« 2016年1月 | トップページ | 2016年3月 »

2016年2月

2016年2月29日 (月)

資格試験は“実感と制度のズレを含めた現実”を捉える土台

用意されている問題を、ただ解いたり、暗記するのでは現実の役に立たない。
というのも、>現実の仕事場面で必要な能力は、「今、何が求められているのか?」という【課題を把握する力】(217906)だから。
しかし、仕事によっては資格が必要なのも現実。

では、どうしたら資格試験を現実に役に立つ勉強にできるのか。

まずはその業界が置かれている外圧を押さえる!
その上でその資格はどこがわかっているのかをチェックする試験なのかを把握。
その上で、現実に当てはめて考えてみる。

“実感と制度のズレを感じる中で仕事をしていく”のも現実。
制度をただ暗記するのではなく、ズレを捉えた上で現実の仕事の場面でどうしていったら可能性が見えるのかも考えていったらいい♪

35273 新しい『場』は、古い評価指標の洗礼を受けて、はじめて顕在化する

資格試験を実感と制度のズレを含めた現実を捉える土台と捉えることで、初めて現実の役に立つ♪

2016年2月27日 (土)

現実の場面で必要な能力を養う勉強方法とは?

>試験制度では、設問も、答えも、予め用意されている。つまり、問題も、正解も、所与のものである。出題、設問の元になる根拠は、絶対的なものである事が大前提である。なぜならば、問題の根拠があやふやでは、試験制度そのものが成り立たないからである。(214664)

◆試験制度の弊害の一つは、合格に必要な知識や能力が、現実の役に立たないことである。
または、予め答えまで用意されている設問を解くという方法が、過去の設問を分析し、暗記したり、パターンを把握するといった短絡的な思考方法を生んでしまっていることである。

確かにこのようなやり方で試験に合格することもできるが、すぐに忘れたり、実際の仕事の場面で役に立つということは稀である。

では、現実で役に立つ能力とは何か?

◆結論から言うと、現実の仕事場面で必要な能力は、「今、何が求められているのか?」という【課題を抽出する力】である。

実際に事務作業でも、営業でも、モノづくりの場面でも、成果物を作成する前に、どれだけ課題を把握し、整理することができたかが、その成果の質とスピードを規定することは誰もが納得するところだろう。

また、意識生産・共認社会の中では、【(これまで誰もが気付きもしなかった)課題を生み出す力】と言っても良いかもしれない。
そして、新しく見出した課題を一人で解決するのではなく、【誰かに伝えて、成果をお互いに共有するための能力(=共認形成力)】こそが現在求められているのだと思う。

◆だから、『問題文をひたすら一人で解く』というのではなく『問題文(課題)を作り、誰かに答えてもらう』という発想が必要ではないだろうか。

この方法は、問題文を考える過程で、
「相手に何を知って欲しいか、そのためにはどの例題を出したらいいのだろうか?」と課題を考え、整理する絶好の訓練になるし、

解答を示し、相手に納得してもらう過程で、
「参考書にこう書いてあるから、では不十分だから、なんでこの答えが得られるのか?を相手に伝えていこう」という追求力と共認形成力を養うことができると思う。

ディティールは試験内容によるが、このようにしてお互いに問題文を出し合うという方法が、現在適していると思う。

安藤広海

2016年2月25日 (木)

議論とはすべてその後の行動の為にある。

>人類が観念機能を獲得して以降は、危機etc外界情報や行動の指示や評価etcに言葉が使われる様になるが、それら全ての行動は共認(役割規範etc)に基づいており、提案はあっても主張のし合い(=議論)など無い。 つまり、あくまでも行動(その為の思考=思念や提起)の共認であって、行動する前に思考内容を主張し合う事など殆どない。7244 会議や議論は何の為にするのか、 非常にシンプルな答えがこの投稿には書かれてある。 全ては行動する為であり、その為にチームや集団で共認する為にある。 観念機能とはその為に獲得され使われてきた。 だから不毛な議論や会議の為の会議などは必要悪であり、行動しない為の方便を探しているに過ぎない。従って、そんな事をしてる時間があればさっさと行動をした方がよいという事になる。 会議は短く、最後は必ず行動方針につなげる~会議の鉄則である。 そしてこの事はネット上での会議室であるるいネットの投稿の心得にも当てはまる。   

2016年2月23日 (火)

共同体の実現が、国家(大学や官僚制度)を無意味にしてゆく。

213744『潮流6:’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束』 >肉体的な潜在意識は’70年以来、一貫して充足志向から共認収束し続けており、私権の衰弱につれて共認収束はどんどん強くなってきている。従って、収束不全と言っても、それは「否定」も「自由」も空中分解し、私権意識さえ無意味化したことによる顕在意識の収束不全に過ぎない。 学歴が目的ではなくなり、その次の目的(収束先)が見つからない。 リンク - Yahoo!知恵袋 >大学に行くことは無意味ですか? >>学力が十分にあって、やりたいことが別にないのであれば大学に行ったほうがいいです。 >>>まだやりたいことが見つかっていないので、大学で探してみようと思います。 果たして、大学は答えを出せるのだろうか?否。 潜在的な共認収束と顕在的な収束不全。その先の可能性は、共認収束の実現であり、共同体の実践である。 それは、同時に、私権意識に根ざした国家体制(大学や官僚制度による学歴身分体制)の無意味化をさらに推し進める。 そのことを明確に認識し、社会運動(反グローバリゼーション運動)を推進している運動家がいる。人類学者グレーバー氏は、『小規模のコミュニティーを自分たちの手で自律的に管理すること(国家とは別の、自立した空間を日常生活の中で広げていくこと)』(つまり、共同体の実現)が、国家を無意味にしていくと言う。 アナーキズム(リンク)からも、「否定」や「自由」の空中分解後の模索が感じられる。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ●リンク『asahi.com(朝日新聞社):「無意味になっていく国家」 人類学者グレーバー氏に聞く』より引用します。 >世界の反グローバリゼーション運動に強い影響力をもつ人類学者でロンドン大学准教授のデビッド・グレーバー氏(48)が来日した。『資本主義後の世界のために 新しいアナーキズムの視座』(以文社)などの著書がある。グローバル資本主義にかわる新しい社会のあり方について聞いた。 >世界金融危機を経て、資本主義への不安は日々高まっている。人々の期待は、福祉国家の再建、国家の役割の拡大へ向かっているようだ。国家なき社会を目指すアナーキズム(無政府主義)とは一見、逆行するかにみえる。 >だが、グレーバー氏はこれを短期的な反応とみる。「危機が明らかにしたのは、今ある制度が永続的なものではないということ。われわれは、世界の見方を根源的に変える必要があります」と語る。 >そもそも福祉国家は、資本主義が生き残るために社会運動の要求に応えて成立したものだとする。だから現在の危機に対しても、真に新しい展望を開くには、社会運動がさらなる圧力をかけなければならないというのだ。 >かつて運動の主要な担い手だったマルクス主義に対しては、「一つの理論で状況について包括的な分析が可能だとする考え方には、根本的に同意できません」。ではどうするか。権威主義的な思考を拒み、自律的な直接民主主義を尊重する立場に立つ。それがグレーバー氏のいうアナーキズムで、リベラルや社民主義との違いもそこだという。 >「アナーキストの役割は小規模のコミュニティーを自分たちの手で自律的に管理することで、国家にプレッシャーを与えていくことです」 >それにしても、国家なき社会は実現可能だろうか。現実の暮らしは、必ずしも隅々まで国家の管理に縛られているわけではない。アナーキズムの革命は、そうした国家とは別の、自立した空間を日常生活の中で広げていくことをめざしているという。 >「意識していなくとも、人々はすでにアナーキズムを実践しているのです。国家というシステムはこれからも存続するでしょうが、それはどんどん無意味になっていくでしょう」(樋口大二) 

2016年2月21日 (日)

充たしあうための、事前準備☆~いつでも、どこでも、だれとでも♪

皆さん、「事前準備」どんな場面で実践してますか? 仕事での打ち合わせの前? 大事な会議の前? それともデートの前? みんな、最後に充足するためにちゃんとしっかり事前準備しているのです! 私は営業という仕事柄、お客さんや取引のある業者さんと会うことも多いのですが、以前までは特に始めての方とお会いする時は緊張して堅くなってしまったり、相手の目も見れず、用が済んだら「それでは、これで」ってあっさり終わってしまったり。 でも、なんか違う・・・。せっかく来てくれてるのに、もったいないことしてる? そんな風に思ってから、私も事前準備実践♪するようになりました☆ 例えば初めてお会いする人が来社された時には・・・ 「どんな人なんだろう~?楽しみ☆」 「今日は外は暑かったかな?先方の会社はどこにあったかな?あら~遠くから来てもらってるんだな。ありがたいな。」 「せっかく来てもらったんだから、来てよかったなって思ってもらいたいな。」 「気持ちよく帰ってもらいたいな。そしてまた来ようって思ってもらいたいな♪」 そう思いながら、お客さんの居る待合スペースに向かいます。 そして、向かう途中でイメージしているのは、自分の笑顔と、元気な挨拶と、丁寧な仕草と、充たしあえた時の充足イメージ。 これが私の事前準備。 いつでも、どこでも、誰とでも、充たしあえる関係ってできるから、営業としての準備に加えて、女としても事前準備しておくようにしたんです。 そうしたら、実際お会いした時も、飛び切りの笑顔で挨拶ができて、あわてることなく丁寧な対応ができるようになりました♪ 緊張していた相手は直ぐに笑顔になってくれるし、話も弾んで短い時間でも楽しい時間が過ごせることに気がついたんです☆ そうして、相手と気持ちいいお別れができ、 「さ、また仕事に戻って頑張ろう♪」って思えるようになりました。 これ、オススメです♪

2016年2月19日 (金)

実現の土台にあるのが、男と女の充たしあい☆

ある部門がものすごい勢いで活気づいています。 そのきっかけかなあと思える出来事が二つ♪ 営業所の女の子たちが集まって、営業トークや「こんなときはどうしてる?」をテーマにした発表会がありました。 その発表会に、自分の営業所の男の人たちに来てほしくって、来てほしくって仕方がない女の子たち。〇〇さんが来てくれるのーーって嬉しくって仕方がない女の子たち。 もう一つは、営業所の女の子たちが集まってやってる感トレノート☆ これに対して、男の人たちが読んでコメントを残してくれていた日には、「抱きつきたいくらいうれしいーー♪」「キャーー」とみんなで大興奮。 男の人たちも、目に見えてどんどん活力アップ↑↑ そして、これまであったいろんな問題が、別の角度からどんどん解決していっているのです☆ そう思ってみると、これまでは「こうしたらいい」「こうしたらよさそう」っていうのはあるのに、言い出せずにいたり、そもそも課題に向かう活力が十分じゃなかったり・・ 課題をどう突破していく?という問題は、男と女、メンバー間での「必ず期待に応えてくれる」「一緒に課題に向かえて楽しい」という活力さえ形成できれば、何とでもなるのだと気付きました。 みんなが実現に向かえる土台。それこそが、男と女の充たしあいにあるのだと思いました(*^^*) マリー 

2016年2月17日 (水)

「最後は○○次第」って、当事者になることを期待してくれている言葉☆

一緒にこの図解化をしたMさんが、この図解をして、 「いつもね、相談すると、『でも、最後どうするかはM次第やけどな。』って言われるの。でもその理由が分かった^^!」って嬉しそうに発信してくれたんです。 あくまでその現実の真っ只中で生きているのは、Mさん。 相談された人は、アドバイスはできるけど厳密には同じ外圧状況にいるわけじゃない。 でももちろんヒトゴトというわけではないんです。 例えば同じ社会人として、男(or女)として、そういう普遍的な地平での課題に設定し直して一緒に追求もしてくれる。 こういう経験オレもしたよ。こうしたら上手くいくよ。 そういうアドバイスならいっぱいできるんです。答えもるいネットにはいっぱいある。 でも最終的に大事なのは、実際にその現実の真っ只中にいるMさん自身が、自ら主体的に行動していけるかどうか、実現していけるかどうか。 だからこそ、「M次第やけどな」って言ってくれる。 そこにあるのは、 『当事者こそが、答えを出す資格を持っている。』という謙虚な想い。217439 そして、当事者になっていくことそのものが答えなんだと、まさにこのパラダイム転換自体を教えてくれているのです!

谷光美紀

2016年2月15日 (月)

【図解】素人の社会活動34 創造(=探求)のパラダイム転換

貧困の圧力=>私権闘争→'70年貧困の消滅―>生存圧力から同類圧力へ         |                ↓ 現実から離れて<┘             本源価値を実現 充足する                  していく    ∥                     ∥    ∨                     ∨ 頭の中の内在価値を→実         実←頭の中にある内在 対象化する     現         現 価値をもって頭の    ∥      し───┐ ┌───す 外の現実世界を    ∥      な   | |   る 対象化する    ∥      い   | |        ∥    ∨          | |        ∨ 現実から隔離された→プ   | |   素←現実の真っ只中で 場所で長期間1人で ロ──┐| |┌──人 皆との期待と応望の 探求           || ||    交信の中で探求              || ||              ∨∨ ∨∨         ┌──────────────┐         |素人こそが真の探求者=創造者|         └──────────────┘ ※217264でも図解化したのですが、'70年より前の課題が『私権の現実に適応』としていたけど、そうではなく現実は私権闘争真っ只中で、それでは充たされない現実を充足させるために、頭の中の内在価値を対象化するようになったんだというのが気付きでした☆

2016年2月13日 (土)

『当事者こそが、答えを出す資格を持っている。』

なんでや劇場の議長もされている、類グループ社長と、「共同体以外で、女共認をどう広げてゆくか」について話したことがありました。 サロンに来ている女の人たちが、どう変わっていったか、会社でどうしているかetcの事例を基に仮説を立てていったのですが、最後に一言、「でも共同体にいるワシらには、本当は(“私権企業でどうする?”の)答えを出す資格はないんやで。もがきながらでも、彼女たちが自分たちで実現して答えを出していくしかないんや。」と、ポロッと仰ったんです!! その謙虚さと偉大さに、衝撃を受けました。 >我々は現実そのものの真っ只中に居なければならない。その資格は、素人のみが持っている。素人こそ、現実の真っ只中に生きる人であり、そうであるが故に素人こそが真の探求者=創造者足り得るのである。(7453) 『当事者こそが、答えを出す資格を持っている。』 社長は、このことを真摯に受け止めているからこそ、自分を含むみんなの生きる集団や社会を、誰よりも当事者として本気で実現しようとし(その為に日々交信し)ているし、みんなが当事者として一緒に追求できるように、常に出来る限り普遍的な課題として捉えさせてくれるんだなと思いました。

いいじゃん☆

2016年2月11日 (木)

【図解】素人の社会活動19 素人と創造~潜在思念で物を考えるとは?~

          ┏━━━━━━━━━┓                 ┃  外圧の変化  ┃              ┗━━━━━━━━━┛                    ∥                         ∨          ┏━━━━━━━┓ ┏━━━━━━━━━┓ ┏━━━━━━━┓ ┃  相手発  ┃=┃   潜在思念   ┃=┃  可能性発  ┃ ┗━━━━━━━┛ ┃  (共認機能)  ┃ ┗━━━━━━━┛     ∥     ┗━━━━━━━━━┛     ∥     ∥          ∥          ∥     ∥          ∨          ∥     ∥     ┏━━━━━━━━━┓     ∥     ├====>┃人々にとって有益な┃<====┤     ∥     ┃新しい言葉・行動 ┃     ∥     ∥     ┗━━━━━━━━━┛     ∥     ∥          ∥          ∥     ∥          ∨          ∥     ∥     ┏━━━━━━━━━┓     ∥     ├====>┃   評価共認   ┃<====┤     ∥     ┗━━━━━━━━━┛     ∥     ∥          ∥          ∥     ∥          ∨          ∥     ∥     ┏━━━━━━━━━┓     ∥     └====>┃ 実現態=創造物 ┃<====┘           ┗━━━━━━━━━┛      ☆潜在思念で物を考えるとは、相手発・可能性発で考えていくこと。 それによって仲間(=人々)にとって有益な言葉や行動が生み出され、周りに評価されて、実現態(=外圧適応)となる創造物が生まれてきた。これが素人の創造である。 逆に専門家(=それで飯を食っているプロ)は、観念で物を考えていく。 ここでの観念で物を考えるとは、価値観念に染まった自分発、現実否定発に立脚して考えていくこと。 だから自分にとって有益な言動を繰り返すだけで共認されず、いつまで経っても実現態となる本当の創造物を生み出すことが出来なかった。

三浦弘之

2016年2月 9日 (火)

同化能力が感受性を高め、考える力をつける

NHKの「ザ・コーチ」(リンク)という番組で、灘高元国語教師・橋本武さん(97歳)さんの授業が取り上げられていた。彼は、灘中学・灘高校で50年間教壇に立っていた伝説の教師だ。

その授業方法は、200ページほどの中勘助の小説「銀の匙」を、中学の3年間かけて読み込むというものだ。これが出来たのも、中高一貫の灘高では、各科目のカリキュラムは教科担任に一任しているからだ。

そして、中勘助とは明治生まれの詩人で、その文章も言葉も1970年前後の生徒には(先生にも)、すでに難解なものだった。そこで、橋本先生は、この文章を一年かけて事前追及し、毎回生徒が使えるガリ版刷りのテキストを作成した。

それは、生徒自身が考え記入できるように作られていた。毎回の授業の積み重ねると、自分の教科書ができていくという仕組みだ。

授業の中身は、例えば百人一首が出てくればそれを教室で実践し、凧揚げが出てくればそれつくり、みんなで上る。また、『丑紅(うしべに:寒中の丑の日に売る紅。)』という言葉でてくれば、それを理解すりためにとことん遡り、干支、十干十二支まで解明した。

生徒は、その後も徒然草を同じように勉強し、試験用の勉強は中高一貫6年のうち最後の一年だけだった。そして、その生徒たちが、はじめて東大合格数全国一位を実現した。卒業生たちは、乗り越える課題が出ればこのテキストと授業を思い出すそうだ。

卒業生はいう。『銀の匙』主人公は12歳。時代が異なる同年代の主人公が、このとき何を感じていたか?が文章を通してリアルに理解することが出来たとき、感動があった。

また、一つ一つ解明していけば、実感を伴って理解出来るようになり、壁に当たっても、探求さえすれば出来るようになるという気持ちを育ててくれた。

この教育方法の効果はどこからくるのか?

難度の高い課題を設定し、オリジナルテキスト作りという教師自身の探求過程を生徒と共有したこと。これにより生徒は、先生に同化し、先に答えがあるのではなく探求する中で答えは見えてくるということを学んだ。

そして、徹底的な探求を通して、文中の主人公や作者に同化した。その結果、実感を伴った理解ができ、それが考える活力になったことだろう。

これこそ、国語能力とは同化能力であるということを実践した教育だと思う。

2016年2月 7日 (日)

短時間で図解まで作りました!その方法とは・・・☆

20代の男女4人で、潮流シリーズを勉強し始めました。 そのやり方として、事前に全員目を通してきたうえで、 ①誰か一人が音読。他の人は、聞いてメモする(聴写) ②聴写したメモをもとに内容をまとめて説明してみる。 ③次は潮流の本文を見ながら、一人一人が図解化。 ④出来た図解をみんなで見て、話し合う。 ・・・という流れでやってみました。 上記のやり方は初めてだったのですが、これが結構イイんです☆ まず聴写をしたのですが、この聴写が良くて、書き取ったみんなのメモを見てみると書き写すポイントがほぼ『一緒』だったんです。 しかもそのポイントは、話の『幹』となる部分♪ 難しい文章って、『幹を掴むところ』からまず難しいな・・・と思ってたのですが、聴写をすることによってだいたいの幹を掴むことは難なくクリア。 あとは、そのメモを元にすっきりしない部分を話しあい、最後は潮流の本文を見ながら図解してみました。 すると、時間にして全部で50分ほどで終了。 いつもは本文を見ながらウンウンと唸ってなかなか幹が掴めない・・・気付けば3時間・・・というところが、この方法ですっきりと短時間で勉強できました。 「勉強したいけど、仕事で時間がないしなぁ・・・」という方、是非一度お試しください♪ りんご☆

2016年2月 5日 (金)

既成観念の否定とは?

●既成観念の否定とは「主に価値観念や規範観念の否定」 価値観念や規範観念の裏には、これが正しいという正当化観念が隠されている。既成観念を否定するとは、この正当化観念の根拠を問いただすということに他ならない。 例えば、景気が悪いという価値観念を根拠づけるのは市場拡大絶対というGDP信仰だ。そこで、このGDP信仰を否定してみる。これが国の借金900兆や環境問題を引き起こしたのであれば、景気が悪いという状況を新しい可能性と捉える事ができる。 ●既成観念の否定とは「自然科学の否定ではない」 私権時代と言えど自然科学は自然を対象としているため、自然の摂理に合った法則や理論を常に塗り重ねながら進化してきた。事実認識群のため、価値観念や規範観念とは異なる位相に在る。(ただ、一部は近代思想の影響を受けている学会も存在するが) ●既成観念の否定とは「潜在思念の否定ではない」 禁欲主義などは、自らの潜在思念(性欲や煩悩)を否定しているがここでは、その潜在思念は否定していない。本能や共認回路は状況により充足⇔非充足と流動的に切り替わっており、決して固定的なものではない。つまり、自我も正当化観念が無ければ、持続性はなく。常に切り替わっていくものであることを肯定し、そこを価値観念的に否定する既成観念を否定する必要がある。 ●既成観念の否定とは現実の否定ではなく、潜在思念による充足可能性を実現するために現実を直視することなのだ。

スズムシ 

2016年2月 3日 (水)

貧困の消滅は素人による創造の実現基盤

> その様な観念体系を構築する為には、古代思想と同様に現実そのものからある程度隔離された空間(それが、研究室や図書館である)と長い探求時間が必要だった7453 古代でも近代でも、現実に生きる人々には、“現実そのものから隔離された空間”も“長い探求時間”も、手に入れられる余裕はない。そのような贅沢な思索の環境を手に入れることができるのは、生活と身分が保証された特権階級の人間だけだった。だからなおさら、生み出された観念は、現実の役に立たない倒錯性・欺瞞性を強めていくことになった。 本源価値の実現が可能になった現在でも、思索のための一定の時間は必要であり、多くの素人仲間がその創造過程に参加するためには、時間を惜しんで働かなければ生きていけないような状況では困難だ。 その意味で、貧困の消滅=豊かさの実現は、素人の創造⇒思考の時間を確保するための実現基盤でもある。だから、より豊かさを求めて物的市場をムリヤリ拡大し、私権獲得に時間を消費するのではなく、市場の縮小を受け入れ、生み出された時間を社会活動のための思索や投稿の時間に充てることができるような社会の仕組みをつくっていくことが必要になる。

田中素

2016年2月 1日 (月)

現実課題の中に居れば、自然と認識は身につく(新認識を身に付けるにはどうしたら良いか?)

以前、自身は「多くの課題に追われていた」と投稿したが、最近学院際も終わり、一段落付き、生活に余裕が出てきた。 そこで現在の自分と、忙しかった時の自分を比べて見て気付いたのだが、 忙しかった時と、余裕のある今で、脳の回転速度、認識の使用頻度が全然違うのである。 要は忙しかった時は滅茶苦茶脳味噌を使っていたのに、暇になってきた途端に使わなくなってきたということだ。 なぜか? 課題とは期待でもあるので(受験は例外だが)、課題が多いときのほうが、同類圧力が大きい。同類圧力が大きければ、そこに応えようと、色々と探索するようになる。 現在の世の中において、同類圧力に答えようとすれば、観念機能を用いて、状況、構造を整理、把握し、方針を出さなければならない。 だから必然的に思考するようになるし、新認識の勉強も効率が良くなるし、自然と身に付くようになる。 比べて課題が少ないときは、掛かってくる同類圧力も少ない。すると、応合行動を採らなくなる。すると、思考することも、認識も必要では無くなる。だから、自然と思考しなくなる。 この構造から、観念(新認識)とは同類圧力(現実課題)に応える前提で存在している事が分かると思う。 現実課題≒同類圧力に応えたい。その気持ちがあれば、認識は自然と身に付いて行く。 必然的に必要になるのである。 現実課題に応える過程で認識(なんで思考も)が結果として身に付いているイメージである。 つまり、認識を身に付けようと思ったら、まず外圧を把握していく事が重要だという事である。 というより、そもそも「認識を身に付けよう」という感覚自体が間違っているのではないだろうか? 皆結局は(共認)充足したい。期待に応えたい。であれば、「認識を身に付けたい」と焦ってしまうのは、「評価が得たい」と、統合に目が行ってしまっている状況なのではないだろうか。 例えば、社会収束するにしても、社会の構造を知り、そこで生きている人の期待が見えなければ、活力は出て来ないし、恐らく認識も身に付いていかない。 「期待に応えたい」となって、初めて認識も必要になってくるのである。 であれば、課題の中に飛び込んで行く(あるいは、課題を作り出して行く)事が、非常に重要になってくるのではないかと思う。 充足したければ、まず外圧をしっかりと把握する事。 その上で、勉強することは勉強していく事。 それが、真っ当な思考回路の流れなのではないだろうか。 忙しかった時は、確かに疲れるし、大変であった。 だけど、ものすごく充足があったし、ここしばらくで、一番「生きてる」という事を実感していた日々でもあったと思う。 「観念機能は、共認機能を促進するためにある」 という事を、あらためて認識することが出来た機会であったと思う。

« 2016年1月 | トップページ | 2016年3月 »

ランキング

  • にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ お勧めサイトランキングへ
2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

カウンター

最近のトラックバック

無料ブログはココログ