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2016年9月26日 (月)

現代社会の危機に対する日本仏教からの提言1

2010年1月30日にダボス(スイス東部)で行われた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で全日本仏教会の松長有慶会長(80)(高野山金
剛峰寺座主)が提言を行った。集う者たちは「雪の中に集う金持ちたち」とも揶揄され、深刻な経済問題を遠ざけ、実質的な成果をほとんど生み出さないと言われているこの会議での提言は、彼らにどの程度の印象を与えたのだろうか。

(以下引用)リンク

財団法人 全日本仏教会
会長 松長有慶

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日本仏教からの提言

21世紀は混迷の時代である。前世紀の科学技術文明の驚異的な発展によって、人々は未曾有の物質的な繁栄を享受しながらも、精神的な痛みを抱えながら生きている。
われわれの周辺を見渡してみても、自己主張が突出し、他人の痛みには鈍感で、地域社会の連帯は希薄化し、凶悪犯罪が日常化する異常な社会が現実化しよう としている。世界全体を見れば、先進諸国の経済的な発展の蔭で、開発途上国の人々との間に貧富の差が急激に増大し、地球環境が劣悪化し、資源が枯渇し、民 族紛争、宗教間の対立抗争が常態化する憂うべき事態が現在進行しつつある。
社会的にも、個人の内面においても、八方ふさがりの閉鎖状態にあって、われわれは今まで自己が持ち続けてきた固定した人生観を冷静に反省して、改めるべき点があれば、率直に生き方を転換させて、事態の根本的な改善を図る必要があろう。
そのために、近代人が比較的等閑視してきた東洋の文化、とくに仏教の文化の中に、現代社会の病根に有効に作用する良薬が少なからず残されていることに、私は注目したい。
大乗仏教を奉ずる日本の仏教徒が、現代社会の危機に対して有効と思われる提言を要約すれば、1.生きとし生ける者の相互の関連性を認める全体的思考、2.多元的な価値観、3.生かせていただいている意識から社会奉仕活動へ、これら3点に集約されるであろう。

1.生きとし生ける者の相互の関連性を認める全体的(wholistic)思考

日本仏教には、人間中心、とくに自己中心的な視点を転換して、無限の宇宙的な視野の下に、人間だけではなく、動物、植物などあらゆる生物の相互のつながりを示す「一切衆生」という思想があり、日本の仏教徒の人生観の根底に横たわっている。
大乗仏教では、一切衆生はすべて仏になる可能性を持っていると説く。人間だけではなく、獣も鳥も魚も、虫けらに至るまで、あらゆるいのちあるものは、仏になりうるという思想は、人間と神との間に明確な一線を引く一神教の世界観とは異なる。
日本仏教では、山や川、草や樹木もまた本質的には、仏であると説く。それは、生きものだけではなく、山や川、風や石ころなどの無生物まで、神として崇敬してきた民俗信仰を仏教が摂取し、仏教の教理によって裏づけを与えたものである。
近代思想は自我を中心として、自と他を明確に区別するところから出発した。それは物事を対象化して捉え、近代の科学技術文明を発達させる基盤を作り上げ た。だが一面において自と他、物と心、人間と自然などの間にあった靭帯を切断し、それぞれを独立の存在とみなす考えが常識化することとなった。
しかし最近の人文科学や自然科学の研究の成果によると、他者から完全に切り離された自己は存在しないし、物質と精神をまったく別個の存在とみなすことは 困難となった。また人間だけが動植物や自然界を支配し、それらを隷属化する権利を持つものではなく、それらの間には相互に関連し、補完しあう共存の関係を 想定せざるを得なくなった。
日本仏教の考えからすれば、自と他、個と全体、物と心というように、一般に対立的に考えられている存在は、もとより一体である。ものごとを分析的により 分け、細分化することによって、ものの本質は見えてこない。むしろ対立的な思考を捨てて、全体的に把握することによって、ものの真実の姿が現われてくると 見る。
仏教は自我を中心として対立的に世界を見る近代思想から、宇宙的な視座の下に、全体的、相互関連的に世界を見る立場へと、視点の百八十度の転換を提案している。
分析的な思考法とか、物心二元論的な思考は近代の科学技術文明の進歩を支えてきたが、さまざまなひずみを現代社会に露呈することとなった。すべての存在 に、いのちを認め、相互の関連性を重視する日本仏教の総合的で、生命論的な観点は、人間疎外とか環境破壊といった現代社会が解決を迫られている問題に対し て、有効な示唆を与えるであろう。

(2につづく)




匿名希望

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