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2014年5月29日 (木)

分かり易い言葉=誤魔化しの言葉

先日のなんで屋劇場で、分かり易い言葉=誤魔化しの言葉という話があった。
子供の頃、大人たちや教師から難しい言葉で煙に巻かれた経験はあったが、分かり易い言葉が誤魔化しというのも非常に興味深い。

分かり易い言葉というのは、要は価値対立の起こらない言葉であり、誰もが認める言葉のことである。だから、共認しやすいのではあるが、そこに落とし穴がある。

我々を取り巻く諸問題のほとんどは、私権原理から共認原理への転換というパラダイム転換によって、近代思想に基づく現在の観念群(言葉)がまったく役に立たなくなったことによって、引き起こされているのだと言っても良い。

例えば、福祉という観念(言葉)が、そこに税金をつぎ込むことを正当化し続けているため、財政赤字が膨らむ一方であることを明快に指摘させないでいる。
福祉という観念(言葉)が欺瞞である( 社会福祉の成立過程)ことを理解すれば、高齢化問題についても、老人の役割はなんだろうというまともな議論に向かえるはずなのだと思う。

しかし、福祉という言葉を否定することに対する価値対立、即ち己の私権を否定できないから、福祉は欺瞞という新しい観念(言葉)をわかりたくない。故に、何故福祉は欺瞞なのかという議論はわかりにくいと拒絶する。

つまり、答を出せない原因そのものを「わかりやすい」と評価し、答を出すべく考えることを「わかりにくい」という本末転倒の構造が存在する。

特にマスコミなどの共認形成の発信者を中心に、「わかりやすい」ことが非常に重要であるかのような価値観、つまり、「わかりやすさ」が価値観念化していることも興味深い。

しかし、ちょっと考えてみれば、誰も答を出せないような難しい社会問題を「わかりやすい」言葉で語れるのであれば、とっくの昔に社会問題など解決済みとなっているのではないだろうか?
マスコミの「わかりやすさ」を求める姿勢などは、実は現実の問題を誤魔化し、全ての問題に答を出させなくしている元凶であると考え直さなければならない。

鈴木龍也

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