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2016年7月

2016年7月30日 (土)

仏教が日本で定着していくとは・・・共同体のほころび度合いと関係ないか?

網野氏は「日本の歴史を読み直す」という中で金融業や商人は元々共同体の外にいた人という切り口でその存在基盤を分析しており、なるほどと思わせられる。共同体と共同体の間には隙間があり、それを繋ぐ需要が発生する。日本では奈良時代以降も共同体が温存されたが、そこから何らかの理由で外れた人が一定規模で登場した。彼らは神仏の世界と繋がっていた。そう考えると仏門に入る人や仏教の日本での広がりは共同体の喪失や共同体から外れた勢力が背景にあるように思う。
下記はリンクから引用しました。
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神仏に直属する民

商品交換と似たことは、原初の金融にもいえる。日本における金融の起源、つまり「モノを貸して利息を取る」ということの端緒は、「出挙(すいこ)」にある。出挙は、稲作と結びついている。最初に獲れた初穂は、神に捧げられ、それは共同体の神聖な蔵に貯蔵される(その蔵を管理したのが首長)。その初穂は、翌年、農民に貸し与えられ、農民は、収穫期に「利息(の稲)」をつけて、蔵に戻さなくてはならない。これが出挙で、律令国家よりも前から行われていた。
 なぜ、利息を付けなくてはならないのだろうか。人と人との貸借では、その必要がなかったのに。私の考えは、こうである。その種籾aが「神に属していた」という事実が+Xの価値を生み出しているのではないか。神は、人間以上の超越的な実体だからだ。つまり、われわれがこうして安全に存在できているということ自体が、多かれ少なかれ、神のおかげだからだ。それゆえ、人は、神から与えられたときには、その「剰余価値X」の分までも含めて返さなくてはならない。

ともあれ、交易や金融の世界は、このように、共同体の外部にいる超越的な神々に直結している。したがって、交易や金融には、普通の俗人はたやすくかかわることができない。中世までは、商人、職人、金融業者は、神や仏の直属民という資格で活動している。神の直属民は、「神人(じにん、じんにん)」、仏の直属民は「寄人(よりうど)」、天皇の直属民は「供御人(くごにん)」とよばれていた。
 これら神や仏に直属する人々、つまり交易や金融に関わった人々は、市場から市場へと移動する民だった。彼らが移動したのは、陸路だけではない。彼らは、河や海をも、いやむしろ主として水路・海路を移動した。

もうひとつ、重要なことを付け加えておこう。網野によれば、後に「部落民」として差別されることになる人々、つまり非人や河原者もまた、商人と同じカテゴリーに属する民、つまり神や仏の直属民として、畏れられていた。非人の仕事は、死のケガレを清めることであった。彼らは、一般の俗人にはできない職能をもつがゆえに、神仏の直属民とされたのである。河原者の仕事は、「自然に大きな変更を加えること」(土木)であり、やはり、一般の人々の畏怖の対象となった。

2016年7月28日 (木)

セキュラリズム―刹那の現世主義③

つれづればなリンクより転載します。
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もしかするとだが、「国家神道」はセキュラリズムを浸透させる目的で設計された信仰だった可能性がある。ためしに上の文を少々変えると次のようになる。

「あくまで「預言者」として神に預けられた言葉を人々に伝える存在であったイエスを、その昇天の後、使徒パウロが突然「神の御子」と宣言し、共通の信仰対象を持たない多神教徒の集まりであったローマ帝国市民に「神」としてのキリストが説かれた。ローマ人がそれまで多神教の神々に求めていたもの―救世主、大地母神、犠牲、再生―をキリスト教に結びつけ、熱狂し、ローマの神殿と神像は破壊され、地中海一帯にはキリスト教中心の社会が始動した。」

キリスト教がローマの国教に採択されたのはローマの政治支配と軍事力拡大を目指した民意の統制という背景がある。「国家神道」をキリスト教に、「天皇」をキリストに重ねればここに相似形を見出すことができる。「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」との大日本帝国憲法による「法定」は四世紀のニカイア公会議にて「イエスは神の御子」であるという審理に基づいた新約聖書と同じ臭いがする。彼ら西洋人は自らの歴史をよく識る者であり、それを外に対してどう利用するかを心得ている。

明治新政府が推し進めた殖産興業と富国強兵は国民に合理主義と物質主義、つまり近代思想を刷り込むことで成立した。そこで活躍したのが欧州で近代主義の洗礼を受け日本に啓蒙した知識人たちである。近代化の障害となる非合理な、されど古き良き在来の精神世界は知識人たちの罵詈雑言にて萎縮する。居場所を失った日本人としての生き方、日本人の意識や誇りは皇室という万世一系の神の系譜に集約される。その後は近代というものの中身を吟味する余地もなく、日本人のひたむきで疑うことを知らない気質が手伝い、追いつけ追い越せとばかり自らを駆り立てて近代化が進められたといっていい。忠孝心、愛国心、畏怖心、そういった意識は天皇とともに空高く舞い上がり、そして敗戦をうけて撃沈、昇天し現世から切り離された。そして現世は戦後という時代を迎えるが、そこに残るのはかつて知識人たちに因習そのものと定義された脱ぎ捨てる対象としての過去、そして輝ける近代思想に裏付けられた未来への期待であった。日本にはこうしてセキュラリズム=現世主義が定着した。疑いなく、我々は尊いものと引き裂かれた。

戦争やクーデターがおこり、国民が自失状態に陥った後などにセキュラリズムは浸透する。その効果を長続き、いや恒久化させるため、セキュラリズムは教育に埋め込まれるのが常である。
社会の細胞は個人である。個人の確立は「教育」と「教え」に作られた下地に実社会での経験が加わることで起こる。非道を働けばどうなるか、「教育」では法で裁かれ牢に繋がれると言い「教え」では神や仏に裁かれ地獄に落ちるとされる。「教え」つまり信仰を現世と絶縁させておけば地獄は不安材料にはならない。現世での不幸を「生き地獄」と比喩することはあるがそれは自分よりもむしろ他人の非道によることが多くやはり来世への畏れにはつながらない。ならば騙されるよりも騙すほうが得をする、もちろん現世での法の範囲では。また善行を行えば来世で天国へ迎えられるという教えよりも、善行の見返りには現世で名声や信用を得るとする教育が上に立つ。現世での罪への歯止めや善悪の根拠は「教育」へと傾き、そうした社会で経験しうるのは受けてきた教育の確認でしかない。この循環の中で来世は忘れ去られ、人の意識は有限な物質界である現世でのみ生きる。限りあるゆえに人は競い合い、奪い合い、騙し、謗り、罠と禍を仕掛け、傷つき、魂を穢し合う。しかし人はなぜかこの生き地獄を「自由」と呼ばされ崇めている。


セキュラリズムが世に与える苦痛とはなにか、なぜそこから脱却しなければいけないか、出来るのだろうか、そしてその術は、セキュラリズムと「自由」の関係は、それは次号後編に続けるとする。やや余談になるが以下に世間ではよく知られていながら議論には殆ど上らないことを記して前編を閉じたい。


GHQによって焼却処分されところであった靖国神社はローマ法王の口添えによりそれを間逃れている。こうして禍根としての靖国は残り、少しでもつついて揺さぶれば国論と国際世論を刺激し常に日本の外に利益をあたえる。現世の利益のためなら霊を来世から借用してでも悪用するというセキュラリズムならではの手法を以って、「靖国」は「エルサレム」と化した。禍根は残るものではなく、残すものである。
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以上です。



新聞会

2016年7月26日 (火)

セキュラリズム―刹那の現世主義②

つれづればなリンクより転載します。
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そして夜明け

セキュラリズムという名が与えられたのは近代を迎えてからであるが、それに至るまでは特に形のある思想ではなく今も一言で定義するのは難しい。「神との別居」を目的としたあらゆる努力が神学者と科学者、聖と俗のそれぞれで行われた末に近代が生まれたとも言える。
まず13世紀の神学者トマス・アクィナスが神学の立場からセキュラリズムの土台ともいえる観念を引き出した。それによると創造主たる神の「永久の法」のなかに含まれる被造物たる人間が、その理性に由来する独自の「自然の法」を分有すると説いた。神中心の無限界の中に人間中心の領域を設けたのである。その領域では1+1が常に2であるように理論・視覚・経験の上で整然とした法、つまり科学や論理学に則る法則が求められた。そこでは科学と論理で証明できないものはその存在が認められない。よって神も存在しない。その領域の支配者は人間である。トマスによって科学は市民権を得たといえる。
トマスの後、イエズス会の「努力」で世界中に大学が設立された。科学、そして修辞学(言論・演説に関する学問)が広く学ばれ科学者と思想化が次々と輩出、ニュートン、カント、マルテス、マルクス、ダーヴィン、ウェーバー…科学者たちは神の領域を侵すことなく人間の領域の法を整える。そして思想家たちは神の干渉をうけずに「倫理」を確立、科学の擁護を展開した。
それが物質主義や合理主義、そして後に資本主義、個人主義、民主主義などと呼ばれるものと発展しセキュラリズムの遺伝子を世界に、未来に拡散した。

神を完全否定するアテイズム(=無神論)とは違い、セキュラリズムが敢えて神の領域と人の領域を分けたにとどまり神の存在を否定してはいないことに注意すべきである。これならば神の領域を侵さずに人の領域の運営に集中できることがひとつ。ふたつめに、信仰を科学に目覚めぬ暗黒時代の因習として軽視・蔑視の対象に据えることで人々を現世に没頭することへの罪の意識からほぼ開放したことを挙げられる。これは、「神の陳腐化」である。

対イスラーム戦略

「神との別居」の出発点がイスラームとの攻防であったことを先に記した。その後も欧州がなぜイスラームと敵対したかは、物質主義や合理主義、そして金利の理念がイスラームの教義に反するそのためにキリスト教徒がセキュラリズムを通して立ち上げた資本主義経済網を富の溢れる東方に拡大できなかったことに拠る。現世と来世が連続しているとする一神教本来の教義を強固に持ち続けていたイスラム教徒を「どうにかする」にはセキュラリズムを感染させるのが唯一にして最も効果がある、と欧州は悟った。

東ローマ帝国を滅亡させ十字軍を追い返し続けたオスマントルコ帝国がどのように解体されたかは過去の記事で触れたとおり帝国内の民族主義を煽られたことによる。その後にふたたびイスラームとしての統合や団結が叶わなかったのも、帝国から独立したアラブ諸国・バルカン諸国そして新生トルコ共和国に「世俗主義政府」がそれぞれ打ち立てられ政治の領域からイスラームが駆逐されたためである。およそ独立国としての技量にかける新生国を裏から無理に支えていたのはもちろんイスラームによる結束を阻む欧州である。
新生世俗国家の教育はセキュラリズムを徹底し、信仰ゆえに抵抗を見せる学生は冷遇され社会の下層に留まることが強いられる。そうして信仰が貧困と暗愚の象徴になる。逆に上層、とくに政治・司法・教育界に参入できるのは優等生として出世街道を進んだセキュラリストのみとなる。こうなれば自動的に「神との別居」と「神の陳腐化」が国家単位で進む。セキュラリズムの遺伝子からなる民主主義は「信教の自由」を高らかに謳うが、嘆かわしくはこの欺瞞に気づく者が無いに等しいことである。

日本とセキュラリズム

世界中の国々を資本主義経済の網に取り込むためにはその国ごとのセキュラリズムの移植が不可欠であり、もちろん日本も例外ではなかった。
黒船でやってきた西洋人の碧い目には日本人と別居させるべき信仰が何なのか不明瞭で、当の日本人も実はよく分かっていなかったことが予想できる。日本共同体の土台となっていたものはいわゆるキリスト教のように体系付けられた信仰ではなく、自然の摂理の向こうにある不可視な世界への漠然とした畏怖心であった。誰かひとりの不心得が疫病、ひでり、嵐、不作などを以って共同体全体に跳ね返るとし、そして子孫は現世で生きる場を失い、黄泉の国の先祖は苦しむ事になる、そういった意識であった。だからこそ潔斎して生きることを心がけ、生きる場である共同体、つまり現世を穢さぬよう勤めたのである。わが国でのは神道や仏教ですら根底のこの意識の上にただ腰掛けたものだったと考えられる。この様相は西洋人には簡単には理解できなかったのであろう、彼らに言わせればこれはある種の「倫理」であり「信仰」の定義からは外れている。

それでは日本にセキュラリズムはどのように入り込んだのか結果から検証する。
あくまで「巫(かむなぎ)」の頂として神の意思を政治に反映させる存在であった天皇が、大政奉還後、お雇い外人の書いた大日本帝国憲法により「現人神」として祀られたことの意味を考えてみなければならない。具現的な信仰の対象をもたない日本人の前に「神」としての天皇が降臨した。異国人に踏み込まれ動乱する国の中でそれは救世主のごとく鮮烈であり、それまでの日本に残る精神遺産―史観や風習や道徳観―の多くを天皇と神道に結びつけ、恭順し、寺は廃され、神社は祀神を変えられ、日本には天皇中心の社会が始動した。
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続く

2016年7月24日 (日)

「寄生性と知的謀略」-世界経済を認識する基礎 (晴耕雨読)より②

生産基盤を持ち共同体として真っ当に自然外圧に対処している集団に、如何に信用させるか?
そのことだけを追求し、実践してきた彼らの知的謀略は、「騙される方が悪い」という価値意識に貫かれているようです。

「寄生性と知的謀略」  世界経済を認識する基礎 リンク (晴耕雨読)より

■ 「知的謀略」

寄生者が共同体に寄生するのは容易なことではありません、宿主は、すぐに寄生者に不信感を抱くようになります。

寄生者は、自分たちが寄生者ではないこと、自分たちが求める取引形態は正当であること、自分たちの価値観はまともなものであることなどを宿主に認めさせよう(錯誤させよう)と努力します。

寄生者は、「騙されるほうが悪い」という価値観を持っています。

騙されるのが嫌だったら、知性を使って騙されないようにすればいいと思っています。

また、宿主共同体の価値観に基づく規制(法など)を邪魔な存在だと受け止めています。しかし、法には犯した場合の罰が付き物ですから、規制をうまくかいくぐろうとしたり、嘘や罪のなすりつけを行います。

そして、罰を食らう結果になってしまったら、不運だった、知恵が足りなかったと思うだけで、悪をなしたという意識は持ちません。

(価値観が違うので当然の思考過程です)

宿主に寄生する最高の方法は、自分たちが効率的に養分を吸い上げられる価値観や制度を宿主共同体が持つようになってくれることです。

端的には、収奪者(寄生者)ができるだけ自由に収奪活動に励むことができ、被収奪者(宿主)が収奪されるための仕掛けだとは思わず、それを素晴らしい考え方だと信じる理念・価値観・制度を普及させることです。

このために、宗教・学問・政治制度などを利用します。

ユダヤ教とキリスト教(ローマカソリック以降)は、寄生者が宿主を収奪するために普及させた宗教です。

(同根であるイスラムは、それを否定した近似的宗教です)

民主主義・個人主義・自由主義・経済学・科学的世界観なども、寄生者が宿主から“養分”をスムーズに吸い上げるためにつくり普及させた論理的説明体系です。

(民が共同体の主であることや個人の自由を尊重することがそうだという主張ではないのでくれぐれも注意を)

19世紀にドイツで百貨店が生まれたとき、それまで禁止されてきた「広告宣伝」が行われました。
人々の欲求をくすぐり心を引くうたい文句が刷られたチラシが撒かれました。

民主主義・個人主義・自由主義・経済学・科学的世界観などは、“高尚な”「広告宣伝」でしかないのです。

宿主共同体の構成員が寄生者の「収奪システム」を嬉々として受け入れるよう、空虚な言葉(美辞麗句)をさも論理的であるかのように組み立てて普及させたのです。

さらには、共産主義をマルクス主義的に脚色(理論強化?)することで、収奪システムが引き起こす人々の不満を筋違いの相手に向けさせるという凝った防御手段も用意しました。

(背後にいる国際金融家ではなく、直接の雇用主である産業資本家が搾取しているという説明)

また、下位にいるユダヤ人国際金融家を「陰謀論」で叩かせることで、上位の自分たちには害が及ばないようにもしています。

「土地に縛られるのは悪いこと」、「思想・信条の自由」、「個人の自由は家族や国家(共同体)の利益より優先される」、「利潤追求が経済活動の基礎」、「営業活動の自由」、「グローバリズム」、「コスモポリタン市民」などを冷静にじっくり考えれば、寄生者の価値観が色濃く示されていることがわかるはずです。

※ 「思想・信条の自由」の危険性はちょっとわかりにくいかもしれませんね。

「思想・信条の自由」が純粋に内面の問題であれば、それを覗いたり規制することは原理的に不能ですから、憲法などでその自由をことさらうたう必要はありません。

ですから、「思想・信条の自由」は、それを言葉・文字・映像などで表現し社会に広めることの自由ということになります。

美意識や好みなどは規制する必要はありませんが、「ゆえなく人を殺してはいけない」、「盗みはダメ」、「利息をとってはいけない」、「相互扶助を心がけなければならない」など基本的な規範は、個々人が個々の価値観で自由に否定する運動を行っていいものではなく、“不可侵”のものです。

共同体として存続していくための共有規範がばらばらだったらどうなるかを考えればわかるはずです。共有規範のなかでの個人の自由があるだけです。

ですから、共有規範をなくそうとしたり無効化しようとする動きは、自由なものではなく規制されてしかるべきものなのです。

共同体の規範を壊そうとしている寄生者が、「思想・信条の自由」を獲得し、学問世界やメディアを支配していたらどうなるかを想像してみたら(現実ですが)、その危険性がわかると思います。

(続く)

2016年7月22日 (金)

『続・日本の歴史をよみなおす』網野善彦著 その3

その3
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【村とされた都市】

 輪島の七一%の頭振(水呑)の中には、漆器職人、素麺(そうめん)職人、さらにそれらの販売にたずさわる大商人、あるいは北前船を持つ廻船商人などがたくさんいたことは間違いないところですし、百姓の中にも、輪島の有力な商人がいたことも明らかなのです。先ほどもふれましたように、輪島の頭振(水呑)の中には、土地を〔持てない〕人ではなくて、土地を〔持つ必要のない〕人がたくさんいたことは明白といってよいのです。とすると、百姓を農民、水呑を貧農と思いこんだために、われわれはこれまで深刻な誤りをおかしてきたことになります。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.249)

 またこの食野の一族で、井原西鶴が『日本永代蔵』の冒頭で、「波風静かに神通丸」、「三千七百石つみても足かろく、北国の海を自在に乗て云々」と述べた、和泉の唐金(からかね)屋も、佐野浦の百姓であることが確認できます。このように、江戸時代の日本列島の海辺には、百姓、水呑で、時国家や柴草屋と同じように、大規模な廻船業を営んでいる家は、無数にあるといっても差し支えないと思います。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.253)

 実際、日本列島は、三千七百以上の島々からなり、海岸線は二万八千キロメートルにおよび、農耕地になりうる低地、台地は二十五%ぐらいしかないのです。能登半島のような地形は日本列島の半島や島のいたるところにありますし、中世以前にさかのぼると、地形は現在とはだいぶ違っています。たとえば、能登半島の町野川河口の小さな潟は、いまはほとんど消えてしまいましたけれども、昔ははるかに大きかったと見られますし、日本海海辺のいたるところにこのような潟があったことがわかっています。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.253)

 また太平洋岸でも、岐阜県は、いまは海のない県といわれていますが、古代には大垣の近くまで海が入っていたのです。かつて伊勢湾台風で水に浸かったところは、もとは海だったところだといわれている地帯ですし、大阪湾も同様に広く、南関東も、水郷地帯といってもよいほど水びたしでした。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.253)

 このように、中世以前の地形にまでさかのぼりますと、能登半島についてのべてきたようなことは、日本列島の全体にあてはまるに相違ありません。そしてそうなりますと、日本列島の社会が、農民が人口の圧倒的多数をしめる農業社会であったという常識も、おのずと完全に覆るといわざるをえないわけです。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.253~254)

 しかしこれまで、私もふくめて、一般的に歴史家はこのようには考えてきませんでした。二十年ほど前に私は『日本中世の民衆像』という岩波新書を出しましたが、そのころ中世の百姓が農民だけではないことははっきりと気がついていました。それは百姓の負担する年貢のうち年貢米はむしろ少数派で、絹、布、塩、鉄、油などが年貢になっていることがわかっていましたので、中世の百姓は、決して農民などとはいえないと思っていたのです。 けれども、江戸時代に入れば、農業が発達したことも確実なので、「お百姓さんといわれるように、百姓は農民と解してもいいと思います」などと、この本には書いてあります。そのため新しく刷られた本には補注を書き入れ、これが間違いであるとはっきり書きましたが、十年前は私もその程度の認識でした。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.254~255)

【水田に賦課された租税】
 では、どうして日本人はこういう誤った思いこみを長年にわたってしてきてしまったのか、これが大問題なのです。ちょっと考えればすぐわかるように、百姓ということばは、本来、たくさんの姓を持った一般の人民という意味以上でも以下でもなく、このことば自体には、農民という意味はまったくふくまれていません。古代の和訓では「おおみたから」と読まれていると思いますが、これにも農民の意味は入っていません。
 現在の中国や韓国では、「百姓」ということばは意味どおりに使われています。ですから、中国人の留学生に、「あなたの国で使っている『百姓』をどのように日本語に訳しますか」と訊いてみましたら、しばらく考えて「普通の人」と答えました。
 そのとおりなのだろうと思うのです。士大夫(したいふ)、つまり官僚でない一般の人民を百姓と呼ぶのが普通の用法なので、現在でもそのまま用いられているのだと思います。その留学生は、日本に来て「百姓」というとみなが農民だと思っていることに、最初は違和感を持ったといっておりましたが、まことに当然なことで、百姓は本来、農民の意味はまったくふくまれていないのです。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.257~258)

 村も同じで、これも群に語源のあることばですから、本来、農村の意味はないのです。にもかかわらず、厳密に実証的でなくてはならない歴史家、科学的な歴史学を強調している歴史家たちが、史料に現われることばを、使われている当時の意味にそくして解釈するという実証主義の原則、科学的歴史学の鉄則を忘れて、なぜ百姓という語をはじめから農民と思いこんで史料を読むというもっとも初歩的な誤りを犯しつづけてきたのか。私も同様だったのですから決して偉そうなことはいえないのですが、これは非常に大きな問題で、簡単に解答を出し切ることはむずかしいのです。しかし、いくつかの原因をあげることは可能だと思います。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.258)
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岸良造 

2016年7月20日 (水)

『続・日本の歴史をよみなおす』網野善彦著 「その1」

網野善彦著 「続・日本の歴史をよみなおす」の抜粋版がありましたので紹介します
リンク
『百姓は農民か』
 日本の社会が、少なくとも江戸時代までは農業社会だったという常識は、非常に広く日本人の中にゆきわたっています。たとえば高等学校の日本史の教科書をみますと、いちばん広く使われている山川出版社の『詳説日本史』(一九九一年)では、江戸時代に入ってまもなくの項の冒頭で、「封建社会では農業が生産の中心で、農民は自給自足の生活をたてまえとしていた」と書いてあります。 東京書籍の『新訂日本史』(一九九一年)も農民の生活の項の中で、「当時の農業は村を単位に自給自足でいとなまれることが多かった」と書いています。その根拠には、当時の人口の圧倒的多数が農民であったという前提があるのですが、それを証明するものとして、ひとつの円グラフが二つの教科書には共通して引用されています。
 それは、秋田(久保田)藩の幕末近いころの嘉永二年(一八四九)の未分別人口構成を円グラフにしたもので、合計三七万二千人余の人口の中で、農民が七六・四%、町人が7・5%、武士が9・8%、神官・僧侶が一・九%、雑が四・二%となっています。 この円グラフで見るかぎり、幕末近いころでも秋田藩の人口の圧倒的多数が農民であるということは歴然としているかのごとく見えるわけです。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.231~232)

 しかし、素直にこのグラフを見ると、いったい秋田藩にはほんとうに、漁民や廻船人(かいせんにん)、山の民はいなかったのかという疑問がすぐにわいてきます。そこで、ここにはなにかからくりがあるなと思って、グラフの典拠にされている関山直太郎さんの『近世日本の人口構造』(吉川弘文館)を買い求めて調べてみました。関山さんの作成された表とこの円グラフのパーセンテージは一致していますが、農民七六・四%というところが関山さんの表では、「百姓七六・四%」となっています。この円グラフが、百姓は農民であるという理解に基づいてつくられたことは疑いありません。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.233)

 「お百姓さん」といえば農民に決まっているじゃないかという理解は日本人に広くゆきわたっており、このグラフの作成者もその常識に基づいてこれをつくっているのです。しかし、ほんとうに百姓は農民と同じ意味なのか、本来、「百姓」ということばには「農」の意味はないのではないかと問いなおしてみますと、こうした常識が意外に根拠のないことがわかってきます。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.234)

 実際、百姓は決して農民と同義ではなく、たくさんの非農業民--農業以外の生業に主としてたずさわる人びとをふくんでおり、そのことを考慮に入れてみると、これまでの常識とはまったく違った社会の実態が浮かび上がってきます。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.234)

【奥能登の時国家】

 実際、江戸時代初期の、分立する前の時国家は二百人ぐらいの下人(げにん)を従えているのですが、下人は、これまでの学説ですと、奴隷、あるいは農奴ととらえられていた人びとなので、時国家はそういう隷属的な性格を持つ人びとを駆使して、何十町歩(ちょうぶ)という大きな田畑を経営している大手作り経営と考えられてきたのです。宮本常一さんは敗戦後まもなく時国家を調査なさっており、さすがに鋭くこの家の実態の一端をつく指摘をしておられますけれども、結局はやはり、これを中世のなごりをとどめた巨大な手作り経営と見ておられますし、学者によってはこれを、家父長制的な大農奴主経営などと規定してきたのです。
 ところが、かつて日本常民文化研究所の出版した『奥能登時国家文書』を、はじめから一点一点、一語一語まで厳密に検討しながら読みなおしているうちに、この常識がまったく間違っている事がたちまちのうちにわかってきました。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.237~238)

 さらにまた、時国家は、中世末以来、町野荘(しょう)という荘園の中で、港に近い倉庫を持ち、年貢米や塩などの物資の出入りを管理していました。この蔵に納められた米や塩について、大名の代官は時国家にあてて、必要な量を蔵から支出せよという命令書を出し、その書類をうけとった時国家は、自らの判断で物品の支出を行っていたのです。ですから時国家は、蔵元の役割を江戸初期から果たしており、蔵に預っている米や塩の代銀を流用して、金融業を営んでいたと考えてよいようです。
(《続・日本の歴史をよみなおす 第一章 日本の社会は農業社会か》P.240)
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その2に続く



岸良造 

2016年7月18日 (月)

経済学の勉強を始めて思うところ

 経済学を少し勉強してみてつくづく思うのは、絶対に経済学者に騙されてはならないということである。

 例えば、現代の経済学はアダム・スミス(1776)⇒ケインズ(1936)⇒フリードマン(1979)の3人の経済学者の理論が骨格になっているが【参考リンク】、その中で理論的土台を成すのは、アダム・スミスの『国富増大を担う経済主体は私益にしか関心がない』という認識である。私益にしか関心のない主体だから景気は乱高下を繰り返し(これをスミスは“神の見えざる手”と呼んだ)、その後社会が不況に陥るたびにその対策としてテクニカルな方策が打ち出されてきた。ケインズやフリードマンの財政理論や金融理論もその一類型だと思う。

 これらの経済理論が最早時代遅れであることには、身内の経済学者たちもさすがに気付き始めている。しかし、有効な新経済理論はどこからも出てこない。その根本原因は、アダム・スミスが個別経済主体の欲望を全面的に肯定した点が今もなお中高年世代(≒指導者層)の意識の中に残っているというのが一点、そしてもうひとつが、ほぼ全世代にわたって市場拡大の呪縛から脱却できていないという点だろう。

 若い世代はすでに私益主体から脱却できているので、こちらは言わば時間の問題だが、“市場拡大神話”は結構根深い。しかし、GDPの数%の増減など庶民生活にあまり関係がないということは実感ベースではわかり切ったことであるし、言われてみれば当り前のような話である。にもかかわらず、少し経済を勉強すると誰もがあっさり騙されてしまう。これこそ『騙し』『ペテン』『洗脳』の典型だ。

 政策レベルで捉えても、市場拡大路線に拘らなければ、おそらくもっと有効な策がどんどん打ち出せるはずだ。実際、ネット界にはアマチュアならではの奇想天外なヒントが山のように積み上がっているし、米国債やドルの暴落も、にっちもさっちも行かなくなった現在の市場社会を大転換させる絶好の機会というプラスの発想も出てくるだろう。また、るいネットや関連トラックバック投稿は非常に良くできた参考書になっている。

 そんな訳でこれからは、マスコミや学者に洗脳されると何も考えられなくなるということを四六時中念頭に置いて、必要なことを学んでいくor調べていくというスタンスを貫徹して行きたいと思っている。

匿名希望

2016年7月16日 (土)

偽典「バルナバスの福音書」に祝福を与えよ②

引き続きつれづればなリンクより転載します。
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法王庁からゴラン写本を買い取りたいとの交渉を受けるヴィクトリアだが高額の提示にも断固として応じることはなく、それが禍したか27歳の彼女はモサドの手の者により殺害されてしまう。こうしてゴラン写本は渦中に陥りギリシアのある出版社に二束三文で買い取られてしまう。枢機卿マルコはその後原因不明の死を遂げている。

アンカラの司法裁判所の証拠品倉庫の中で2008年に奇妙な山羊皮製の本が見つかった。これもアラム語を古シリア文字で綴った文書であることが判るとバルナバスの福音書の原本ではないかという期待が持たれ炭素年代測定が行われたが、結果はおよそ1500年前に書かれたものであると判りバルナバスの時代のものではなかった。ハムザ師にその写真が送られると、曰くこの文書は「全く出来の悪い」聖書の一種で、およそ福音を伝えるために守られた本などではあり得ないという。皮の質が悪く書体も幼稚で、何より本の背面に十字架が描かれているなど福音書としてあるまじき姿という理由であった。皮肉なことにこの山羊皮本の出現によりバルナバスの福音書自体がイスラーム誕生後にイスラム教徒によって書かれた偽書であるとの評価がさらに高まった。この山羊皮本は2000年に摘発された古美術品窃盗団から押収されたがそのまま警察で眠っていたという。バルナバスの生地キプロスにその名を冠した聖バルナバス教会があり(バルナバスの墓所として知られているが信憑性は薄い)、実際に1996年に聖バルナバス教会はキプロス軍(トルコ軍の出先機関)の将校によって荒らされている。そしてこの事件を調査していたキプロスの新聞記者は同年何者かに殺害されている。結果を俯瞰すればこの山羊皮本をめぐる一連の事件はバルナバスの福音書を貶めるための謀りごとと考えられる。(トルコ軍の行動は常に不可解であるがイスラエルとの関係が緊密であることを考えれば理解しやすい。)

ハムザ師はバルナバスの福音書の全文を読んだおそらく唯一の生存者ではないかと思われる。そのハムザ師に対してもモサドをはじめその他正体不明の組織からの脅迫が止むことはなかった。研究を放棄することを要求され、従わなければ生命はおろか地位・学歴・職歴・出生証明・国籍の全てを白紙にすることもできると脅された。解読作業に関わる出版社や新聞社の人間が相次いで不慮の事故に遭い、さらに師は2003年ごろから癌を患い現在も闘病中である。イスタンブールの自宅から一歩も出ることなく暮らしているが訪れる取材には応じている。またテレビにも何度か電話を通して出演している。命などは惜しくないが身近な人々に事が及ぶのは耐えられないとする師は、すでにその全容を知りながらも福音書の訳文を発表することなく関連の執筆も一切行わず、取材を通してその内容の断片を語るのみである。

堕落したユダヤ教社会に生まれたイエスが広めたのはユダヤ教の原点に還らんとする教えであり「キリスト教」なるものを広めたというのは間違いである。イエスの昇天の後になって一神教の道から逸れ、ローマ帝国領土内の土着信仰―多神教的偶像崇拝―の鋳型に嵌められたのが「キリスト教」である。その種を撒いた者こそがタルソスのパウロであった。イエスと使徒を激しく迫害したパウロは突然回心し偶像崇拝者たちにイエスの教えを説きはじめる。それまで荘厳な、時には禍々しい姿をした「神々」を信じ、犠牲を捧げてその御心に適えば死後にこの世に生まれ変わると信じていた人々にとり目に見えぬ唯一神というものは想像に及ばぬ存在でしかなく、この世の人生は一度きりで肉体が蘇ることはないとする教えはとても認められるものでなかった。そこでパウロはイエスが「神の子」であるという主張を以って布教を行った。つまりイエスという媒体に神性を憑依させ神を物質化=偶像化したのである。

それによれば、信徒の全ての罪を背負うイエスを十字に架け、父なる神にそれを犠牲として捧げ、イエスの復活は罪が許されたことを意味し、信じるものは同様にこの世に生まれ変わることが出来る―イエスの教えから遠く離れたこのパウロの教えは瞬く間に多くの信徒を得た。論述に長けたパリサイ人であるパウロの影響力は強かった。パウロが使徒たちの中で着実に地位を固める中、それと争おうにも到底敵わぬバルナバスは去ってイエスと過した日々を振り返り「イエスの教え」を書きしたためた。それがバルナバスの福音書であり、逆ににローマ帝国の国教に上り詰めたのがキリスト教という名の「パウロの教え」である。

ヴァチカンのみならず全てのキリスト教会はバルナバスの福音書に光が当たることを望まない。教会の権威に亀裂が走ることは避けられない。亀裂はさらにキリスト教を政治の道具として、社会価値の礎として、イデオロギーの源泉として、非道の方便として利用してきたキリスト教社会つまり「西洋」に及んでその破壊すら招きかねない。二千年来この福音書は西洋の命取りであった。たとえ天からイエスが舞い降りようと変えられないという彼らのシステム、それはヴァチカンの体質などに非ず中世から近代にかけて築いた西洋中心の世界支配体制を指している。そして「西洋」を後ろ盾にするシオニスト、あるいは隠れ蓑に使うユダヤ人がいる。

現代の世界の枠組みの中、イスラームは「仮想敵」として想定されている。文盲、貧困、飢餓、女卑、暴力の先入観を植え付けたこの仮想敵をひたすら批判し攻撃を加えることで自らの正義を貫き、その影で行う搾取により資本主義帝国を築いた西洋としては、炎にくべた素顔のイエスの教えがイスラームに生き写しであり、しかもその預言者の誕生を予示していたことを表沙汰にされては非常にまずい。
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続く

2016年7月14日 (木)

バルナバスの福音書③

引き続きつれづればなリンクより転載します。
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じつは三位一体の構造は大昔からあった。

太古、地中海沿岸からオリエント、インドに根を伸ばす古代信仰や神話群に三神一体(三相一体)を多く見出すことが出来る。いずれも創造・繁栄・破壊の三相の循環の永遠性を意味する信仰であり、これは天と大地の恵み(創造)による収穫(繁栄)と枯渇(破壊)の営みに対する畏怖の形として農耕に深く関係している。その根にあるのは「再生」への強い願望で、収穫や繁栄を司る神はデーメーテールやキュレベーのような地母神として捉えられていた。ギリシア神話は特にその色が濃く、それをほぼそのまま踏襲したローマ世界にも「三神一体」と「地母信仰」が継承された。
そして信仰が信仰として在りつづけることはなく必ずや政治が影響する。古代国家の政治が神の名を騙ることでなされてきたことがそれを物語る。そこで漏れることなく見られる形が「支配者・神官・信託」、それは支配者の意向を神官の口から信託と偽って吐くことであり、キリスト教の「父・子・精霊」の関係の原型を見ることが出来る。

三位一体というラテン語を最初に使ったのは二世紀後半にカルタゴ(現チュニジア―北アフリカも多神教的地盤にキリスト教が浸透した地域である)で生まれたテルトゥリアヌス、彼はキリスト教徒であり法学者であった。ストア派哲学に基づく法精神をふんだんに盛り込んだラテン語のキリスト教著作が彼によって残され、その中にあった言葉が「三位一体-Trinitas」である。この構造を以って国家を統治することの有効さをよく知っていたローマ人たちがこれを見逃すわけがなかった。地中海の地にもとからあった三神一体構造がこうして三位一体として生まれ変わり、ニカイア公会議を機にキリスト教の礎石となった。

地母神と結び付けられたのが聖母マリアであった。「人を産むもの」か「神を産むもの」の論争が行われ「神の母」との決着がつけられたのは431年のエフェソス(現トルコ・エフェス)公会議であるが、この地はかつてのアルテミスを豊穣女神と崇める地母信仰の中心地でありキリスト教の浸透後はマリア信仰がそれに取って変わった場所でもある。マリアを「神の母」とするに明らかに有効な場所で持たれたこの公会議では「人の母」たる見解を崩さなかったネストリウスが異端とされエジプトに追われた。

一神教での「再生」とはこの世での仮の人生を終えたものは肉体を離れて真の人生を迎えることを指す。しかしキリスト教での「復活」の描かれ方はこの世での肉体の再生の意味が強い。これには古代信仰に脈打つ「再生への願望」が少なからず影響している。

1991年、ハムザ師の翻訳が突然中止された。政権や軍の幕僚が交代しそのほかの政治的な動きが複雑に絡んでのことだがその後ヴァチカン法王庁から買取の打診があろうとカーター本米国大統領が見せろと言おうと軍部は頑として受け付けなかった。バルナバス福音書は軍部の保管庫に閉ざされてしまう。
翻訳が済んでいない残りのパピルスのうち数枚のコピーがハムザ師の手に残るのみとなるも奇跡とはこういうものなのであろう、その中にはこの福音書の兄弟ともいえる写本の在り処が記されていた。

その場所はイスラエルに占領を受けるシリア領ゴラン高原、サウジアラビア北部にあるトゥル山の修道院、北イラクのザホの三箇所、つまり最初の一枚に書かれていたようにこの福音書は全部で四書あるという。

ゴラン高原の文書の位置はダヴィデ王に纏わる遺跡の地図とともに記されていた。シリア領でありながらイスラエルに不当に占領されているゴラン高原でこの文書を探すためにハムザ師が協力を求たのはかつてイスタンブールの大学の研究室に勤務していたころ学生であったヴィクトリア・ラビン、在任中に暗殺されたイスラエルの首相イツハク・ラビンの孫娘であった。彼女が発起人となりドイツ企業の提供をつけ遺跡探索・発掘が進められた。2002年、バルナバス福音書の「ゴラン写本」が見つかった。同じくアラム語の古シリア文字による記述、そして同じ内容、同じ神の言葉…

2007年にサウジアラビアにあるという写本もアラブの軍人によって発見された。北イラクのものはいまだ発見されていないという。

「ゴラン写本」をハムザ師が翻訳し、ユダヤ教徒であったヴィクトリアはそれを読むとイスラム教徒としての道を選ぶ。
そしてエチオピアから来たという何者かの手にかかりヴィクトリア・ラビンは命を絶たれる。

バルナバスの福音書を西洋は歓迎しない。ハムザ・ホジャギリはこの後に多くの死を目の当たりにすることになる。以下次号。


迷える魂に光を、迷わぬ魂に力を、迷わす魂に雷を与えよ―
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以上です。

2016年7月12日 (火)

バルナバスの福音書②

引き続きつれづればなリンクより転載します。
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イエスはユダヤ人である。そして使徒たちも含めモーゼの教えを守る敬虔なユダヤ教徒であり、礼拝は会堂(シナゴーグ)にてトーラー(モーゼ五書)に沿ってなされた。キリスト教はユダヤ教徒と寸分の違いなき同じ信仰であるはずであった。が、時とともに解釈を曲げ偽善で塗り固められたユダヤ教はモーゼの言葉を受け入れられないほどに堕落した。
エルサレムのユダヤ教徒たちはイエスを弾圧した。神殿を商業施設として使い私服を肥やし、神を尊ぶふりをして実は物質を拝する、そして論理で武装し堕落を指摘する隙を与えないユダヤ人たちの態度をイエスが激しく叱責したからである。唯一神とその神殿を利用して富を築いたユダヤ教徒にとって純粋な正論を語るイエスは憎々しい存在であった。ユダヤ教徒の中でもサドカイ派とパリサイ派による迫害は苛烈を極めた。

弾圧者の筆頭に在ったパリサイ人(びと)のパウロはローマの市民権をもつユダヤ人であった。ある日、天空にイエスの姿を見てさらにその声―汝を異邦人への伝道者とせん―を聞き改心してイエスの教えに帰依する。当初はかつての迫害の恨みからユダヤ人たちから強く拒絶されはしたが、故郷に近いアンティオキア(現トルコ・アンタクヤ)で多神教徒(古代神を祀る偶像崇拝者)たちに対し熱心な伝道を行った。
イエスがこの世を後にしてからはその兄弟のヤコブ(聖マリアがイエスの後にヨセフとの間に得た子)がエルサレムの信徒たち(エルサレム教団)の指導者となっていた。そのヤコブにアンティオキアの噂が届くと様子を伺うため使者を立てるが、それに選ばれたのがパウロと旧知であったバルナバスである。
バルナバスが見たアンティオキア教会はいまだ多神教の影を纏うおよそ一神教とは言い難い有り様であった。まず割礼を行わなかった。安息日を守らなかった。そして手製の偶像の前で犠牲を屠り、その血と肉を口にした。しかしパウロをエルサレムに連れ帰りヤコブに引き合わせると、新たにモーゼの教えに触れたのであれば直ちに全てを実践するのは難しいであろう、偶像に捧げた犠牲の血肉から遠ざかりさえすれば神は汝らを拒みはしない、と、ヤコブは周囲の反対を押してアンティオキア教会を破門せずに受け入れた。その後パウロとバルナバスは伝道の道を共に歩んだ。
しかし「イエス」の在り方について論争が起こった。バルナバスは「イエスは人の子」であるとし、パウロは「イエスは神の子」であるとし、二人は激しく争った末に袂を別つ。傷心のバルナバスは故郷キプロスに戻りそこで生涯を閉じたとの伝説が残る。

弁論に長けたパリサイ人のパウロはやがて使徒として迎えられ、イエスの言行の解釈を明文化する上で絶大な功績を残したとされる。パウロの名を冠した数々の手紙は「パウロ書簡」として福音四書とともに新約聖書に含まれる。

エルサレムは多神教を奉じるローマ帝国の一属州であった。一神教の立場からローマの古代神を敬わないユダヤ教徒社会のエルサレムは(神へ情熱だけではないが)帝国と反目することになる。西暦70年、ユダヤ戦争でローマ帝国に敗れたユダヤ人はエルサレムから追い出される。ヤコブの率いるエルサレム教会も今のヨルダンへと活動の場を移した。しかし地理的に遠いアンティオキア教会は戦渦を逃れてそのまま存続し布教活動を続け帝国内に膨大な信徒を獲得した。やがてローマ帝国がキリスト教を容認しさらに国教とするに当たって中心に存在したのがアンティオキア教会の流れを汲むものたち、つまり多神教の要素を多分に含むパウロの弟子たちとそれに教化された信徒たちであった。彼らの考えと後に結びつくのは「神」とは「父なる創造主、子なるイエス、父が子に吹き込んだ精霊」の三位を一体とする理論である。

四世紀に入り、無尽蔵に拡大したローマ帝国を一つの共同体として掌握するための決め手に事欠いたコンスタンティヌス一世は信徒の増え続ける「イエスの信仰」を共同体意識として利用することに目をつけた。そのために混乱した教義を整理し正当教義を明示する必要に駆られたのである。口伝により広まったイエスの言行が遠く離れた各地で拾い集められ収められた福音書のその数は数千に及ぶ。どれが正典で、どれが外典で、どれが異端であるかを審理し「キリスト教」を確立するため325年、ニカイア(現トルコ・イズニク)にて初めての公会議が行われる。

審理の争点は「イエスの存在について」「三位一体論」の二つであった。しかしこの時代にはパウロの流れを汲む「イエスは神の子」と「父と子と精霊」という考えがすでに権威を得ており会議の流れはおのずと決められていた。そして採択されたのが「ニカイア信条」であり、膨大に集められた福音書のなかでニカイア信条に適う福音書はたったの四書、聖マタイ、聖マルコ、聖ルカ、聖ヨハネの名を冠するその四書のみである。しかし「冠している」だけで実際に誰がいつ書いたものであるかなどは学説ばかりで実は不明である。ただし共通項として「三位一体と神の子イエス」があることを踏まえればこの四書は「パウロの福音書」と呼ぶことが出来よう。こうしてモーゼの教えと決別して確立したのが「キリスト教」である。「イエスの信仰」とは別のものである。
異端とされたほかの福音書は炎にくべられた。異端として追放されたアリウス派をはじめとする諸派は隠し持った福音書を手に東方へと逃れ、岩窟に地下都市を築き隠遁の時代をすごす。

「三位一体」の構造をなぜ一神教が許さないか、それは正しい説明が広くなされていないのでここに記しておく。
「神」とは「在りて在るもの」である。その存在の原因は存在せず、その存在は何者にも依存しない。誰からも生まれず、そして誰も生まない。そして人の姿はおろかどのような姿をも持ち合わせない「みえぬ存在」、つまり「非物質」である。肉体を持ったイエスを神の子とするのはイエスを媒体として神を物質化することである。物質化された神と神格化されたイエスは「同質」となり人々は目に見えるイエスを直接「神」として見てしまう、ここですでにキリスト教が創造主をおいてほかに神はなしとする一神教の原則から外れたことになる。ユダヤ教、原初キリスト教、後のイスラ―ムにおいても預言者(アダム、ノア、アブラハム、モーゼ、ダヴィデ、イエス、ムハンマド、そのほか大勢)は神の言葉を託されただけであり神そのもの、或いは同質などとはされていない。また、神像やイコンのみならず偶像とはあらゆる物質がそれになり得るのである。肉体とてその内に入る。人の子が何物かに価値を置き固執し、そのために自己や他人を、社会を、国家を犠牲にささげることこそが偶像崇拝である。そして現代、最も身近な偶像は貨幣である。
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続く

2016年7月10日 (日)

衝撃!近代思想(自由・平等)は架空観念だった.

自由な社会がいいですか?不自由な社会がいいですか?
平等な社会がいいですか?不平等な社会がいいですか?
もちろん前者を選びますよね。
この時点で、近代思想に絡みとられています。

想像してみました。

①自由な会社
「何時に来たっていいよね。だって自由なんでしょ?」
「この仕事はやりたくなーい。自由に仕事選んでいいんでしょ?」
「このぐらいの成果でいいんじゃない?自由なんだし。」

②平等な会社
仕事を一生懸命頑張っても、何にも仕事しなくても給料が平等な会社。
→だれも、仕事をしなくなる。
頑張って仕事をして得た人の評価と、何もしなかった人の評価は同じ。社員はみんな平等だから。

こんな会社絶対に成り立たない!!!

そもそも、自由や平等という言葉で社会は成立しません。
現実には、絶対実現しない観念。
だから、架空観念なんです。

豊田葉子
 

2016年7月 8日 (金)

解脱充足から感謝へ

新概念の実現論(前史)にて、人間の根源に在る「解脱充足」を理解することによって、現代の私たちの抱える諸問題がより鮮明に見えて来ました。サル・人類は極限的な外圧状態を乗り越えるために、「解脱充足回路」を形成してきましたが、外圧が低下した現代においても(どんなに小さな不全感に対しても)自動的に「解脱充足回路」が作動してしまうことで、人類は解脱を貪るだけの存在に堕落してしまいました。要は、人類生存のための機能が、今や自らを苦しめ始めたと言うことです。どこまで行っても充足を得られない解脱とは、まさに地獄であり、麻薬です。

この自己矛盾を解決するには、再び人類に極限的な外圧を加えるしか無いのでしょうか。それ故に今現在、地球規模であらゆる種類の外圧が誕生しているのでしょうか。もしそうであるならば、人類はまさに自業自得の現実を引き起こしてしまったのでしょう。けれどももう一方では、この愚かな人類が新たな道を切り拓く可能性をも感じるのです。つまり、僅かな解脱でも充分に充足を得られた「あの時代」に、意識だけでも戻れば良いのではないかと。そのような意味において、過去の苦しかった歴史や経験を思い起こし、追体験し、学習することは極めて重要なことなのかもしれません。

先日、大阪で母娘が餓死をしたというニュースがありました。一方でそのような現実がありながら、他方では、私たちは毎日ごく普通に食事をしています。もしその親子の前に一膳の御飯があったとしたら、きっと震えるような涙を流したに違いありません。ところが同日同時刻の私たちは、御飯よりも贅沢なものを求め、当たり前のように食べ、太るだけ太って、ダイエットに振り回され、「うまい」とか「まずい」とかの評論を下して遊んでいます。一体どうしてこのような世の中に成ってしまったのでしょうか。けれども私自身も同様に、この「解脱充足」の麻薬から抜け出せないでいる一人なのです。ただ、このあまりにも滑稽な現実社会を(このようにして)俯瞰して見ることが出来れば、そこから抜け出す道がきっと見つかるはずです。

選択肢は2つしかありません。再び極限的な外圧を起こす道と、それを回避する道。回避する道とは、感謝の道です。ほんの僅かな解脱でも、笑顔が生まれる社会。今日、御飯が食べられる喜びを感じられる心。優しい人や厳しい人と触れあえる喜び。困難という自己成長の機会を得られた幸福。そういうものに感謝できる心さえあれば、私たちはまた再びの極限的な外圧を必要としないのです。アフリカの空腹な子どもたちの目がいつも輝いていることが、その何よりの証拠です。私たちは一度戻らなくてはならない。「3.11」が教えてくれたように。

人類が直面している本当の危機とは、核でも無く、地球環境でも無く、人類自らの意識の中にあったのだと思います。なぜ感謝が大事なのか。それは相手に対する礼儀という外面的なものを超えたところに在る、「人類進化」のための唯一の鍵だからではないでしょうか。最近また歴史認識の問題が起きていますが、本当に大切なことは、その時を生きた全ての人々が感じた極限の恐怖、悲しみ、怒り、苦しみ、そして僅かな喜びを共に追体験することではないでしょうか。そこから、私たちの「感謝道」は拓いて行くと思います。みんなが今日を生きていることに感謝できれば、宗教など不要です。そういう時代を造りたいと思います。

渡辺偕規 

2016年7月 6日 (水)

インターネット世界は個人プライバシーなし ~人類本来の姿に戻る時期が来たのか

「インターネット世界は、個人のプライバシーが確保できない」という危惧が多く述べられている。しかし人類の長い歴史で共同体のプライバシーはあっても、個人のプライバシーはなかったはずである。そして個人主義の発生物である個人のプライバシーは、個人主義の衰退と共に消えてなくなると思える。実際、宇宙飛行士の訓練では、24時間監視され個人のプライバーはなく、すべて見られているので「ありのままの自分」で居るしかない。その結果気持ちも楽になり、仲間の結束が強くなったと言う報道があった。
と考えると、以下の記事は、危惧する事項でなく、「インターネット世界の発展は人類救済に繋がっている」と思う次第である。
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インターネットであなたのプライバシーを狙う3つの存在とは
DARKNESS
HTTP://WWW.BLLACKZ.COM/2013/05/BLOG-POST_18.HTML より

新聞・雑誌・テレビのような既存の媒体の重要問題は、そこに情報操作や隠蔽が紛れ込むことだ。それが既存メディアの「アキレス腱」だったのだ。

だから、本当に情報リテラシーを持った人は、新聞を三紙、四紙取ってそれを読み比べたりしていた。

やがて、インターネット時代になると、大量の情報が剥き出しになって現れるようになった。これによって情報操作も隠蔽もなくなったが、今度はインターネット特有の「アキレス腱」が生まれつつある。

インターネットのアキレス腱は、「プライバシーがどんどん漏洩していく」という部分である。

インターネットを使い続けるのであれば、もうプライバシーをあきらめなければならない時代が来ている。

クラウドやSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)を信じるか信じないかはもう関係ない。インターネットに接続した瞬間に、もうプライパシーはどこにもない時代が来ている。

他人のプライバシーを狙う3つの存在

まず、あなたのプライバシーを狙っているのは、大きく分けて3つの存在があることに気がつかなければならない。

1つ目は、言うまでもなく、悪意を持ったハッカーだ。愉快犯から詐欺師まで、プライバシーを侵害する意図は様々だが、個人情報のハッキングは年々大規模で悪質になってきているのは多くの人が認識している通りである。

手口は巧妙で犯罪的な場合が多い。

パスワード・ハックからソーシャル・ハック、あるいは開発言語やデータベースのバグを突いたものまで、高い専門性で他人のプライバシーを入手する。

そしてそれを暴露したり、そこからさらに銀行のシステムに入って預金を盗んで行ったりすることがある。

2つ目は、企業だ。企業そのものがプライバシーを侵害しているケースもある。

たとえば、グーグル社は他人の検索履歴・メール・クラウドに蓄積されたドキュメント、グーグル・プラス等のSNSを通して完全に個人の行動と思考を掌握している。

さらにアンドロイドOSの入ったスマートフォンを通して、すべての個人情報を入手するシステムを構築した。

小さな会社がマルウェアを作って個人情報を盗むような脅威はもうかわいい昔話になっている。

今は、多国籍企業そのものが個人情報をインデックスして、プライバシーを効率的に集めるようになった。

独占企業が、彼らの独占的なサービスを通して、根こそぎ個人情報を収奪にかかっているのである。だからと言って、すべてのサービスを捨てることができる個人がいるだろうか?

さらに3つ目の存在が、あなたのプライバシーを狙う。

それは政府だ。政府もまた、あなたのプライバシーを手に入れようと躍起になっている。

政府は国民を監視したいという欲求を常に持つ

ハッカー、超巨大企業、政府。

これらの3つの存在は、今後もさらに巧妙、かつ恐るべき進化を遂げながら個人に網をかけてくるようになる。

マイクロソフトのOSは使わないとか、グーグル社のサービスを使わないとか、フェイスブックやグーグルプラスを使わないとか、クラウドは使わないとか、個別の対応をすることはできる。

しかし、そうすればするほどインターネットを自ら遮断したのと同じようなことになる。

いずれ、本当にプライバシーを守りたければ「インターネットをやめる」ことさえ視野に入れなければならなくなる。

「人類は71億人もいるのだから、自分ひとりくらいは隠れる場所はあるだろう」という発想でこれからもインターネットを使い続ける。

しかし、実際にはすでに71億人くらいの人間をインデックス化することくらいは、まったく問題なくできている。

インターネットが十分に「ライフライン化」したところで、最後に大きな網をかぶせてくるのが政府である。

言うまでもないが、政府は国民を監視したいという欲求を常に持つ。それは税金を完全に取り立てるという目的もあるし、個人が反政府運動をしていないかのチェックの目的もある。

知られたらまずい情報を暴露している危険人物がいないかどうかもチェックの対象だ。そんな危険人物がいたら、個人を特定し、そして投獄する。

すでにアメリカでは「自爆テロ」だとか「アルカイダ」という言葉を使った人間をリアルタイムでチェックできるシステムを稼働させて監視対象に入れるようなことをしている。

また、テロ・暴力・死体写真掲載・政府批判を繰り返している個人を重大な監視対象として、各国政府と連携を取りながら個人情報をブラックリストに載せている。
インターネットには逃げ場がなくなりつつある

インターネットの進んでいる道を俯瞰してみれば、プライバシー侵害は粛々と進められているのが分かるはずだ。これがネットの未来なのである。

それならば、匿名の掲示板で憂さ晴らししていればいいのだろうか。いや、もう「匿名の掲示板」というものは存在しない。

日本の巨大匿名掲示板だと言われている「2ちゃんねる」はすでに匿名ではない。

IPは取られているし、実際に殺害予告した愉快犯は片っ端から逮捕されている。それは、匿名ではない証拠なのである。

アメリカは全世界のプライバシーをフェイスブックに集約しようとしている。

インターネット時代に入ったばかりのとき、当時ネットワーク企業の最大手だったサン社のスコット・マクネリCEOは「プライバシーはない」と言った。

「そのことに馴染んだ方が良い」

この時は、あまりこの言葉に注視する人間はいなかった。なぜならインターネットは当時から巨大なネットワークだったからだ。

あまりに巨大だったので、まさかインターネットを使っている人間を、全員捕捉できるようなサービスができるはずがないと思っていた。

しかし、グーグル社が徹底したインターネットの情報のインデックス化を成し遂げて、それが検索エンジンとして提供されてからしばらくして、人々は考えを改めるしかなかった。

インターネットには逃げ場がなくなりつつあることを。

今ではそれがスマートフォンにも拡大されていき、まさに自分がどこで何をしているのかが「すべて」筒抜けになりつつあるのである。

もう、私たちは丸裸だ。
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岸良造 
 

2016年7月 4日 (月)

インディアンの言葉(白人社会に対するメッセージ編)

●レッド・フォックスの言葉
白人の世界ではつい最近になってやっと、女性もまた知性があるのだから女性にも投票権をあたえてもよいだろう、ということがわかったのである。
インディアンはすでに原始の時代にそのことに気づいていた。
多くのインディアン部族のあいだでは、部族会議のメンバーになる男を女性が選んでいた。
それらの男たちの誰かが何か不都合なことをしでかせば、女たちはその男を解任することができた。
女たちはまた、子どもが七歳になるまでのしつけには完全な発言権をもっていた。
ときには女たちも戦闘に参加し、敵の馬を追い散らしたり、おとりとなって主要な戦闘の場から敵兵を他の場所へおびき寄せたりもした。
かつてあるインディアンが言った。
「われわれはずっと昔から、女たちのなかには男よりも賢いものがいることを知っていた。酋長の生みの親は女なのだから、彼女もまた酋長と同じように賢いにちがいない」
(「白い征服者との闘い」より)

●ホピ族
白人の目には、わしらが馬鹿みたいに映っているかもしれない。
わしらがあんまりにも単純だからだ。
わしらは偉大な母である大地によりそって暮している。
わしらは、あなたがあなたの神を信じているように、わしらの神を信じている。
しかも、わしらの神はわしらにとっては最高だということも、信じている。
わしらの神はわしらに話しかけ、なにをなすべきかを教えてくれる。
わしらの神は、雨雲や太陽やトウモロコシなど、生活に必要なものをなんでもくれる。
わしらの神は、あなたの神のことを聞くはるか以前から、こうしたものを与えてくれていたんだ。
もし、あなたの神がそんなにも偉大ならば、わしらの神がそうやっているように、白人の口からじゃなく、直接わしらの心に話しかけてほしい。
あなたの神は冷酷で、けっして全能なんかじゃない。
なぜなら、あなたはいつも悪魔のことや、人が死後に行く地獄の話ばかりをしているからだ。
わしらの神は全能だし、まったく善良だ。
悪魔なんていないし、わしらが死後に行く霊の世界には、地獄などない。
いやいや、わしらは改宗なんかしないことにする。
わしは自分の神と自分の宗教についていくことにするよ。
あなたの宗教よりも、わしらのほうが、ずっと幸せになれそうだからな。

●ラモーナ・ベネット(プヤラップ族)の言葉
私たちインディアンは世界に伝えなければならない重要なメッセージを持っています。
私たちはこの大陸の環境を守る役目があります。
時代に逆行しているように見えるかもしれませんが、人間の生きる大地がヘドロと化してしまう前に、環境を保護し、再生しなくてはならないのです。
私はあるときネイティブ・アメリカン教会の儀式に参加し、ティピーの中で座り、皆の祈りを聞きました。
「偉大なる祖父よ、翼を持つ兄弟姉妹、大地に根を張る兄弟姉妹、大地を這う兄弟姉妹、浜辺に暮らす兄弟姉妹、海や河を泳ぐ兄弟姉妹をお救いください。白い肌の兄弟姉妹をお救いください。偉大なる祖父よ、彼らがこの地球を痛めつけるのを止め、地球を守れるようにお導きください」。
白人は、人間は死ねば天国に行けるから地球のことなどどうでもいいと考えているようです。
だからヨーロッパ大陸の環境を破壊した後アメリカ大陸に渡り、ここでまた破壊活動を繰り返しても何の罪も感じないのです。
しかしインディアンはこの世が楽園であることを知っています。
霊の世界はこの世にあるのです。
まだ生まれぬ者、すでに死んだ者、みんな私たちと日々共に存在しています。
(「風の言葉を伝えて ネイティブ・アメリカンの女たち」ジェーン・キャッツ編 舟木アデルみさ+舟木卓也訳 築地書館 より)

いいじゃん☆ 

2016年7月 2日 (土)

インディアンの言葉(感謝編)

●ナバァホ族
俺は大地の果てまで出かけてみた。
俺は水の涸れ果てるところまで出かけてみた。
俺は空がおしまいになるところまで出かけてみた。
俺は山のつきるところまで出かけてみた。
そして、俺は自分の友でないものなど、ひとつも見かけなかった。

●ショーニー族の首長
朝起きたら、太陽の光と、おまえの力とに、感謝することだ。
どうして感謝するのか、その理由がわからないとしたら、それはおまえ自身の中に、罪がとぐろを巻いている証拠だ。
(「インディアンの言葉」ミッシェル・ピクマル編 中沢新一訳 より)

●ウマティッカ族の格言
どんなことも7代先のことまで考えて決めなければならない。

いいじゃん☆
 

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