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2013年12月16日 (月)

免疫を語るなら治癒事例の分析からはじめたい

『なぜ現在の分子生物学に可能性を感じないのか(43096)』では現実の人の意識を対象化して、人々の期待に応えるという営みが無ければ、科学の存在価値は研究者の観念逃避先の確保(縄張り確保)くらいにしかならないのではないのか?という見解について書きました。

今も続いている免疫の議論も、人々のどの様な期待に基づき何を議論していくのか?ということを頭に浮かべながら進めていく必要があると思います。その方向性はいくつかあると思いますが、その一つは、医療とか健康に対する役に立つ認識を、どの様に獲得していくのか?というものだと思います。

それに対して、今注目を集めている免疫の研究者の殆どが分子生物学者であり、生身の人間を対象としていません。この専門分化した研究領域での数々の発見は、その領域内での評価を受けられても、医療に携わる人から見ると、部分的・機械的で現実にはまだまだ使えそうに無いというのが実感でしょう。

また、近代医療に携わる医師でさえ、癌や慢性病に至っては殆どお手上げという状態です。しかし、そこでさじを投げられた人たちの多くは、民間療法にたより、一部は奇跡的と言われるような回復をしています。これを、近代医学側の医師は、論理的にありえないと否定して相手にしていませんでした。

しかし、今の近代医療でお手上げの患者が、回復したという治療法の殆どが、自然治癒力の強化と治療者と患者を含めた治癒に対する可能性の共認という、2側面で成り立っています。また、このような事例は、近代医療の定着した先進国の殆どで、たくさん報告されています。

本当に、免疫の研究で人の役に立ちたいと思うならば、先ずこのような事実を、予断なく収集し、たくさんの税金を投入してなりたっている科学や医療の施設と組織をつかい、そのメカニズムを追求と治療の実践を行っていくべきだと思います。

その専門家でない私たちが、この会議室で議論するに値するのは、上記のような人々の期待を正面から受け止めること。そして、それに沿った予断を排した事実収集と期待軸に沿った再構造化を行うこと。そのうえで、それらの共認を広め、既存の分断し方向を見失った活動の方向修正を実現していくことではないかと思います。

本田真吾

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