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2013年8月 6日 (火)

学者の認識が陥りやすい罠

>人間が陥りやすい認識の罠、正しい推論や判断を阻害する要因についてまとめていきたいと思います。これまでの議論とちょっとずれたところにある話題ですが、みなさんのご意見をいただけると嬉しく思います。(23704蘆原さん)

「人間が陥りやすい認識の罠」とは、人類史に貫通的な認識上の弱点構造を解明しようとしているのでしょうか。もし、そうならズレるかもしれませんが、現代の認識上の問題点は、学者や知識人のそれに象徴されているようにも思いますので、そのあたりから。

以下は、2月12日Nature Geneticsからの配信された「クローンマウスは寿命が短い」からの引用。
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体細胞から作り出されたクローンマウスの寿命は、自然交配で生まれたマウスより有意な程度に短いことが日本の研究者によって発見された。これまでの研究では、クローン動物に肥満の傾向があり、免疫機能障害の発生率が高い可能性があることが判明していたが、クローン動物と早死を結びつけた研究成果は今回が初めてだ。
(中略)
ただクローン動物の寿命は、遺伝的背景や(細胞核が抽出された)ドナー細胞の種類に依存している可能性があると小倉たちは警告している。
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「クローン動物の寿命は短い。」と「実験結果はドナー細胞やその遺伝的背景に依存している。」とはこの実験結果を評価する意味では対極的にある。なぜ、最後の警告をつける必要があるのだろうか。実験である以上前提条件に縛られるのは当たり前であるにもかかわらず、である。

「クローン動物の寿命が短い。」というのは、普通に考えれば当たり前のことのようにも思える。常識的な予感が実験結果にも現れただけともいえる。とすれば、何のためにこんな実験をしているのか?ということの方が疑問になる。そのことを問わないのが、現代の科学の流儀のようである。

何を解明しようとしているのか?せねばならないのか?という課題を不問にしたままでは、認識として何も得られないのではないだろうか。「いろいろな可能性が残されています。」と言うだけなら、はじめから何も解明する気がないに等しい。その前提条件と結果の間に未明部分を含むから因果関係は実証されていないというだけなら、はじめから関係構造を追及する気はないに等しい。

そのような、課題の評価を不問にし、関係構造を脇に置いた、断片的な実験や観察結果こそ、価値判断を保留した客観的な認識であるかのような考えが、すべてを意味のない知識へと貶めているようにも思えるのだが。

石野潤 

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