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2016年7月20日 (水)

『続・日本の歴史をよみなおす』網野善彦著 「その1」

網野善彦著 「続・日本の歴史をよみなおす」の抜粋版がありましたので紹介します
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『百姓は農民か』
 日本の社会が、少なくとも江戸時代までは農業社会だったという常識は、非常に広く日本人の中にゆきわたっています。たとえば高等学校の日本史の教科書をみますと、いちばん広く使われている山川出版社の『詳説日本史』(一九九一年)では、江戸時代に入ってまもなくの項の冒頭で、「封建社会では農業が生産の中心で、農民は自給自足の生活をたてまえとしていた」と書いてあります。 東京書籍の『新訂日本史』(一九九一年)も農民の生活の項の中で、「当時の農業は村を単位に自給自足でいとなまれることが多かった」と書いています。その根拠には、当時の人口の圧倒的多数が農民であったという前提があるのですが、それを証明するものとして、ひとつの円グラフが二つの教科書には共通して引用されています。
 それは、秋田(久保田)藩の幕末近いころの嘉永二年(一八四九)の未分別人口構成を円グラフにしたもので、合計三七万二千人余の人口の中で、農民が七六・四%、町人が7・5%、武士が9・8%、神官・僧侶が一・九%、雑が四・二%となっています。 この円グラフで見るかぎり、幕末近いころでも秋田藩の人口の圧倒的多数が農民であるということは歴然としているかのごとく見えるわけです。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.231~232)

 しかし、素直にこのグラフを見ると、いったい秋田藩にはほんとうに、漁民や廻船人(かいせんにん)、山の民はいなかったのかという疑問がすぐにわいてきます。そこで、ここにはなにかからくりがあるなと思って、グラフの典拠にされている関山直太郎さんの『近世日本の人口構造』(吉川弘文館)を買い求めて調べてみました。関山さんの作成された表とこの円グラフのパーセンテージは一致していますが、農民七六・四%というところが関山さんの表では、「百姓七六・四%」となっています。この円グラフが、百姓は農民であるという理解に基づいてつくられたことは疑いありません。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.233)

 「お百姓さん」といえば農民に決まっているじゃないかという理解は日本人に広くゆきわたっており、このグラフの作成者もその常識に基づいてこれをつくっているのです。しかし、ほんとうに百姓は農民と同じ意味なのか、本来、「百姓」ということばには「農」の意味はないのではないかと問いなおしてみますと、こうした常識が意外に根拠のないことがわかってきます。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.234)

 実際、百姓は決して農民と同義ではなく、たくさんの非農業民--農業以外の生業に主としてたずさわる人びとをふくんでおり、そのことを考慮に入れてみると、これまでの常識とはまったく違った社会の実態が浮かび上がってきます。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.234)

【奥能登の時国家】

 実際、江戸時代初期の、分立する前の時国家は二百人ぐらいの下人(げにん)を従えているのですが、下人は、これまでの学説ですと、奴隷、あるいは農奴ととらえられていた人びとなので、時国家はそういう隷属的な性格を持つ人びとを駆使して、何十町歩(ちょうぶ)という大きな田畑を経営している大手作り経営と考えられてきたのです。宮本常一さんは敗戦後まもなく時国家を調査なさっており、さすがに鋭くこの家の実態の一端をつく指摘をしておられますけれども、結局はやはり、これを中世のなごりをとどめた巨大な手作り経営と見ておられますし、学者によってはこれを、家父長制的な大農奴主経営などと規定してきたのです。
 ところが、かつて日本常民文化研究所の出版した『奥能登時国家文書』を、はじめから一点一点、一語一語まで厳密に検討しながら読みなおしているうちに、この常識がまったく間違っている事がたちまちのうちにわかってきました。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.237~238)

 さらにまた、時国家は、中世末以来、町野荘(しょう)という荘園の中で、港に近い倉庫を持ち、年貢米や塩などの物資の出入りを管理していました。この蔵に納められた米や塩について、大名の代官は時国家にあてて、必要な量を蔵から支出せよという命令書を出し、その書類をうけとった時国家は、自らの判断で物品の支出を行っていたのです。ですから時国家は、蔵元の役割を江戸初期から果たしており、蔵に預っている米や塩の代銀を流用して、金融業を営んでいたと考えてよいようです。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.240)
__________________
その2に続く



岸良造 

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