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2016年9月14日 (水)

キリスト経とユダヤ教の歴史1~イエス・キリストとは何者なのか?~

「失われた原始キリスト教徒「秦氏」の謎」(飛鳥昭雄・三神たける著)の「第6章 聖地エルサレムから消えた原始キリスト教徒の謎」からお送りします。
知っていそうで知らないキリスト教の歴史。原始キリスト教と言われるエルサレム教団等の初期の教えは、ユダヤ教から派生した。もともと、ユダヤ教徒であったキリストは、現在、一般的になっている偶像崇拝を否定し、エルサレムを離れなかったようだ。キリスト教の歴史は、分派独立を繰り返し、もともとの原始の教えという原点を忘れ、自我暴走を食い止められなかった。イスラムと異なるのは、どこだろうか?その迫害の歴史を見てみることにしたい。ます、イエス・キリストとは一体何者なのか?から見てみよう。
-----------------------------転載
■イエス・キリストとは何者なのか?
 キリスト教とは、ユダヤ教から派生した宗教である・・・・。事典を開けば、必ず目にするこの言葉、実は正確ではない。「キリスト教からユダヤ教が派生した」のである。

 いったいどういうことかというと、これが非常に微妙な問題なのだ。

 第一に、イエス・キリストに対する肩書「キリスト教の教祖(きょうそ)」がいけない。キリスト教の教祖とされるイエス・キリストは、なにも新しい宗教を開いたのではない。隠された「ユダヤ教の奥義(おうぎ)」を公開しただけなのである。

 よって、イエスの立場から見れば、「一般のユダヤ教」のほうが、隠された「本当のユダヤ教」から派生した宗教なのだ。ここで、イエスが説いた思想をキリスト教と呼ぶならば、キリスト教からユダヤ教は派生したことになるわけである。

 おそらくクリスチャンではない方にとっては、意外な話かも知れない。だが、誤解しないでほしい。これは著者の「説」ではない。『新約聖書』に記されたイエス・キリストの思想が、そうなのである。

 イエスの説いた宗教を考えるとき、ここを押さえておかないと、とんでもない誤解をしてしまう。巷の新興宗教のように、教祖イエスが既成のユダヤ教をもとに、自らメシアを名乗ることによって、新しい宗教を築き上げたのではないのだ。

 もちろん、学問的な歴史観のひとつとして、そういった見方はあってもいい。下手に教義がどうのと論ずるより、目に見える現象として新しい宗教が台頭してきたと考えることは間違いではない。間違ってはいないが、真実でもない。

 イエスの説いた宗教は、そんな微妙な教義、宗教観が絡んでくることを、ひとつ頭にいれて、キリスト教の発生を見ていくことにしよう。ここに奇妙な渡来人「秦氏」の正体を解く最後の鍵がある。

 そのためにまず、紀元前後のユダヤ教から始めたい。
-----------------------------2に続く



月読尊

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