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2013年11月24日 (日)

「社会」が柔軟性を帯びてきた

>つい最近まで、人々にとって社会は否定的なものでした。私権時代には、武力支配社会であれ、市場社会であれ、社会とは私権闘争を統合したものに他ならず、私権闘争の統合体である社会を肯定することはできませんでした。一旦否定した以上、社会を直視して社会を対象化した認識が生まれることはなく、自我私権を正当化した自由・個人といった抽象的な欺瞞観念でもって社会は語られることになりました。そうである以上、人々にとって社会は自分とは縁遠い、抽象的なものでしかありませんでした。

今までは「世の中そんなに甘くない」とか、すごく堅くて突き動かしがたいものとして社会が捉えられていたように思います。かつては自分もそうでした。自分とはすごく遠い、抽象的な存在であったように思います。今はそれが音をたてて崩れている段階であるといえるでしょう。つまり、私権社会の崩壊とともに、ぼんやりとしていた社会が細切れになって身近に感じられてきたように思います。今まで堅くてどうにも動かすことができなかった社会が、非常に柔軟性を帯びてきたということです。人々は無意識にその柔軟性を帯びてきた社会に対して、可能性を感じているのではないでしょうか。

> 人々は新たな収束先=答えを求めて、必然的に探索過程に入ってゆくことになる。というより、既に潜在思念は探索過程に入っている。これが、外向収束⇒認識収束の潜在潮流である。( 40914 )

人々はその可能性に向かって様々な試行錯誤を繰り返している段階です。それは、社会を否定している段階から肯定的にそして現実のものとして見ている段階への移行を示しているのではないかと思います。

匿名希望

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