« 「身近な目標」を超えた、『みんな期待・みんな繋がり』発の共認形成 | トップページ | 「立場」感じさせる認識が元凶 »

2013年12月20日 (金)

社会空間に求められているのはつながりではなく、新しい「場」をつくること

一般に交流会といえば、求められているのは、人脈をつくる、あるいは私的な繋がりをつくる事であり、そのような「場」としての機能である。しかしこの発想自体が旧い、あるいは本来の社会空間での在り様に矛盾するものであると思う。

なぜならそこで作られる「つながり」は、仕事関係にせよ解脱仲間にせよ、それは一種の私的利害関係である。かつて「人脈」が財産と言われたのも、文字通りそれぞれの私的利益に供するものだったからだろうと思う。しかし単なる「つながり作り」であれば、社会空間を利用して旧い閉鎖関係を作り上げただけに過ぎない。加えてそもそも、そのような旧関係自体が魅力を失いつつある。そして、これが現在のいわゆる交流会の限界なのだと思う。

>これは、おそらく人類の適応不全、つまり、個人や集団や国家という枠を遥かに超えた、種としての『みんな』不全である。そうである以上、人々の意識が、個人や集団を超えた『みんなの期待』に収束してゆくのは必然である。
>とすれば、答えを求めて誰もが集まり語り合う場(認識サロンや認識サイト)を作ってゆくことこそ、皆の期待に応える最も充足できる活動であり、それこそが集団(の成員)や社会の活力を再生してゆく、真の「社会貢献」の道ではないかと考えている。 (44391

新しい人間関係は、新しい場をもって初めて生み出される、と思う。
そして新しい場を作り上げるには、新しい求心核=「時代を読む」「認識を語る」は勿論、参加者の間でそのような新しい場を作るという共認(暗黙でも)が必要となると思う。そして、その意味で場の構成員も私的なつながりを越えて選別されされなければならない。

またその共認によって初めて、単なる私的なつながりが、場作りの「協働者」という「新しい関係」に発展・転換していくのだと思う。

北村浩司

« 「身近な目標」を超えた、『みんな期待・みんな繋がり』発の共認形成 | トップページ | 「立場」感じさせる認識が元凶 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 「身近な目標」を超えた、『みんな期待・みんな繋がり』発の共認形成 | トップページ | 「立場」感じさせる認識が元凶 »

ランキング

  • にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ お勧めサイトランキングへ
2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

カウンター

最近のトラックバック

無料ブログはココログ