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2013年11月12日 (火)

旧観念からの脱却を下支えする、新しい認識。

『「集団」に入ったのではなく、本当は社会に出たのだと考えれば、全く別の世界が見えてくる。』これは私にとっても目から鱗が落ちる思いであった。 日々の活力を引き出す充足の場(仲間の期待が集まる場)を現実の帰属集団に求めるのが当然の事であったから、顕在意識としては辿りつき難かった新しい認識である。

 生活から仕事に至るまで我々の帰属する(市場社会の一員をなす)集団は、一人一人が如何に誠実であろうとしてもカタワ(共認充足が片務)な私権集団である。だから現代人はやたら自分を優先させて、邪心の塊となってしまう。そして、離職や離婚を重ねる事が当り前の様になるほど私権の衰弱は進んできたが、カタワな帰属集団に対する人々の違和感がこれから一気に上昇しそうだとする状況認識は良く理解できる。
 
 私達の価値意識(旧観念)も夫々のカタワな集団に帰属しながら身につけてきたものである、従って夫々の私権集団からあたえられた「屁理屈」レベルの中身しか持ち合わせてはいない。
 私権観念が崩壊し始めた今だからこそ、「~全く別の世界が見えてくる」と考えると、一番厄介な旧観念からも自在になれそうに思う。新しい認識形成を下支えする、旧観念からの離脱ステップが見えてくるように思う。

阿部紘

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