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2016年1月28日 (木)

個人主義者は少数になっても甘く見てはいけない!

>つまり、個人主義とは人々を欺く為の仮面に過ぎず、彼らの正体は自我の塊なのだということが、この間の議論を通じてほぼ明らかにされたのではないでしょうか。974

自我は共認の鬼っ子なのでその存在自体は問題ではない。もちろん自我は集団を破壊する危険分子であり少ないに越した事はないが、人類史は99.9%は共同体を作って集団共認によって自我の発現を封印してきた。

個人主義の最大の犯罪性とはこの危険な自我を正当化する観念を作り出したという事に尽きる。

人類に刻印された共認原理とは普通に集団生活していれば自我はよくない、エゴは押さえよう、子供でも肉体化できる規範である。
個人主義の思想はそれを反転させて、「自我は別に悪いものではない。むしろ自我が原点だ」という意識を作り出した。万人に共認され法制化されそれはさらに強固に正当化された。その結果が現代の先進国に総じて見られる社会閉塞である。

普通の人々は潜在的に個人主義の原罪を見抜き、自我を起点とする私権社会には見切りを付け始めている。今では個人主義という言葉自体は形骸化し、使われる事も少なくなった。
しかし甘く見てはいけない。個人主義を母体とした法制は未だに残っている。それらを根拠に一部の個人主義者や特権階級の暴走によりマナーファシズムに代表される人権尊重はますます強くなり、個性の重視、自己責任など言葉を変えて個人主義は延命しているどころかより酷くなっている可能性すらある。
何より個人第一とした価値観や思想は集団や全体を原点とする共認とは反転しており、それが完全に否定されない以上、人々の中に常に矛盾と否定の因子を作り続けている。

万人が共認充足を得られる共認社会に転換する上で否が応でも戦わなければならないのは例え少数派とはいえこの自我を正当化する観念群とそれにすがって生きている特権階級である。その意味ではすでに8年前に投稿されている974の「個人主義の正体」は忘れないようにしておきたい。

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