのように変えたのかその一連の過程の中にある問題点や、施行後に考えれられるであろうリスクなど、そういうことについて具体的に追及する視点はすっぽり抜け落ちていた。

現在のニュースメディアは「AというものがBに変わる」という事実や、「なかったものができあがる」「起きた事実」などをやたら代々的に扱いたがる傾向がある。しかし、もっと重要なことである検証機能が抜け落ちている。
イスラム国の問題も、「政府はこういう風な対応をした」と言うことを伝え、イスラム国という客体の問題点をつらつらと伝えたが、日本政府側の不備や失敗を糺すものは一切なかった。北陸新幹線開業も、そもそもしょせんは裏日本の過疎地如きに今時新幹線を作ることの馬鹿らしさを批判する報道は一つもなく、「開業フィーバーにわく地元」にできた新しいハコモノスポットを礼賛する始末。それが数年後どう落ちぶれているかは、バラマキ政治に甘える低級者たち以外は誰もが想像つくことだ。安倍政権は古い自民党の土建屋利権政治に阿っており、国土強靭計画や地方創生の美名のもとに八ッ場ダムや道路やスーパー堤防や整備新幹線や原発作りを推進している。
これらの重要なことについて鋭く検証する報道は、残念ながらウェブニュースや専門雑誌のコラムにしかなかった。

普天間基地辺野古移設もそうだ。
日本政府側が、対立を深める沖縄県という客体にどうやって「理解を求め」、かつ作業を進めようとしているかということを伝える限りである。日本側が正しく、政府に問題などないという前提でまるで報じられている。真っ向から日本政府の問題点を検証して報道しているメディアは、在京系は週刊誌くらいで、あとはみんな沖縄タイムスや琉球新報などの地元媒体である。

しかし、いわゆる「ネット原住民」さえも、己のイデオロギー(ネトウヨなら韓国問題、リベサヨなら憲法改正など)に関わらないことであれば、メディアの報道に対し従順だ。やたら「ネットで真実」と言う割には、田舎の老人くらい旧マスコミに縛られている。例えば民放改正についての「官報」について抗っているネトウヨやリベサヨなんてほとんどおらず、国の根幹的な政策の変化であるにもかかわらず最寄りの鉄道のダイヤが変わるんだとかゴミの回収場所が変わるんだとかそういう感覚である。彼ら御得意の官僚叩きの類は一切見られない。

今の日本では、新聞やテレビだけを情報源にして生活することは危険だろう。
権力を監視し、政策検証を行うような、地方メディア、海外メディアの日本報道、専門雑誌やネットニュースや週刊誌などのコラム記事など、多様な情報を摂取し、それらを複合した上で自分なりの考えを持つ必要がある。
国営NHKはおろか朝日も産経も本音か建前かの違いにすぎないため、在京全国マスメディアは報道媒体としては完全に見限ってしまっても構わないだろう。

*****以上、引用終わり

楊数未知 

2016年10月10日 (月)

縮小時代にあるからこその戦略的集落撤退によって「何を諦めるか」「何を活用するか」

地方出身だからこそ、最近よく言われる「地方活性化」や「地方創生」という言葉には「本当にそれですべてうまくいくのか?」と心の奥底では思ってしまいます。

もちろん地域・地方活性化というのはこれからの時代必ず必要な課題であり議論しなければならないことでしょう。
しかし、人口減少の時代において今あるすべての地域・集落をそのまま維持することは現実的に不可能であると考えられます。

地方を何とかしたいという考えと同時に、すべてを持続させることは無理だと客観的に判断する視点とその手法の確立も同じように必要ではないでしょうか。

ズルズルと消極的に地方が衰退していき次第に行動を起こす体力が無くなる前に、戦略的に地域・集落を捉える積極的な撤退のあり方を提案している書籍がありますので、そちらを紹介したいと思います。

リンク

ーーーーー以下セミナーレポート一部引用----------

「撤退の農村計画」が描く戦略的再編―「積極的な撤退」の解説を中心に
林直樹先生

まず林先生から、撤退の農村計画の「底流にあるもの」についての解説があった。
人口増加時代から人口減少時代に転換した今、アクセルを踏み続けるのではなく、ブレーキを踏むことも考えねばならない。「何が足りないか」から「何を諦めるか」という検討が必要。
計画にあたっては、目標、手段、状況という3拍子で考えることが大切だという。
まずは目標を立て、状況を判断し、手段を構築するという進め方だ。状況判断だけではどうしたらいいか分からないし、目標設定だけでは精神論になる。手段の構築ばかりすると、目標が動いて、どうであれ「成功」ということになってしまう。
過疎地域の現状は両極端である。一般的な過疎化対策として、若い世帯の農村移住、定年帰農、二地域居住といった活性化策が取られるが、それがうまくいかない地域では散発的離村が見られる。0か100かではなく中間を考えることも必要である。つまり集落移転だ。そうすることで地縁が維持でき、置き去りにされない。さらに拠点集落をつくってマンパワーを集約し、人材育成ができないだろうか。
自然環境も両極端で、水田が維持できない地域は耕作放棄地になってしまう。その中間策として放牧が考えられる。草地を維持しておけば、すみやかに修復可能なため、現状維持は無理であっても潜在力は残したい。
森林も同様で、林業振興策がうまくいっていればよいが、そうでない場合は荒廃人工林となっている。中間策として、広葉樹導入すれば、表土の流出が防止できる。この中間策がこれまで議論されてこなかったのだ。

そして、『撤退の農村計画』の本について、概要の紹介があった。
本書で掲げる積極的な撤退とは、未来に向けての選択的な撤退であり、進むべきは進む、引くべきは引いてきっちり守るという考え方だ。30~50年先を見据えた計画である。
「すべての過疎集落を維持すべき」「衰退はありえない」という主張は現実的ではないし、「過疎集落の住民は問答無用で都市に移転させるべきだ」「何もかも自然に戻せ」「何もせず、このまま消滅させるべき」というのも反対だ。
正攻法を否定しないが、それですべてを守ることは困難だろう。撤退は敗北ではなく、来るべき農村時代に向けた力の温存だと考えている。そのプロセスにおいては「誇りの再建」が重要となる。
今後の展開として、次の点が挙げられる。
 ・法律や補助の改善:森林法、過疎地域集落再編整備事業など
 ・意思決定の支援:集落診断士の確立
 ・移転前後の心のケア:現代山村型鍼灸師の確立
 ・メニューの多様化:介護施設と一体化した集合住宅など
 ・跡地の管理:組織化、バイオマス利用など
 ・種火集落:技術の仕分け、支援の中身の検討
 ・医療の集約化:絶対防衛圏の設定など
 ・影響調査:水循環、生物多様性、財政など

空き家を利用した農村移住の現実
西村俊昭先生

西村先生は2年前に農村へ移住された。そのときの苦労も交え、若い世代の農村移住についてまとめていただいた。
農村移住願望は20代では30%ほどある。これは大きな数字だ。
一方、地方における空き家の状況として、1980年に130万戸(空き家率7%)だったものが、2020年には460万戸(空き家率18%)になると予測されている。
双方のニーズをつなぐ団体として、地方自治体が運営する空家バンクがある。しかし空家の活用は進んでいないのが現状だ。その主な要因として、貸手側からは「法事で利用する」「仏壇の管理」「改修費用」「信頼関係の構築が困難」といった問題が挙げられ、移住側からは「農村ルールの把握が難しい」という声などがある。
また地方を中心に、公立学校の廃校(年400校)や、小児科・産婦人科の減少(15年で40%減)がみられることからも、若い世帯の移住は簡単ではない。

平成の集落移転に学ぶ
齋藤晋先生

書籍にも登場する、鹿児島県阿久根市本之牟礼地区の事例(1989年)が紹介された。10世帯(人口24人)のうち7世帯が集団移転、3世帯が市街地へ移転している。
ここでは住民の希望から移転計画が立てられた。総務省の過疎地域集落再編整備事業(本之牟礼地区での実施時は国土庁の事業だった)を利用している。
本之牟礼地区の人口は減少の一途をたどっていたが、余力を残した状態での、先見の明をもった移転である。
移転先決定の合意決定には手間取ったが、移転先が同じ寺の檀家でもともと親しかったこともあり、移転後のトラブルは特にないという。仲間がいる、元居住地と似ているということが評価されており、距離的にも近く、まとまった場所への移転であることがよかった点であろう。
跡地管理に関しては、土地管理面でのトラブルはないが、道路の撤収がまだなされておらず、そういった点で財政的な効用はみられない。
これ以外に、秋田県湯沢市(旧皆瀬村)の事例(1993年、4世帯)が紹介された。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

積極的撤退は一見冷たいようにも思えますが、その中身は「今あるものをどう具体的に残し・活用するか」だと捉えました。

現状のままではうまく活用できない地方に残された資源(農業・林業・老人の力・空き家・自然産業)も集約させることで活用への道が開けるのではないでしょうか。

渡澤翼
 

2016年10月 8日 (土)

少数による世界支配が民主主義の機能であり、民主主義が作られたそもそもの目的

民主主義の正体について、記事紹介します。

住民は夢・まぼろしの中、国家は架空、おカネはおふだ
竹原信一のブログ
リンクより

===========(以下引用)============

民主主義のホンネ

人には自分のためになることを善とする強い衝動がある。利益になることは善とし、損は悪としたがる。
民主主義は善とみなされている。民主主義は多数の善を実現するものと信じられている。議論し、多数決を取る事が民主主義になっている。しかし、バカバカしい事に議論の前に結論が決まっている。そして、多数決に参加が許された少数の欲望に従い物事は決められているのだ。

 欲望の対象は、つまるところおカネである。ところが、ほとんどすべての国民は法律や政治の実際ばかりか、おカネが作られる仕組みさえまったく理解していない。知らずに追い求めている。
社会の現実を皆さんが認めようが認めまいが、法も政治もおカネによって操られている。間違いない。

その結果、実際に政治を操り、社会全体を操っているいるのは、極めて少数の人間が操る中央銀行システムだ。 少数による世界支配が民主主義の機能であり、民主主義が作られたそもそもの目的だという事に気づいた人はほとんどいない。共主義、社会主義、資本主義、経済学、歴史学、政治学などの学会をつくり、その根元から仕切ってきたのもおカネの支配者である。



前田重男  

2016年10月 6日 (木)

戦後民主主義の虚妄

「真の民主主義を実現しなければならない」

もっともらしいこの言葉は、時に「戦争」をすることの正当化観念として用いられる。
しかし戦争行為の裏に潜む金貸しの目論見がネットを通じて明らかになってくると、もはや「民主主義」そのものに対する違和感⇒欺瞞性を感じずにはいられなくなってきている。(参考:301059

そもそも「民主主義」とは成り立ちからして大衆を騙すための観念である、とその本質をズバリ見抜いているブログ記事があったので紹介したい。

■戦後民主主義の虚妄(2/4)(心に青雲リンクより)

:::以下引用:::

 民主主義ほど良い制度はないとみんな思っているようだが、もとを辿れば古代ギリシアや古代ローマはともかく、近代民主主義は資本家(主にユダヤ人)が、もっと儲けようと考えて、封建領主の奴隷だった大衆をいわば解放して大量にものやサービスを買えるようにしようとしたために誕生した制度なのである。

 ユダヤ資本家どもは、大衆を煽動して、自分たちの意見が言えるぞ、自分たちの代表が領主の独裁に代わって議会制度をつくって、政治に参加できるぞ、と甘言を弄して革命を起こさせて王権を打倒させ、領主を駆逐して、民主政治を実現させた。

 とはいうものの、資本家がいいように事を運ぶための方便なのだから、民主主義はほとんど建前で、資本家は選挙を裏で操り、報道機関を独占して、資本家に都合のいいように大衆を誘導する情報を流す。むろん政治家や官僚も、資本家の忠実な犬として養成して下僕にした。一応は大衆に奉仕する役人ではあるが、決して大衆が主人公になっているわけではない。

 国家学を究めることなく、国家形態のほんの一部である民主制だけを取り上げて「すばらしい制度だ、これが基本だ」とするのは、愚かすぎる。
 国家学として説くならば以下のようなおおまかながらもスジをたてて考察しなければならない。

 そもそもサルがヒトとなり、人間となる過程で(ほかの動物もそうだが)集団としてしか生きていけない存在としての誕生だったのだ。集団は統括されなければならず、必ず統括者が登場してこないわけにはいかない。原始社会においては「長」が統括し、やがてそれが「王」となって、世襲されていく。

 だから、大衆が集まってわいわいしゃべりながら物事を決めていったとか、どやどやとまとまりなく狩りに出て行ったとかがあったとしても部分的なことであって、社会にとっては不合理なのだ。それより統括者を決めてそれに従う形態をとらねば人間は存在できなかった。つまり大昔から民主制度なんかはなかった。

 集団化(共同体化)しなければ生存できなかった人類は、農業や狩りだけではなく、他共同体との対峙のためであった。他共同体とは、必ず敵対関係に置かれる。作物や獲物のぶんどり合い、女のぶんどり合い、土地のぶんどり合いだ。闘争に敗れれば皆殺し。女は征服民族の子を生まされる。
 そうされないためには戦わねばならない。

 戦う組織を専門的に創らねばならないから、軍隊が生まれた。
 これが共同体を創らなければ生きられない人間、そして国家を創った人間の必然である。国家自体が悪だとするサヨクはアタマがどうかしている。
 人間にとって国家も必然なら軍隊も必然なのだ。

:::後略・引用終わり:::

石山 巌 

2016年10月 4日 (火)

民主主義の欺瞞~その実態は「決して責任を追求されることのないトップ0.1%の富裕層による独裁体制」

トップ1%の富裕層=国際金融資本。国際金融資本が独裁体制を続けていくということは、戦争と搾取の歴史が永遠に続いていくということに他ならない。

これが民主主義の実態、この現実をもっと多くの人が知ることが必要です。

ザ・リアルインサイト「【衝撃】民主主義の決定的な欠点が明らかになりました!」リンクより転載します。(一部省略、全文は元サイトを確認して下さい)
 ==========================================================

民主主義の決定的な欠点が明らかになってしまいました。
しかも、かなり致命的な欠点です。

「アメリカのほとんどの政治家は、多額の政治資金をトップ0.1%の富裕層に頼っている。アメリカのほとんどの議員はトップ0.1%の意図に反対する政策を進めることはできない。大統領に至っては彼らの意図に反する行動ができる者は「0%」だ。」

これがまさしく民主主義の致命的な欠点です。

具体的にどういうことかと申し上げますと、政治家の失政で国民が不利益を被った場合、交替なり落選なり、腹を切らなければならないのは政治家ですが、実質、政治的な命令を政治家に下しているトップ0.1%は腹を切ることは一切ない、ということです。

つまり、国民が選挙によって大統領や議員を交替させようがさせまいが、本当に交替させないといけないトップ0.1%の地位と権力は決っして揺らぐことはなく、自分たちの都合のいいように政策を進めさせることで、コンスタントに年間数千億円という莫大な収入を得ています。

その金でもって、永遠に政治家をコントロールできるというシステムができ上がってしまっていること、さらに、トップ0.1%の責任を追求することができないことが、現代のアメリカ民主主義の致命的な欠点です。

一方、独裁体制国家ではどうなのか。

独裁体制下の国民は自由と権利を剥奪されがちですが、独裁体制下で国民が不幸になったら、王座にふんぞり返っている権力者に、その責任を求めることができます。

古代ローマの歴代の皇帝たちは、ベッドの上で静かに最期を迎えたものは少なく、そのほとんどは失政を責められて、ローマ皇帝の墓場といわれるテヴェレ川に引きづられていく有様でした。

独裁者とは元来、その権力の所在が明確であるがゆえに、逃げも隠れもできない存在なんです。

ところが、民主主義の代表国アメリカでは、決して責任を追求されることのないトップ0.1%の富裕層による独裁体制ができ上がっている状態です。

仮の権力者である大統領や議員にいくら責任を追求しても、無意味なんです。

同じ独裁者でも、カダフィはあんなひどい目にあったのに、彼らは安全なところでずーっと高みの見物をしていられる状態です。

さらに、彼らがマスメディアを掌握しているため、民衆は彼らの意図に気付かず、搾取され続けています。

民主主義の理想がアメリカにもたらした社会体制とは、何のことはない、真の権力者が弱者から搾取をしつつ、半永久的にぬるま湯につかっていられる社会でしかありませんでした。

あれだけ自由だ民主主義だと騒いで戦争しまくってきたアメリカが、なぜこんな状態になってしまっているのか。

まずはじめに、トップ0.1%の富裕層とは、何者なのかを知らなければ始まりません。

トップ0.1%の富裕層とは何者なのか。
その正体は言わずもがな国際金融資本です。

では国際金融資本とはいったいどのような存在で、何を目的として行動してきたのか。

その一部をお話いたしますと、

・イスラム過激派をつくりあげ、罪のない多くの民間人を悲惨なテロに巻き込んでいます。

・世界中をテロとの戦争へと向かわせ、大規模戦争への導火線に火をつけようとしています。

・ウクライナ危機では民族主義者や傭兵部隊にロシア系住民を殺させ、プーチン大統領を戦争へと誘い込んでいます。

・中国や韓国に執拗に反日プロパガンダを展開させ、東アジアの戦争の火種をつくりあげています。

・世界中の中央銀行を支配し、一部のエリートに富を集中させる超格差社会をつくりあげています。

・共産主義思想をつくりあげ、一部のエリートと大量の労働者を分断し、弱者から富を吸い上げています。

いかがでしょうか。
国際金融資本、つまりトップ1%の富裕層が独裁体制を続けていくということは、戦争と搾取の歴史が永遠に続いていくということなのです。

こんなこと許されるわけないですよね。どこかで止めなければなりません。

(以下、略)

 ==================================================以上転載

斎藤幸雄
 

2016年10月 2日 (日)

精神分裂のごとく言行不一致。それを正当化しているのが「民主主義」という欺瞞観念

今の世界は民主主義といえば正当化される。しかし、民主主義は両手に兵器を引っさげて世界を闊歩している。
民主主義への盲目的信仰を取り払えれば、そこに横たわる矛盾だらけの世界が見えてくる。

※参照【256228実現論:序3(下) 民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である】

以下、「つれずればな『民主主義は犠牲を求めて彷徨う』リンク」より引用。
-------------------------------------------------------
世は「民主主義とは何か」を滔々と語る。あたかもこの世の真理を語るが如く美しく。

ある空間を共有するためには何らかの「きめごと」が要る。共有される空間は家や寮や学校にはじまり、仕事場、地域、と規模を大きくしてゆけばやがて国に行き着き、いまのところ最大規模のそれは地球という惑星である。この地球での「きめごと」、それは民主主義である。いつのまにか何となくそういうことになっている。

それは筆者が生まれついた時代にはすでに日本に深く根付いていた。その国で育ち、教育を受けた。しかしどうも腑に落ちないままこの歳になった。そして世界中で「民主」「民主」と連呼される今、それを実現しようとする側と壊そうとする側の双方からその語がとびだすのが耳障りでならない。このブログを長い間読んでくださっている方であれば筆者が「民主主義」というものにえらく懐疑的であることはお気づきであろうと思う。

終戦記念日が近づいた。
アジアの盟主と呼ばれていた軍国日本は焼け野原になり民主国家として生まれ変わった。生まれ変わらせた戦勝国のアメリカは日本に原爆を二つも落とした民主主義国家である。その国はその後も朝鮮の、ベトナムの、フィリピンの、アフガニスタンの民主化に貢献し世界から深く感謝されているに違いない。各国はその感謝のしるしとして米軍基地の配備を請け負い、思いやり予算を差し出し、駐屯兵の起こす交通事故も婦女暴行も自国の法律では裁かないと約束した。
二度と軍隊を持たず二度と戦争に加わらないと憲法において誓わせたのは占領軍であった。それから半世紀後のイラク戦争に出兵しろと圧力をかけたのもかつての占領国である。

一月ほどまえにトルコで起こったデモは皆様のご記憶に新しいかと存ずる。
イスタンブールの公園開発を環境破壊であると叫ぶ集団がソーシャルメディアを駆使して参加者を募りいつの間にか民主化を求める反政府デモにすり替わった。バス停や車両に火を放ち商店のガラスを割りながら強硬に民主化を叫ぶ彼らを支援していたのは1980年の軍事クーデターの後20年以上政権を握っていた社会民主主義政党と、いずれも民主国家とされる欧米諸国とそのメディアであった。槍玉に挙げられたのはここ十年来トルコの民主化を進めた政権政党、つまり国民の投票によって選ばれた政権である。

アラブ地域で民主化を求める市民が起こした一連の民主化運動はが飛び火したエジプトでは独裁者が政権から引き摺り下ろされ大統領選挙が行われた。そして民主的に選ばれた新大統領は民主化を求める反政府派市民から批判を受け大規模デモに発展、しかし同じく民主化を求める大統領支持派の国民も立ち上がる。混乱に乗じた国防軍が大統領の身柄を拘束し政権を剥奪、軍による暫定政府を立ち上げ大統領支持派の市民を大量に射殺した。民主主義の守護神を自称するアメリカ合衆国政府はこの身柄拘束は民主的でないとして民主的な解決を求めながらも国防軍による暫定政府に対し民主主義を築きだしているという評価を与えている。

もう矛盾が多すぎてどこが矛盾しているかを指摘できない。
言葉は身を離れてとして独り歩きをする。賛美されすぎたこの言葉は無条件で受け入れられそしてその中身が吟味されることはまずない。いま民主主義は両手に兵器を引っさげて世界を闊歩する。

理論上可能でも実現しようのないことはいくらでもある。
軍隊を持たず永遠に戦争を放棄する、それは素晴らしいことである。しかし戦争はひとつの国でするものではなく相手国が存在してはじめて成立する。だから日本だけ一方的に戦争を放棄してもはじまらないのである。この世のどこかに軍隊がある限り必ず攻めて来るだろう、なぜならそれが軍の仕事であるからだ。そうなれば自衛のために武器を取らざるを得ず、それをあくまで自衛であり戦争ではないというのは綺麗ごとだといっていい。軍備とは自衛という大義の元におこなわれるものである。そして武器を持てば使うことを余儀なくされてしまうのが常である。
戦争放棄、耳には美しく聞こえるそれを美辞麗句で終わらせないために払うべき努力というものがあった筈だ。自国、相手国、他国間におけるあらゆる侵略を否定し戦争撲滅を世界に毅然と働きかけるべきであった。しかし日本はこの憲法制定するやいなや勃発した朝鮮戦争でアメリカに武器を売り、その儲けで復興を果たしその後もアメリカの核の傘の下でぬくぬくと経済成長を遂げた。日本が戦争に巻き込まれないための外交はアメリカに丸投げし、そのぶん貿易に精を出し、アメリカの軍事活動に多額の資金を供出した。

この精神分裂症患者に近い言行不一致の後ろにあるのが民主主義である。冷戦以降のこの世界の全ての戦争は「民主化」の名の下に行われた。炸裂する民主化の爆弾に家や村を焼かれ民主化の銃弾に倒れた。孤児たちは民主主義の養子になった。

戦後アジアの民主化においての日本の役割は米軍の補給であった。極東に睨みを効かせたいアメリカは日本を基地だらけにし、食料と武器弾薬と燃料の補給庫として利用した。また格好の資金源でもあった。幕末に開国を求めて日本近海をうろつく外国船を体よく追い払うため幕府は外国船団に補給の協力はしても開国はしないという「薪水給与令」という苦策を講じたが、戦後は逆に桁違いの「薪水」をむこうから要求されることになる。

とある永久中立国すら世界中に武器を売ってはじめて経済・軍事ともに自立できるのであり時計を作って生計を立てているわけではない。二枚舌を駆使し何らかの形で戦争に組しているのならば中立も放棄もへったくれもない。この矛盾に気づかぬのは、あるいはこの詭弁に耳をふさいでいられるのは民主主義という言葉が眩しすぎるからである。

「人民による人民のための人民の政治」を執る民主国家アメリカは思うにすでに年老いた。かつて大航海時代から横車を押し続けていたイギリスが年をとり侵略に倦んだため敢えてアメリカを建国して汚れ仕事を任せたように、派手な軍事外交に疲弊したアメリカはイスラエルをして中東の、日本をして極東の遠隔操作を目論むようになった。これが日本の右傾化の背景である。民族主義を外から煽られて負け戦に手を染めた教訓は泡沫に帰し日本は今おなじ過ちを犯そうとしている。戦後日本をその庇護下に置くかわり軍備することを許さなかったアメリカが掌を反してこれ以上日本を防衛する気がないことを仄めかすと世論はすぐさま右傾化を煽った。そして再軍備を唱える政党が政権をとった。これは憲法に謳われた戦争放棄が日本国民に本気で相手にされていなかったことの裏返しである。

<後略>
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麻丘東出 

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