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2016年1月30日 (土)

内田樹がウケる理由

> ところが、大学(人文系)やマスコミは、既に生命力を失い、形骸化したそれらの観念に未だにしがみついています。実際、彼らは百年も前から同じ言葉を繰り返しているだけで、本質的には何の進歩もみられません。これでは、当面する社会の閉塞や危機に対応できる訳がありません。今や多くの人々が、学者(人文系)やマスコミの論調にはウンザリしているのも、当然のことでしょう。 > しかし、なぜ学者やマスコミや官僚は、生命力を失い形骸となったそれらの観念にしがみついているのでしょうか?それは彼らが、それらの観念を売り物にして現代の神官としての特権的な身分を手に入れた特権階級だからに他なりません。あるいは、本来万人が担うべき社会の統合という課題に自分たちだけが高給をもらいながら関われる身分という意味で、特権的統合階級と呼んでも良いでしょう。968 “現代の神官”の代表たる人文系学者の一人とも言える内田樹は、50歳を過ぎた最近になって頭角を現し、その縦横無尽の言説がるいネットでも度々取り上げられる人気作家になった。なぜ今、内田樹が受けるのか? 以下、内田樹の研究室2006 リンクより引用。 ---------------------------------------------------------------- 私は前に「プロの物書き」と自称する方からの批判に答えて「私は『プロの物書き』ではない」と申し上げたことがある。 私は「アマチュアの物書き」である。 批評性というのは「批評」が知的商品として市場価値を持つ場所においてしか成り立たないものではないと私は思う。 そのような場の成り立ちかたそのものを問う批評性を確保しようとするなら、人は批評以外の「たずきの道」を確保しておかなくてはならない。 私はそれはそれで、ある種の人間にとってはけっこう大切なことではないかと思う。 私は「アマチュアの物書き」であり、「アマチュアの学者」であり、「アマチュアの武道家」であり「アマチュアのビジネスマン」である。 どの領域でも「プロ」というほどにコミットしていないので、あちこちのエリアで小銭を稼ぐというかたちでリスクヘッジしている。 ---------------------------------------------------------------- 引用以上 このスタンスは、著作権に対する考え方にも表れる。リンクより引用。 ---------------------------------------------------------------- 私は著作権にかかわる議論については、一貫して懐疑的である。 テクストを「商品」だと考えていれば、著作権は保護されねばならないであろう。 けれども、テクストは本来的には「商品」ではない。 それが商品性をまとうのは、「商品として扱った方がよいものがたくさんの人に読まれる可能性が高い」という判断が成り立つ限りにおいてである。 ---------------------------------------------------------------- 引用以上 無自覚で不十分ながらも、その文才とバイタリティをもって、副業としての統業実現論9_7_03に近い状態を成立させているのが内田樹の立ち位置であり、それによって、形骸化した観念にしがみつかなければならない特権階級の陥穽を回避しえているからではないだろうか。 田中素

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