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2013年12月30日 (月)

「思考停止」からの脱却とは、普遍期待に応えること

>それを慎重に読むと、旧観念の問題性は、現実を否定・捨象して都合のいい観念に飛ぶ、その「思考方法」そのものにある、ということが浮かび上がってきます。(46141蘆原さん)

現実を否定・捨象して、都合のいい観念や答えに飛びついてしまうというのは、実は「思考停止」の状態に他ならない。しかし旧観念に染まってしまった現代人は、誰もがこの状態に陥り易いのだと思う。

新しい認識とは、現実を切り拓き答えを導く武器であり、それ自体が答えなのではない。どんなに優れた道具でも、使わなければ(使えなければ)やがて錆付き、役には立たなくなってしまうように、この「思考停止」から脱却できない限り、「旧観念無用」ばかりか、どんな新しい認識であっても、只の都合のいい観念にずり落ちてしまうのではないだろうか。

「思考停止」からの脱却とは、現実を真正面から対象化し、それに対する答えを導き出していくこと。つまり、答えを出すための武器として、新しい構造認識を使っていくことだと思う。そして、現実とは人々の意識そのものであるならば、人々の普遍期待に応えるという姿勢こそが必要なのだと感じた。

小松由布樹

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