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2013年11月28日 (木)

関係パラダイムの逆転

『誰でも営業』への期待や成功(充足)事例が次々と投稿されている一方で、多くの皆さんが『誰でも戦略』にとまどい、知人戦略から脱却できないでいる様にも見受けられる。
それは、街を行く見知らぬ人々の警戒心を想えば、『いつでも、どこでも、誰にでも』語りかけることがためらわれ、どうしても顔見知り(=既成つながり)に拠りかかってしまうからであろう。確かに、それが私権時代の人間関係の「常識」であるが、その「常識」を塗り替えない限り、「それ(見知らぬ人に対して、ためらい、立ちすくむの)は当り前だ」という所で終ってしまうことになる。

見知らぬ人に対する警戒心は、実は私権時代だけではなく、原始時代、更には真猿時代から刻印されている。そして、真猿時代以降の警戒心は、全て縄張り闘争(≒私権闘争)に基づいている。縄張り闘争≒私権闘争の故に、周りは「全て敵」となり、見知らぬ相手には最大限の警戒心をもって身構える訳である。
それを超越しているのは、もっと奥にある原猿回路だけである。そして、原猿は縄張り闘争を既に諦めているが故に(かつ極限的な不全を孕んでいるが故に)警戒心を突破し得たのだとすれば、既に私権の可能性を見失い、大きな社会不全を孕んだ現代人の心底は、まさに原猿と同じである。
従って、私権圧力が衰弱し、私権の追求が馬鹿らしくなってくると、身構える必要も無くなってゆく。それどころか、社会不全⇒認識収束という普遍期待が強まってくると、周りは「全て敵」から「皆、仲間」に大逆転してゆくことになる。

岡田淳三郎

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