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2013年8月 4日 (日)

言葉は万華鏡のように

手元に一枚の絵葉書があります。

奈良美智という現代美術作家の作品で、漫画のようにデフォルメされた女の子の立体作品です。
この絵葉書を見て、ある人は「こわい」といい、ある人は「かわいい」といいました。

実際、この作家の作品は、(対極にあるともいえる)両者の感覚が同時に感じられる、両義的で不思議な性格を持っていて、そのどちらを主調的に読み取るか、というのは、読み手に委ねられています。

現代の”言葉”も、同様の位置付けにあるように感じます。全く同じ言葉を投げかけてみても、受け取る人によって全く違った意味合いを持ってしまうし、同一個人であっても、状況次第で”言葉”の意味合いは随分変わる。

「不動のもの」であると暗黙のうちに信じられていた”言葉”が、まるで万華鏡のように自らの意味をくるくると変えるようになってしまった。

この現象自体が随分現代的なことだと思います。なぜなら、”言葉”の意味を固定しているのは、”言葉”そのものではなく、その背後にある”パラダイム”だから。パラダイム自体が音を立てて変貌している現代、言葉の意味が固定されるはずも無い。

言葉はパラダイムに規定され、「可能性」がパラダイム(の位相)にあるのであれば、「『言葉』をもって『可能性』を語る」、すなわち「『規定されるものを』をもって『規定するもの』を語る」という戦略自体、論理的に転倒しているのかもしれません。

”パラダイム”を変え得るのは、”個人の意志”ではなく、”人の集積”であって、それはネット・対面の別を問わない、というのは、ここのところの投稿を読んで感じるところです。

三宅秀和

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