« 景気良くならないですかね~ | トップページ | ネットに「社会」を感じる »

2013年11月20日 (水)

一見壁のように見えることが、実は可能性だということ

>主対象は、ネットに馴染んでいない普通の人々である。

「ネット利用者も、本の読者も、社会活動家も、悩み系も、一見近いように見える(=観念的にはそう思われる)対象が、ことごとく遠い(=事実としてはor構造的にはそうである)対象」だということと、
「普通の人は、旧観念しかないので観念捨象・答えがないので課題捨象」の状態だということは、言われてみれば誰もが分かる単純な事実だけど、この認識はとても重要だと思います。

例えば、

ネットなんて面倒くさいよね~
本なんて読まないよね~
ややこしいこと興味ないよね~
特に不満なんてないよね~
毎日けっこう楽しいよね~
⇒『だったら』るいネット読んでみて!
⇒『でも』るいネット読んでみて!

こんな風に、上記の構造を分かってれば『だったら』という接続詞が使えるし、旧観念に囚われてると『でも』という接続詞しか使えない。もちろん相手も、『だったら』で繋げられると潜在思念で捉えてくれるし、『でも』で繋げられると観念で考えてしまう。
(言うまでもなく、不全・悩み発⇒『だったら』の場合は、現実否定の意識に陥らせる思考法なので論外。)

当然、潜在思念で捉えた場合と観念で考えた場合で、るいネットの印象は180度違い(可能性収束度が全く異なり)ます。

意識が変わる(パラダイムが転換する)ということは、語る内容や現実が劇的に変わる訳じゃなくって、この「たった一言」が変わるということに尽きる気がします。
そして、現在観念を捨象している普通の人は、まず潜在思念で、そこに現実の新しい捉え方を“感じる”んだと思います。

西知子

« 景気良くならないですかね~ | トップページ | ネットに「社会」を感じる »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 一見壁のように見えることが、実は可能性だということ:

« 景気良くならないですかね~ | トップページ | ネットに「社会」を感じる »

ランキング

  • にほんブログ村 政治ブログ 世直し・社会変革へ お勧めサイトランキングへ
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

カウンター

最近のトラックバック

無料ブログはココログ