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2013年12月26日 (木)

『迎合無用』は関係パラダイムと観念パラダイムの接点

 対人関係において当り障りがないように適当に調子を合わせるのは、迎合された方も実はあまり気分の良いものではありません。ただ、薄々は感じているのにそうなってしまうのは、政治家や評論家がメディア上で繰り返している何も生み出さない醜悪な対立を避けるためには、迎合するしかないという旧い関係パラダイムの常識の誤りに、今まで誰も気が付かずに来たからです。

 お互いを期待視・肯定視し合う地平とは、警戒心⇒迎合or対立(=自己主張)or無視・・・という硬直的な図式から抜け出し、さらにそこから、社会不全という人類共通の課題を前にした事実の探求に向かうということが、とても鮮明になってきました。

 こう考えると、関係パラダイムの逆転(Msg4277642777)がストレートに観念パラダイムの逆転に繋がります。

 『迎合無用』とは、言い換えれば『事実(追求)をもって尊しとなす』ということです。すでに顕在化している関係パラダイムの逆転から、観念パラダイムの逆転を実現していくうえで、“迎合無用⇒皆で事実追求”という認識はその掛け橋になると思います。また、場合によっては、『なぜ私たちは迎合してしまうのか』というテーマで、社会構造を相当掘り下げた議論や交流会もできるのではないかと感じます。

土山惣一郎

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