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2013年11月 4日 (月)

今改めて「鎧をはずして素のままで」

昨年の9月から、この認識形成サイトである「るいネット」に参加して1年が経過しました。初めてこのサイトに出遭った時の、衝撃にも近い鮮烈な印象は今でもはっきりと覚えています。年齢、職業、男女も関係なく、しかも全ての人々が実名で投稿し、現代の不全に対しての突破口を見出そうとしている。その真摯な姿に心打たれ、「これは本物だ!」と直観しました。

 そこで何かに突き動かされるように、初めてこの社会統合の会議室に投稿したのが、「鎧をはずして素のままで」(10589)でした。現代を取り巻く閉塞感や不全感を、全ての人々が同じ地平で、意識の最も深い所で本当に求めていることを言葉にして紡ぎだす。・・・・・。このサイトでは全ての人々が「鎧」をはずして、「素」のままで繋がっている。・・・・・この頃は、まだ「実現論」への理解も充分ではなかったのですが、潜在思念では「ここには必ず答えがある」と確信していました。

 その後、四方勢至氏より提示される「観念パラダイムの転換」を読ませて頂き、最初の直観や潜在思念で受け止めていたものが、「構造認識」という新しい認識を得て、一つ一つ解き明かされていき、少しづつゆっくりとですが、明確に認識できるようになっていきました。
 そして、このような思考過程は、

 ●直撃圧力を超えたor社会構造に起因する危機・課題は、構造認識によってしか把めない。肉体危機(飢えetc)や精神破壊は、潜在思念(感応回路)でも把める。しかし、社会構造に起因する危機・課題(観念閉塞や経済破局や環境破壊etc)は、構造認識によってしか把めない。たとえ潜在思念が感取したとしても不鮮明であり、危機・課題を明確化し、解決する為には構造観念が不可欠である。(観念捨象の実践模索では足りない=観念を必要とする地平 18572)

で述べられているように、「潜在思念だけでは不十分で、構造観念が必要」ということを証明しているのだと思います。

旧観念」という「鎧」は私権社会における産物に他ならない。周りは「敵」であり、その「敵」から自分を守るために必要であったもの。そして「旧観念は無用」であることが、「構造認識」によって、観念のレベルでも認識できた今では、「鎧も無用」。

>誰もが答えを求めいている、当事者になりたがっている、そのことの確信が大切なんだと思う。そう実感できれば、人類、皆仲間。相手はどこにでもいる。(39290 松本さん)
の仰るように「素」のままの人間になれば、「人類、皆仲間」と実感できますよね。

 1年前に潜在思念で捉えた「鎧をはずして素のままで」は、今では改めて潜在思念と構造観念で確信を持って言うことができます。

大木康子

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