« 2015年3月 | トップページ | 2015年5月 »

2015年4月

2015年4月29日 (水)

シャッターを閉めては、外圧を捉えることができない。

今まで、外圧を外圧と思っていなかった。
どんな小さなことでも、外圧は外圧。
外圧=期待。

外圧・・・
言葉はよく耳にするが、いまいちピンとこない。
外圧とは、人(相手)から受ける全てのことをいう。
つまり、相手の期待。
この期待に応えようとしていなかったんだと気づいた。
また、どんな小さなことでも外圧ってあるんだという気づきも得ました。

ここで、例を一つ…八百屋の話。

自分は、八百屋の店主である。お客は、相手(外圧=相手の期待)。
どんな仕事もお客がいなければ何も始まらない。八百屋の経営も同様、お客がいなければ商売にならない。売上げにもつながらない。では、どうすればお客が来て、売れるのか?つまり、どうすれば相手の期待に応えられるか。で、売ることに集中するため一度、店のシャッターを閉める。この行為は、自分の心を閉ざすことと同じである。この間、店の前にいたお客(相手の期待)のことは、気にもとめていない。どうしたら売れるか考えるのに必死だ。相手にどうしたら伝わるかを考えすぎるあまり、根本のお客の存在を忘れてしまっていた。シャッターを閉める本来の目的は、相手(外圧=期待)を捉え、それにどう応えるかなのに...。

シャッターを閉める=心を閉ざす。

相手からすれば、心を閉ざしているようにしかみえない(らしい)。
そこに気づいていなかった!

シャッターを閉めて考えた方が、相手の為になると思っていた。相手のことを思っているからこそ、一度シャッターを閉じて、集中する必要があった。でも、どうやらそれでは外圧を捉えることはできない。相手の想いに気づけない。これは、大きな気づきだ。

店の前には、いつもお客(外圧=期待)がいる。
お客の想いを直接聞くことによって、お客の注文に応えることができる。わざわざシャッターを閉めなくても、会話の中で感じ取れるはずだ。今までの私は、目の前のお客よりも売上をどうするかに必死すぎて、何も見ていなかった。外圧と感じていないことが多い。本当に恐ろしいことだ。そして、実にもったいないことをしていた。

外圧に応え続ける。それが、相手の期待に応えるということだ。

どんな小さな外圧にも応え続けることが、次につながり、和も広がっていく。少しでも、相手の期待に耳を傾けれるよう、なるべくシャッターを閉めずこれからは営業していきたいと思う。

今までの意識を変える!!

これは、並大抵のことではない。
だからこそ、変えられると感じた時、気づいた時に即行動する。
これが効果覿面。肉体化する時である。

で、今がその時…意識的に変え、肉体化するチャンスだ!!

飯野由香
 

2015年4月27日 (月)

外圧に向かっているからこそ図解もできる☆

ネットサロンでグループが一緒のAさん。
すっごく知識が豊富で、潜在思念もとっても豊か☆

Aさんの気付きは、みんなの気付きになっています。

でも、Aさんは何故か、図解が苦手・・
図解になると、ちょっと腰がひけていたのでどうしたらできるかな?って、グループみんなで思ってました。

そんなAさんの図解が、ついに今日、みんなの潜在思念にぴったりとはまりました!すっきりしてる♪♪

「すご~い!」「わ~い☆」って思ったのですが、どんな意識で図解に取り組んだのかを聞いてみて、みんなで納得(^-^)

仕事で会議の議長さんを任されているAさんは、その会議の運営をどうしたものかと考えていたそうです。それを考えていたときに、図解がぱっとひらめいたのだとか☆

会議のメンバーの顔ぶれをイメージし、議長として、その運営をどうしていこうっていう外圧に真っ当に向かっていたからこそ、みんなにもなるほど!って頷かせる図解ができたんだって思いました。

現実社会の当事者であるからこそ、すっきりした図解=みんなの潜在思念に合致した図解ができる!すごくすっきりしました☆

そして、「やっとできた~」「みんなのおかげです(^^)」って喜んでたAさんにもっともっと期待していこうって思いました(*^^*)

マリー 

2015年4月25日 (土)

【常識の根幹部が根本的に間違っている】という衝撃的な言葉

>それらを導いてきた常識群の根幹部が(従って、大部分の常識が)根本的に間違っている(967

【常識の根幹部が根本的に間違っている】

この言葉は、実はものすごく衝撃的な言葉であると思う。

【常識】とは、どのようにして作られるのだろうか?

人々が過去の歴史の体験の中で、こうすればこうなる、これはプラスでこれはマイナスである、これが原因だから結果こうなる、このように予測するとこうなるだろうなどという統合律(手順律、+-律、因果律、差異律、連関律、直観律など)に基づいて、結果を塗り重ねていって、人々に共有され、共認され、常識が形作られる。こうして、可能性を探索した結果、常識が作られる。さらに、それが支配的になると、固定観念化してゆく。外圧や環境変化に伴い、その時代時代に意識を統合して、塗り重ねられ、共認された結果、常識が作らてきた。

その根幹部分が大きく間違っているのではないか?と問われているのである。常識の根幹部分とはなんだろうか?それは、意識や観念を統合するための思考方法を司り、共認している中身を司る思考パラダイムである。ということは、全ての常識は、もはや時代にそぐわないものになっているのではないか?という疑念がわいてくる。

いままで私たちが3000年~5000年、私権社会で使ってきた観念パラダイムは、【現実否定の倒錯・欺瞞思考】である。「現実を否定している」という大きな誤りを犯している。この観念パラダイム上で、常識は作られ、いまも私たちは使っているのである。

私権社会は、今、全面的な閉塞状態に陥っている。現実否定の倒錯・欺瞞思考という観念パラダイムを継続してきた結果、この先の可能性が見えない社会となってしまった。だから、この常識の根幹部を転換する必要がある。それは、なにか?

人々の共認に基づく「現実直視の実践思考」である

と私は思っている。

彗星

2015年4月23日 (木)

私権世界の架空性を暴く「構造認識」

>そして、この「これからの同類闘争(共認闘争)」=統合階級とメディアが描く私権世界の架空性を暴くのに必要なのが正に「構造認識」だとも感じた。(「構造認識と言う名の大きな武器」179272

統合階級とメディアが描く私権世界の「架空性」に我々自身がことごとく騙され続けてきた背景に、頭に根深く巣食う現実否定の倒錯思考回路の存在がある。
これは、かつて古代宗教成立期に形成され、やがて近代思想に受け継がれたものだが、飢餓や強力な身分制度などの過酷な現実を否定し「あの世」に逃げ込むのであれ、不自由で不平等な現実を否定し自由や平等といった本来あり得ない「理想」を求めるのであれ、現実を否定・捨象し、架空観念に収束するという共通構造を持っている。
我々自身がそうした架空観念に絡め取られやすい思考回路を有している以上、統合階級やメディアによる世論支配も容易だったのではないかと思う。

しかし、貧困の消滅によって私権追求が無意味化することによって、必然的に共認原理が再生され始めると、まず潜在意識において自分からみんな・社会への意識転換が進行し、顕在意識においても仲間収束・社会収束の潮流が顕在化する。こうした仲間が大事、自分のことだけでなく社会に関心・・・といった感覚は、人類本来のものであり、決して否定すべきものではない。

つまり、1970年の貧困の消滅以降のパラダイム転換の本質とは、現実否定から肯定への転換なのだと思う。

もはや現実が否定対象でなくなった以上、「あの世」や近代思想などの架空観念に囚われる必然性がなくなり、ここに来てはじめて(5000~6000年ぶりに)人類は、現実を直視することが可能になった。
こうして現実のありのままを直視した結果感じる違和感の正体(≒統合階級やメディアによる世論支配)を見極めるべく、まずは事実収束の潮流が、そして、認識収束の潮流が顕在化しつつあるのが現在なのだと思う。
・・・これもまた、幼い子供が大人を“なんで?”責めにするごとく、人類=外圧適応態にとって真っ当な思考回路(まず外圧探索⇒状況認識)の再生現象と言って良いのではないだろうか。

そして、事実収束、認識収束の潮流が生み出すのが、事実追求・認識追求の結晶物たる「構造認識」。
だから、「構造認識」が統合階級やメディアの描く架空性を暴く大きな武器になっていくのだ。

越見源

2015年4月21日 (火)

架空の加害者を作り出し続ける「権利」概念

『権利』(人権)は、誰もが普遍的に生まれながらにして持っている「絶対的な」モノとして理解されている。しかし、考えてみれば、権利とは、相手がいなければ成り立たない相対的な概念である。
権利は常に、その権利(が侵害されたことの代償)を要求する「相手」を必要とする。知る権利にしろ、プライバシー権にしろ、相手に何かを要求するための概念である。つまり、権利とは被害を叙述するための概念で、「知りたかったのに(知るべきなのに)知れなかった」被害や「プライバシーを守りたいのに(守るべきなのに)守れなかった」被害を表している。
この時、被害の叙述を成立させるためには、「もし、その権利が侵害されなければ(被害を受けなければ)、うまくいったはずの自分」が存在することを幻想的に基礎付けなければならない。これらはもちろん非現実であり、現実ではない。
この「非現実を想定して、要求する」ための権利という概念が民主主義体制の基礎となっている。

加えて、権利が乱立し、権利を要求する人間が増えるということは、「被害者」が増えるということになるが、当然これに比例して「加害者」も増加する。つまり、権利が乱立する社会は、決して住みよい社会などではなく、人間同士が憎しみ合う(闘い合う)社会に向かって進んでいくことになる。
本来は、みんなで知恵を出し合って考えなければいけない問題すら、権利という枠に当てはめて考えた途端に、「(頭の中の想定した)加害者に対して要求する」という硬直的な行動しか生み出せず、それでは現実は何も変わらない。

内藤琢

2015年4月19日 (日)

生物史で見れば、現実直視の思考パラダイムしか存在しない。

>単なる思想なら一つの時代に何種類か存在し得るが、思考パラダイムは一つの時代に一つしか成立し得ない。>21495

思想とか価値観とか言葉は何種類も存在するが、下部意識の現実に則った思考パラダイムは1つしか存在しない。

ただ(本能も広い意味での意識と捉えて)生物史を通じて見れば、全ての生物は現実を直視して適応していく意識しかなく、人類も同じで、現実を否定する思考パラダイムは観念をもつ人類の狭い私権時代特有の思考パラダイムにしかすぎない。

新パラダイムへの転換とは、本源の思考パラダイムを取り戻すことに過ぎないのだろう。

唯一違うのは、生物史を通じて初めて遭遇する”生存圧力の克服⇒同類圧力”という状況の変化であり、その環境に即して現実肯定の思考パラダイムから生まれる先端の観念内容が違ってくるだけである。

麻丘東出 

2015年4月17日 (金)

【図解】素人の社会活動36 探求思考と説明思考⇒表出(会議と投稿)のパラダイム転換

☆しかし、プロはともかく素人までこの種の(分かり易くetcの)強迫観念に囚われているのは奇妙である。何故か?

┌────────────────────────┐        
|         私権の強制圧力        |       
└────────────────────────┘     
     ∨          ∥(現実引力に対抗する必要)   
人々・<自我闘争の強制>    ∥  
 ↓   ∨          ∨  
 ↓┏━━━┓<====脳内(非現実)引力の必要 
 ↓┃ 倒 ┃         ∥   
 ↓┃   ┃         ∨  
 ↓┃ 錯 ┃====>より多くの人に共認される必要    
 ↓┃   ┃         ∥  
 ↓┃ 観 ┃         ∨  
 ↓┃   ┃====>答えになっていること、   
 ↓┃ 念 ┃     分かり易くなっていることが至上命題 
 ↓┗ ━ ┛         ↓              
 ↓   ↓          ↓    
<近代の自↓由な私権闘争>   ↓    
   ∨ ↓          ↓    
  ┏━━━┓         ↓    
  ┃ 欺 ┃⇒⇒⇒⇒⇒説得性や思弁性や欺瞞性が強くなる 
  ┃ 瞞 ┃         ↓   
  ┃ 観 ┃         ↓  
  ┃ 念 ┃     思弁・詭弁。欺瞞の自我が発現 
  ┗ ━ ┛         ↓  
   ∥            ↓  
   ∨            ↓  
  ┌───────────────────────────┐        
  |★素人も答えに成っていること、分かり易くまとまっている|    
  | ことを強迫観念化させた               |   
  └───────────────────────────┘ 

★それは、「答えること」従って「分かり易くまとまっていること」が倒錯観念のパラダイムだからである。

 
庄恵三

2015年4月15日 (水)

運動や要求よりも自己正当化観念を塗り替える共認革命が必要。

私たち人類は、貧困から脱却のために、観念機能発達⇒略奪闘争⇒武力社会⇒私権社会⇒市場社会の可能性を追求して1970年に貧困から脱却した。生存圧力からの開放だ。これは、過去、人類が可能性を求めて適応してきた歴史的事実である。

社会変革も旧観念という近代思想も、社会運動も、可能性を求めて追求してきた結果である。
しかし、そのパラダイムが間違っていれば、実現態である存在は全て、現実や事実に反し、適応の方向を間違ってしまうことになる。

旧観念パラダイムの根本は、自己正当化観念で形づくられている。
個人主義に代表される近代思想も社会変革も要求運動も武力闘争も市場拡大もチンケな運動も、豊かさ追求も、私権獲得も、宗教も、この自己正当化観念抜きにしては語れない。

この自己正当化観念という倒錯・欺瞞観念は、共認動物たる人類の可能性の芽を全て摘んでしまう。その先の可能性を閉塞させてしまう。さらには、人々の絆を分断し、個体の体と心と思考を分断してゆく。自分さえ正当化できればいいのだから。部分部分さえ(自分さえ)満足できればいいのだから。

この自己正当化観念という支配観念から脱却しない限り、可能性は見えない。共認革命の目指すところは、この自己正当化観念をどう塗り替えるか?にあり、人々の意識の変革の鍵は、ここが重要なポイントではないか?と思われる。社会変革は、自己正当化観念とまったく逆の共認力が生命。この塗り替えさえ共認できれば、人々の意識が変わっていくと思われます。

近藤文人

2015年4月13日 (月)

マスコミ離れの次に…

最近、ネット上で書かれている日記を見ていると、マスコミ離れはとてもひしひしと感じます。


ただ、その内容を掘り下げてよく見ていくと、「だからマスコミはダメだ」とか、「くだらない事ばかり報道している」等マスコミに対しての否定がとても多い。確かにもっともだとは思うが、そこで終わってしまう。


実は否定する対象がマスコミに変わっただけで、否定する事自体の構造は全く変わっていない。それじゃあ物事の本質は全く見えてこないし、見ようとすら思えない。結局、思考停止してしまっている。


マスコミの共認支配からの脱却の次のステップに、物事への否定意識からの脱却が必要になってくるのかなぁ?と思いました。

はちみつりょくちゃ

2015年4月11日 (土)

あらゆる不全を一重矢印「→」で解決出来てしまう現代社会

今日、驚いたことがあった。「お腹が空いた」と「ごはんを食べる」の関係が原因と結果(「お腹が空いた→ごはんを食べる」)としか思えない、という人がいたのだ。

本来、「お腹が空いた」という状態は本能を直撃する不全状態であり、生物はその状態を克服するために「どうする?」という可能性探索を繰り返してきた。だから、サロンに長く参加している人は、「お腹が空いた⇒ごはんを食べる」と説明していた。

しかし、考えてみると、確かに現代では、「お腹が空いた」という状態を不全と感じることはほとんど無い。また、「どうする?」と考えるまでもなく、飲食店やコンビニやスーパーマーケットで購入することで簡単に空腹を満たすことが出来る。あえて言えば、食べるものを何にするか、というところくらいでしか「どうする?」と考えていない。だから、「お腹が空いたからごはんを食べる」と考えてしまうのは、無理もないことなのだと思う。

しかし、逆にこれはとても危険なことでもあると思う。生存圧力を克服したことと、市場経済の成熟に伴い、現代では様々な不全感を簡単に解決出来るようになった。そして、そんな状態が続いたせいか、不全があったとしても、そこで「どうする?」と考えることがなくなり、与えられた答えに短絡的に飛びつくような思考回路になってしまっているのではないだろうか?

このままでは、マスコミ等が発信する誤魔化しや騙しにも短絡的に飛びついてしまう。そして、現代の社会が直面している不全は、そのように短絡的に答えが出るものではないため、このままでは何も解決しない。

そうならないようにするには、まずは答えに短絡的に飛びつく思考回路を転換する必要がある。そのために必要なのは、現実の圧力に身を置き、みんなで「なんで?」「どうする?」と事実追求と可能性探索を続けていくことだと思う。

匿名希望

2015年4月 9日 (木)

で?

こういう回路にはまってるときって、自分の思い描いている世界が現実にあり得ないことも、自分の言ってることとやってることが逆になってることも、ちょっと考えたらすぐ分かるようなことさえ気づかないくらい、思考停止して、否定している今の自分を正当化する理屈ばっかり探してる(@_@)

>「(実現したいことがあるなら)やってみればいいじゃん!」(178603

ぐるぐる悩んでる暇があるなら、その時間にそのやりたいことをやる時間を作れるんだよ♪

でもそういうときって、出来ないことを前提に、納得できる理由を探していろんな人に愚痴ったり相談したりするから、「出来る方法」をいくら提示されても、「でも・・・」とかってまた出来ない理由をどこからか見つけてくるんですよね。。

「やってみればいいじゃん」は、「で?本当にやる気があるの?」が問われる言葉だと思います。

西知子

2015年4月 7日 (火)

本来の思考パラダイムへの帰還転換

数億年かけて塗り重ねられてきた「本能回路」
数千万年かけて塗り重ねられてきた「共認回路」
数百万年かけて塗り重ねられてきた「観念回路」
これら全ての回路は、現実を否定しない。徹底した現実直視のなかで育まれてきたといえる。

そして、たった数千年前に勃発した掠奪闘争により生み出された“貧困”や、序列体制が生み出す“抑圧”を、絶対のものとみなすことで生じる、「現実否定」⇒「倒錯思考」。そのパラダイムは、私権時代数千年間を貫く思考パラダイムとなった。

このように考えると、旧パラダイムから新パラダイムへの転換は、これまで人類が生物として、塗り重ねてきた本来の思考パラダイムへの帰還転換である。

なおさらのこと『残る観念は、頭で塗り替えたら終い』
本来の思考パラダイムへ帰還転換するだけ。
                       

ゲン

2015年4月 5日 (日)

「ただの要求」を正当化した観念=「権利」

>「権利」とはただ要求することを正当化した架空観念である。

ヨーロッパでの市民革命時に「人権宣言」なるものが次々と出されていったことは学校の歴史の授業で教わった。だが、「権利」という観念がどのようにして生み出されたものであるのか、という本質を追求することはなくて、市民が王様や貴族たちの支配から脱却した画期的出来事としてあたかも素晴らしいことが行なわれたように印象付けられてしまった。

後年、大学の授業で「人権」という思想の根源とは何なのか?考えてみようという講義を受けてはっとした。「人権宣言」の中身をしっかりと読んでみると、当時、力を付けてきた大商人などの層が、従来の支配階級が独占していた様々な権利をこっちによこせと主張しているに過ぎない内容なのだ。

時代が下り、その権利が一般大衆にも広がっていくにつれ、権利が正当なものであるという正当化観念が強まっていき、「人権」と聞けば反射的に素晴らしいものであるという思い込み=思考停止状態にまで至ってしまっていたのであった。問題の本質=事実構造を追及することの大切さを痛感した経験だった。

本当に社会(=みんな)の役に立つために必要なのは、現実の状況認識を歪めている旧観念を全て取っ払い、現実を真っ直ぐに対象化できる構造認識なのだ。

おおさかじょん

2015年4月 3日 (金)

「自我・私権意識を否定せねば!」自体、旧パラダイムの思考様式なのではないか?

>我々は、あくまでも現実に立脚し、現実を対象化して生きてゆく。それは、決して現実を否定しない(むしろ、とことん現実の可能性を追求してゆく)ということである。

>従って、自我私権を否定することにこだわるよりも、その奥にある新しい充足基調⇒本源収束という可能性の実現に、意識の焦点を当てた方が良い。

自分の中に残存している自我私権意識。それを突破しなければならない、と思ってもそれでは変われない。大事なのは、より実現すべき意識潮流(下部構造の本源収束)を認め、実現していくことに意識を傾けること。

何より、「自我私権意識を否定せねば」という観念は本源性を装いつつ旧パラダイムの思考様式なのではないか。新パラダイムの思考様式は「どう実現するか?」であり、「否定せねば」という意識は不要なのではないかと気付いた。

新里勝一郎

2015年4月 1日 (水)

【幹図解】私権時代の歪んだ思考(主張・説得・議論)

私権時代は、

私権闘争と倒錯観念が、現実や行動を捨象した観念思考を生み、更に主張や説得や議論を作り出したのである。
私権時代(特に近代)の主張や議論とは、欺瞞共認を形成する(事によって私権闘争で優位に立つ)為の様式にすぎない!7245
                                
                                
┏━━━━━━━━━━━┓    断絶    ┏━━━━━━━━━━┓
┃ 私権追求に収束した    ┃<---×--->┃本源価値を対象化した  ┃
┃         現実          ┃    分裂    ┃  倒錯観念=非現実  ┃
┗━━━━━━━━━━━┛            ┗━━━━━━━━━━┛
           ∥                                       ∥          
           ∨                                       ∨          
       ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓     
       ┃    主張・説得・議論で優位に立つ(しかない)    ┃     
       ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛     
                                

そして現在、

>貧困が消滅して私権が衰弱し始めるや否や、欺瞞観念(恋愛、自由、個人、民主)は一気に輝きを失い、私権の衰弱が誰の目にも明らかになった’90年以降、もはや「一流」作家の言葉さえ、虚しいだけである。

コスモス

« 2015年3月 | トップページ | 2015年5月 »

ランキング

  • にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ お勧めサイトランキングへ
2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

カウンター

最近のトラックバック

無料ブログはココログ