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2016年8月 1日 (月)

「成長する発想」と「成長しない発想」(1/3)

> (「自分らしさ」や「オリジナリティ」こそ、民主主義などの近代思想が生み出したまやかしです。) 254805

「自分らしさ」へのこだわりを捨て、
 ・役割分担を超えて他の領域の仕事へも関わる
 ・そういった領域について本で勉強する
 ・その領域を得意とする人に積極的に話を聴きに行く
その結果、あらゆる面の意識が大きく変わって、成長できた。

そんな、体験談を紹介します。

sogitani.baigie.blog『「成長する発想」と「成長しない発想」』リンクより転載します
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●「自分らしさ」にこだわって働いた結果

私が社会に出たのは1997年。今から17年も前のことです。最初に勤めた会社は、福利厚生も充実し、経営も安定し、勤めているだけで社会的な信頼も担保される、とても良い会社でした。

学生の頃までは、私は人とは少し違った視点で物事を捉えると、友人からは評価されていました。流行もの、ありがちなもの、浮ついたもの、軽薄なものに与せず、メジャーなものではなくマニアックなものを好む自分でありたいと思い、自分だけは本質が見えていると信じ、鋭い指摘を入れ、否定する。それが「自分らしさ」でした。

社会人になっても、その「自分らしさ」は絶対に失いたくない、会社に染まりたくない、ありがちなサラリーマンになりたくない、と強く思って働いていました。今風の言い方をすれば、社畜になってたまるか、という気持ちです。

重要ではないプライベートを優先し、部署の飲みを欠席することは当然でした。なんで残業代も出ないのに飲み会に出ないといけないのか、と思っていました。飲みに参加しても、最初の「みんなでとりあえずビール」が嫌で、自分だけ違うお酒を飲んでいました。紺のスーツに白いシャツというありがちな格好が嫌で、絶対に白シャツは着ませんでした。

余暇が充実してない人生なんて終わってると思い、プライベートのほとんどを趣味に使いました。会社は定時に上がり、好きな音楽を聴き、ライブに行くのが楽しみでした。当時は年間300枚以上のCDを買い、年間30~50本くらいのライブを観に行っていました。

もちろん、プライベートまで仕事のことを考えるなんてありえないという考えなので、仕事の持ち帰りや自宅学習なんて一切しませんでした。

日本中が沸いているオリンピックやサッカーの話題に加わるのは負けになるような気がして、自分からは決して話に加わりませんでした。自分の役割分担は明確にし、それ以上の仕事はできるだけ受けないようにしていました。正直、挨拶とか社会人としてのマナーとか、そういうのすごくくだらないと思っていました。

一つ一つの行動やこだわりは、別に悪いことではないでしょう。しかし、そういう姿勢で臨んで働いた4年間は、今、客観的に思い返してみても、あまり成長しませんでした。

もちろん新入社員がまったく成長しないなんてことはありません。別にサボっていたわけではなく、基本的には与えられた仕事は真面目にこなしていました。その会社で身に付けて、今の自分に繋がっている部分は、潜在的には色々あります。

でも、4年間も過ごした割には、優秀な人たちに囲まれた環境にいた割には、様々な学習の機会に満ち溢れていた割には、たいしたことを身に付けることができませんでした。恵まれた機会をもっと有効活用できたな、現在に繋がる何かをもっと獲得できたな、と今はとても後悔しています。

●「自分らしさ」が無効化された環境

しばらくして、会社にいるだけの人生は空しいと思い、会社から独立して生きていきたいと思いました。

どうせなら、元々興味があったデザインの仕事がいいと思い、仕事をしながらグラフィックやWebの勉強をしました。ただ、大学も美術系ではなく、実務経験も一切ない私のデザインのスキルというのは、完全に素人の思い込みレベルのものでした。なので、いきなり独立ではなく、いくつかの会社で経験を積んでから、独立しようと思っていました。

そんな私を雇ってくれるありがたい会社がありました。私は、高校受験をして高校に入り、浪人をして大学に入り、就職浪人をして大企業に入るという、失敗をしながら長い時間かけて繋ぎあわせてきた人生のレールを断ち切り、10人にも満たない小さな広告会社に、未経験のWebデザイナーとして就職しました。2001年、28歳の時でした。

その新しい環境では、学生時代から保持してきた「自分らしさ」なんてものにこだわっている余裕は一切ありませんでした。

28歳はデザインを始めるには遅すぎると言われたこともありました。だから、仕事に付いていけないと会社に捨てられるかも、と思っていました。年齢に関係なく、周りにいるすべての人が先輩で、できる限り短期間で吸収しないとやばいと思っていました。ランチや飲み会などの社内交流には積極的に参加し、できるだけ話をし、少しでも知識や考えや彼らの体験を学ぼうとしました。

サッカーには元々まったく興味がなかったけど、2002年の日韓ワールドカップも、同僚や先輩がそれに関わる仕事をしていたので、自分もできるだけ関心を持って関わるようにしました。

広告に関わる仕事なので、流行が嫌いだのなんだのと言っていられないと思い、できるだけ流行を受け入れるようにしました。それが軽薄だろうが、下世話だろうが、何かが流行るには理由があるはず、という目で見るようになりました。

仕事の中のスキルアップだけだと明らかに不十分だったので、プライベートの時間もできるだけ勉強に費やしました。自分のWebサイトを作ったり、デザインポータルを立ち上げたり、好きなデザインを模倣した作品を作ったりしていました。

この時期は、大好きだった音楽からも遠ざかり、新しい音楽もほとんど買わず、ライブには一切行かなくなりました。

独立するからには、自分が仕切れないといけないと思い、役割分担とは関係なく、デザイン以外の役回りも自分から行いました。営業やシステムにも、可能な範囲で関わりました。デザインを説明するのに設計やマーケティングの知識も必要だから、そういう本を読んだり、そういうのが得意な人がいたら積極的に話を聴くようにしました。

そうやって仕事の幅を広げていくと、いろいろな業界や年齢の人と接しなければならなくなり、挨拶やビジネスマナーの大切さを思い知るようになりました。

 ====================================================つづく



匿名希望 

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