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2016年1月 8日 (金)

「手段」が「目的」に倒錯する旧観念パラダイム

最近、日常の仕事の場面も含めて様々な所で、手段が目的になっている思考をよく見る。

例えば、建築の設計において、実現するべきことの手段である設計が目的となってしまう(例えば、工場を建てるのは企業の経営課題を実現するため)。
例えば、子供が学ぶべき内容を習得する手段として宿題があるが、宿題をやることが目的になってしまう。

手段が目的になれば、思考はもともとの実現すべき内容が捨象されるので、思考が閉塞して(どうする⇒)対象が広がらない。

結果として、
仕事であれば、実現のための思考が閉鎖し対象の視野狭窄状態でミス爆発。そしてミスした時の思考も、「どうする?⇒」ではなく、ミスした原因探しが目的になってしまい、いつまでたってもミスがなくならない。
また、子供の勉強であれば、いつまでたっても身につかず成績も伸びない。そしてその時の思考も、「どうする?⇒」ではなく、宿題が出来ない原因探しが目的になってしまい、いつまでたっても成績があがらない。

なぜ、こんな思考になってしまうのだろう?

>実現の可能性を封印され、現実に対する否定意識と(変革)不可能視だけを深く刻印された旧観念パラダイムの下では、物事の摂理を原因→結果という因果関係で理解することが、当然の思考法となっている。
しかし、当然のことながら、その思考法or因果関係からは、決して実現可能性は導き出されてこない。>126261

私権時代の現実捨象・否定意識の旧観念パラダイムが、「手段が目的に倒錯」する根底にある。

麻丘東出

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