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2013年8月24日 (土)

「考える」=情報の構造化

「考える」とは詰まるところ一体どういう行為であるのか
解る様で解らないでいたが、吉国さん、阿部さん、そして玉川さん・石橋さんの投稿を読んで、一つ見えてきた気がする

考えるとは、情報を統合し構造化することに他ならないのではないか
多くの溢れる情報を統合→構造化し、その中から認識を築いていく
それが「考える」=観念機能を働かすと言うこと

溢れる情報を統合し、構造化するためには、その情報源すなわち、社会=現実=人々の意識を対象化する必要がある
当然、そのような行為は、外向の意識でなければ行えるはずがなく、内に向いた意識では、何の答えも見えてこない
内向きの思考とは、詐欺以外の何者でもないと言える

外向きの意識と言うのは、言葉を変えれば、自らの価値意識に囚われないということ
全てをあるがままに捉えていくということ

つまり「考える」ためには、意識を外に向けるだけでよい=現実を対象化するだけでよいということになる

だとすれば、現状における、「考える」行為とは、旧パラダイムの価値や固定観念に囚われることなく、多くの情報(現象)の中に見て取れる本源潮流を構造化し、新しい認識を築いていくことに他ならないと感じる

西谷文宏

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