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2013年11月16日 (土)

科学はまだ事実の統合律を持っていない

>人類は観念機能の獲得によって、実在世界と頭の中だけの観念世界との分離の危険性を孕んだということかもしれません。幻想観念や欺瞞観念・倒錯観念など種々の邪な観念が、私権時代を通じて人類を間違った方向に導いてきたのも、「超越統合」が機能的に抱えている分離性、それが災いを起しているともいえます。その意味では、人類の超越統合(観念統合=事実統合)がいまだ完成していないということかもしれません。

(中略)

いくつかの代表事例から一気に答えを直覚(認識)するのが【直観律】。近代科学が否定してきた「直観」。逆にこれこそが古い観念を捨てて新しい答えを紡ぎだすための思考法であり、潜在思念から観念化を進めるための統合律ではないかと思います。<(38792 吉国氏)


なぜ、実在世界と観念世界とが分離してしまったのか。

私権獲得を追求した末の欺瞞観念等はともかくとして、自然現象を見つめていたはずの自然科学も、その分離(乖離)から脱出できていません。結局、既存の「科学的(認識)手法」とは、手順律や因果律といった個々の関係律を満たすものに過ぎず、あらゆる事実を統合するためには、それら「下部の統合律(群)」(38792 吉国氏)を統合する、より上位の統合律が必要となる、ということでしょう。

そして、「『答え』と呼ぶにふさわしい統合レベルに達することができるかどうかも、最初の直観でほぼ見透している」(40050 土山氏)と言えるのは、「直観」が「下部の統合律(群)」を統べている、より上位の統合律(の原型)だからではないでしょうか。

つまり、実在世界と観念世界とを繋げる上位の統合律は、いまだ「直観」としか呼びようがない状態なのだと思います。

「直観」というと、科学的に裏づけの無い不確かなもの、というイメージを免れません。しかし、科学からのそうした蔑視とは結局のところ、「科学は、下部の関係律群を統べる、より上位の統合律をいまだ発見できていない」ということの証でしかありません。

新しい統合律としての「直観」が、現実と観念とを繋げ、その乖離を埋めるものだとすれば、それは今最も必要とされている、認識機能の中核部分だということも分かります。

(現実との乖離を生じさせる)既知の関係律では、今の不全を突破することはできない。だとしたら、事実を対象化し、「ありとあらゆる統合律を意識化する作業」(40059 吉国氏)を続けながら、新しい統合律を探求するしかありません。それが、この科学論・認識論板の最大テーマであり、そのための第一歩が「実現論」なのだ、ということを改めて認識しました。

鈴木隆史

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