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2013年1月24日 (木)

相対主義的科学観

「相対主義的科学観」が再び話題となっていますが、問題なのは「事実についての主張が正しいか誤っているかは、個人や社会集団や文化的文脈などに依存して決まる。」というタイプの認識的相対主義ではないでしょうか。

私は、「認識的相対主義」において「社会集団に依存して決まる。」という部分は、万人の関係の中に委ねる方向に通じるものを感じており、簡単に否定できないと思ってます。
しかし、現実は一部の学者や科学者集団の認識に依存しているのが実状であり、その立場の違いによって多くの真理が存在するという方針を取っている点など個人主義や専門を武器にしたドグマ性に通じるところもあり問題はたくさんあると思ってます。

さらに驚いたことに、この思想は我が国において

>…自然の事物・現象の性質や規則性、真理などの特性に対する考え方の転換である。自然の特性は、人間と無関係に自然の中に存在するのではなく、人間がそれを見通しとして発想し、観察、実験などにより検討し承認したものである。つまり、自然の特性は人間の創造の産物であるという考え方である。(文部省「小学校学習指導要領解説:理科編」)<

という「形成主義教育」まで発展しているようです。

このような相対主義は、誰にとっても同じものである唯一の真理(客観的で絶対的で可知的な唯一の真理)の追及を放棄するものではないでしょうか。

高田敦

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