2017年9月30日 (土)

考えない人間を生み出す日本の学校教育②

日本の若年層が心身に大きな問題を抱えるようになってことが、臨床に関わる医師たちが十年以上も前から報告しているようだ。
日本の若年層が求めているのは「面倒を避け、対立を避け、トラブルを避け、自分が傷つかないように自我を必死に守り、傷つくくらいなら何もしないことを選択する受動的な生き方」、まさに、安定志向に他ならない。
この状況を日本の教育が生み出しているという。
「怒り」という感情を教育で奪われ、牙を抜かれた若者たちリンクより
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○理不尽でも黙って指示に従うのが正しい生き方か?
「みんな仲良く」だとか「人類みな兄弟」みたいな教育があまりにも徹底され過ぎて、何があっても怒りという感情を抑えなければならないと教育されたらどうなるのか。
「怒りを感じたらいけない……」
「理不尽なことをされても仲良くしなければ……」
「自分が我慢しなければ……」
このような思考回路になっていくのは容易に推測できる。とにかく協調性を崩さず、その場を丸く収めることばかり求められるようになり、不安の中で生きるしかなくなってしまう。
(中略)
ただ「面倒を避け、対立を避け、トラブルを避け続ける」だけしか学ばないで義務教育を終われば、面倒や対立やトラブルだらけの社会では押し潰される。 世の中が理不尽なことや危険なことを教えるべきだ。
その中で押し潰されないようにする方法を教えないから、若者たちはどうしたらいいのか分からずに、最初から最後まで自分を殺して生きることになってしまう。
なぜ、「正しいことを主張する」ことを教えないのかというと、今の学校は若者をサラリーマンにするための養成学校のようになっており、「主張するより上司に従うこと」が優先されるからである。
「上司の命令が理不尽でも黙って指示に従うのが正しい生き方だ」というのを学校から教えて社会に出して、サラリーマン社会でクビにされないようにしているのだ。
相手がどんなに理不尽なことを言ってきても、自分の主張は殺してひとまず謝罪したり賠償したりするように教えているということでもある。
こんな生き方を義務教育で徹底されたら、誰でも主体性を失って流れるように生きるしかない。本当に、こんなことでいいのだろうか。
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蔵端敏博

2017年9月21日 (木)

【実現塾報告】反のエネルギーが顕在化する=何らかの可能性収束、実現可能性が開かれたということ

大阪の類塾では、主に中3生を対象に「集中講座」と銘打って、生きる意欲と追求心を再生して、活力を持って入試を突破するための追求会議(認識転換の場)を開催しています。
そこで、感じられた意識潮流の変化を実現塾で扱ったので、一部を紹介します。
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★去年までに比べて生徒の中で学校・先生に対する怒りの増大しているのはなんで?
豊かさ実現=’60安保闘争の時代の怒りの感情がポシャって以来、60年ぶりに表れてきた【怒り】という感情
これは何を意味しているのか?
’60安保闘争、’70全共闘運動のエネルギーはどこから?
表面上では「反お上・反貧困の怒り」であるが、それは2千年以上前からある。
しかしその怒りは強力な私権の強制圧力によって封じ込められてきた。それが表出してきたのは、
ついに、【豊かさ実現の可能性が開かれた】から
→その後一気に高度経済成長という形でみんな活力持って仕事やってきた
●反のエネルギーに見える現象は【反】にばかり注目してても仕方がない。それが顕在化する=何らかの可能性収束、実現可能性が開かれたという解釈が開かれたという視点に立つ必要がある。
学校への怒り爆発=反強制だけじゃダメ。それだけでは【怒り】にならない。
何らかの実現可能性がある。
★どんな実現可能性?
=みんなで楽しく追求する可能性―強制圧力がなくなったら追求したいことがいっぱい出てくる
【怒り】=脱強制の実現可能性への収束が顕在化
→自分を縛り付けてきた、抑制観念からの脱却が始まる。(「転換したもん勝ち」という生徒も)
類グループでも社員の追求機運・営業機運・認識欠乏△
強制圧力に潰される子どもたちをなんとかしないと!→能力論・活力論→講師・コンサルの意欲・追求心に火がつく
→抑制観念(自分には無理、どうせ自分なんて)→「ぶら下がり」が崩壊
=可能性が開かれた→早い者勝ち          |
    ↓                    ↓
 「どうする?」ではなく「何をする?」という意識になる
→抑制観念を脱ぎ捨てて、みんなで追求へ
****
「怒り」といえば対立や闘争のイメージがまず湧いてきますが、【可能性収束、実現可能性が開かれてはじめて顕在化する】という認識は目から鱗な気持ちがしました!
自分の中にある怒りの感情も、なんらかの実現可能性を感じ取ってのことだと思うと、その中身をもっと知りたくなるし、その発生源を追求したくなります^^
その源が自我だろうがなんだろうが、突き詰めて追求していけば、その先にはきっとみんなと一体の欠乏と充足に向かう実現回路が発掘できる♪
世界がすごく肯定的に見れるような気がした認識でした!




森明幸美

2017年9月15日 (金)

30年間も"自分探し"を続けた50代の末路「どこかに好きな仕事があるはず」

リンク
30年間も"自分探し"を続けた50代の末路「どこかに好きな仕事があるはず」
「オレ、好きな仕事しかしたくないから」
今どきのキャリアをどう考えたらいいのか。失敗から学ぶことはたくさんあります。52歳になる友人の話を紹介しましょう。彼の名前は小林シゲキ(仮名)。口癖は「好きな仕事しかしたくない」でした。
新卒で入社したのは一部上場の大企業A社。まずはエンジニアとして働き始めました。しかし仕事は先輩の下請け仕事ばかり。彼にとっては「つまらないクズみたいな仕事」としか思えず、コツコツとやり続ける同期を横目に、何もかも不満でした。「こんな仕事するためにこの会社に入ったんじゃない……」。
入社2年目のある日。ついに上司との口論になりました。
なんと、そのまま勢いで彼はA社を退職してしまったのです。
しかし、幸いにも時代はバブル直前の好況期。そして小林が選んだのは伸び盛りの業界です。彼の言う通り、転職のクチはいくらでもありました。「オレは好きなことを仕事にするぞ! あんな職場にいても芽が出やしない」。新たな旅立ちに意気揚々としていました。
「お聞きしたいのは『あなたが得意なこと』です」
そして現在。
52歳になった彼は転職活動の面接のため、ある会社の会議室にいました。自分よりも10歳以上若い面接役の課長が入ってきて、レジュメを見ながら話し始めました。
課長「小林さんですね。A社を皮切りに、さまざまな会社を渡り歩かれて、華麗な略歴ですね。当社の業務はご存じと思いますが、どのような仕事を希望されますか?」
本人「希望というより、自分の好きなことしかしたくありません」
課長「……わかりました。質問を変えましょう。小林さんの売りは、なんでしょうか?」
本人「そりゃ、いろいろとできますよ。A社では◯◯◯の部署で◯◯◯の仕事をして、B社では◯◯◯の仕事を……」
課長「そこまでで結構です。どんな仕事をしてきたかはレジュメで把握しています。お聞きしたいのは『小林さんが得意なこと』です」
本人「先ほど申し上げた通りです。『自分が好きなことしかしたくない』と」
課長「……それでは、質問を変えましょう。小林さんが好きなのは、どんな仕事ですか?」
本人「……どんな仕事が好きか、ですか……。ええっと……」
課長「……わかりました。結果は後日ご連絡します。今日はお疲れさまでした」
転職を繰り返すこと十数回。前の職場を衝動的に退職し、すでに半年が経過していました。世間は『少子高齢化で人手不足』といわれていますが、彼は書類選考で落とされ続けています。この半年で面接にこぎ着けたのはわずか2回。先ほどのやり取りは、久しぶりに書類選考が通った面接でしたが、結果はNGでした。彼は私にこう言いました。「オレは自分が好きな仕事をしたかっただけなんだけどな。なんでこうなったのだろう?」。
つまらない仕事をコツコツやっていた、かつての新入社員時代の同期たちは、今は業界で活躍中です。彼はどうかというと、間もなく失業保険が切れ、貯蓄もありません。「近所のコンビニのバイトは時給1200円だって。時給が高くなったよな。次の就職までバイトしようかな……」。ため息まじりに語る彼に、かける言葉はありませんでした。
「好きなことだけしたい」は結局「自分探し」にすぎない
これは実際にいる知人をモデルにして一人の話にまとめたものですが、あなたの周りにもきっと同じような人がいると思います。
彼の何が問題だったのでしょうか? 結論を言えば、30年間ひたすら「自分探し」しかやっていないからです。どこかに「本当に自分が好きな仕事がある」と考える。そしてひたすら「好きな仕事」に巡り会うチャンスを追い求めてきたのです。
<一部省略>
小林の場合も、「これだ! これぞオレがやりたい仕事だ」と意気揚々と職に就いたものの、「話と違うじゃないか。これはオレがやりたい仕事じゃない」と失望し、離職することを繰り返してきたのです。
最近、まさに小林が望むように「好きなことを仕事にしている人」に出会う機会がありました。その人は30歳のカメラマン助手で、ある芸能人の写真撮影でご一緒しました。
「どのくらいこの仕事をしているんですか?」
「10年です。助手以外にもフリーランスで写真全般の仕事を受けています。ボクの天職ですよ」
彼は高校を卒業後、もろもろの事情で大学には進学せずに就職を決め、カメラメーカーに就職したそうです。当初は希望しない仕事だったため、大学に進学した同級生がうらやましかったと言います。仕事は「販売支援」として、小売店の店頭でカメラを売ることでした。どうにか販売台数を増やそうと、自分が撮影した写真を「作例」として店頭に出してみたところ、お客さんが興味を持ち、カメラが面白いように売れ始めました。これが初めて「写真は面白い」と思ったきっかけだったそうです。そのうち写真の修整の仕事も始めました。そして徐々に仕事が広がり、現在は独立して写真の仕事をしています。
2人の差はどこにあったのでしょうか? どんな仕事でも楽しい部分もあれば、イヤな部分もあります。やりがいは0か1かではありません。0から1の間にあるものです。小林は「本当に自分が好きな仕事は、必ずどこかにある」と考え、探し続けました。一方で写真の仕事を見つけた彼は「やってみると面白い」と、与えられた仕事のなかから楽しさややりがいを見つけ出しました。つまり、与えられた仕事でもイヤな部分ばかりを見ずに、自分なりの楽しめる部分を見つけ、それを育てて広げていくことを考えるべきなのです。
小林の問題は、実はもう一つあります。すでに50歳を過ぎているのに、ビジネスパーソンとしての「売り」、言い換えれば「商品力」がないことです。明らかに彼は「自分という商品づくり」を怠ってきました。今の時代、商品力のないビジネスパーソンに需要はありません。これは彼だけではなく、日本の多くのビジネスパーソンが共通して抱える課題でもあります。
会社から次々と与えられる仕事を必死でこなし続け、会社の社内事情や会社独自ルールにはかなり詳しくなる。しかし、「○○社の○○さん」という会社の看板を外した時、あなた個人として、何ができるでしょうか? 現実には、即答できる人はそれほど多くないでしょう。




今井勝行

将来に悩むより、まず自分の”心の鍛え方”を知ろう。

将来のことをあれこれ思い悩んでいる学生ほど、動いていないし、何も知らない、知ろうとしていない。
だから、「まずは動いて、心を鍛える」ことが、第一歩。
リンクより引用させていただきます。
先日、大学3年生のブロガー・けいぼーくんから相談をもらいました。
大学卒業した後のキャリアについて、悩んでます。
フリーランスになりたいとも思っているのですが、新卒フリーランスで食っていく自信は今のところ正直ありません。
なので就職することも考えていたのですが、
1.(インターン経験等で)企業で働くことが向いてないことが明確にわかった
2.周りの新卒フリーランスやフリーランスの方々の生活がうらやましい
といったこともあり、どう選択すべきか悩んでいます。
相談内容はざっくりとこんな感じで、今後の進路に悩んでいる様子でした。
で、わたしはこの相談を聞いたときに、「これは進路うんぬんよりも、まず心の鍛え方を知った方がいいんじゃないかな」と思ったわけです。
◆心を鍛えなければどちらを選択しても幸せにならない
たとえばこの相談に対する回答として「フリーランスになりたいならなっちゃいなよ!」とわたしが言ったとします。でもけいぼー君はその回答を聞いたとしても、「よしなろう!」とはならないだろうし、まだ不安で決断できないと思います。なぜなら自分に自信が持てていないから。フリーランスになりたいとわかってても、そこでやりぬく自信がないから一歩を踏み出せないんです。
だからといって就職を選択したとしても、「本当はフリーランスになりたかった・・・」ときっと後悔をひきずることになる。選択だけしても、根本的な解決にはならないんですよね。
だから選択をする以前に、まずは自分の中に「自分ならどちらを選んでもやっていける」という自信をつける必要がある。そういう心を鍛えなければ、根本的にこの悩みは解決しないと思ったわけです。
◆「自分なら大丈夫」と思えればどうとでもなる
わたしは「お金を稼いでるからすごい」とか「お金を稼いでいなければフリーランスになれない」というのはちょっと違うかなと思っていて、「自分ならできる」という確信があるかどうかだけかなと思うのです。
実際わたしのまわりにいるフリーランスを見ても、「お金はないけど自分ならなんとかなるかなと思って独立した」って人はしぶとく生き残っているわけで、そういう確固たる自信がめぐりめぐって信頼の蓄積につながり、結果的にお金が生まれるんですよね。
だって、「できるかどうか自信ないです」って人と「やってみせます!」って人がいたら、後者の方に仕事頼みたくなるじゃないですか?
わたしが独立したときも、会社を辞めた時点でまだ4万円くらいしか稼いでなかったし・・・。でもあのときのわたしは、「自分ならやれる」という確信があった。だから今までやってこれたのだと思うんです。
「できる」と思える人は、「じゃあどうすればできるのか?」と思考を一歩前に進めることができるんですが、「できないかも・・・」と思っちゃう人は、「自分にはできるのかできないのか」というところで思考が止まってしまうんです。
「思考は現実化する」と言われるように、自分がいま感じていることはそのまま現実に映し出されるってことですね。
◆目標が高すぎないか?他人と比べていないか?
怠惰な大学生活を送っていたわたしからすれば、そんなふうに大学生のうちから真剣に今後のことを考えられるだけですごいと思ってて、それだけでも尊敬します。
そして彼は実際に自分でブログやメディアを立ち上げて、収益を少しずつ出している。実際に自分でゼロからお金を稼ぐ体験をしているんです。
学生のうちからこんなふうにお金を稼ぐ経験ができただけで、わたしは「もっと自信を持っていいんじゃないかなぁ」と思うんですけど、どうにも彼は自信が持てないそうで。
はたから見ればいろんな経験をして「あの人なら大丈夫そうだ」と思っても、本人はどこか自信なさげになってしまうのは、目標の位置が高すぎるか、もしくは他人と比較してしまうからなのかもしれません。
彼はきっと「これくらい稼いでいなきゃ独立できない」と目標を高くしすぎていたり、「あの人より結果を出さなきゃ独立できない」とどこかで他人と比べてしまっているのかもしれない。
きっとここが”自信”を阻害する大きな原因だと思うんですね。
わたしの経験から、”自信”というのは「他人と比べず、自分の中で小さな成功体験を積み重ねる」ことでついてくるものなんです。読んで字のごとく、”自分を信じる”ってことですからね。
結論:いろんなチャレンジをして経験を重ねよう。
「根拠のない自信」ってよく大事だって言いますが、あれってどこからやってくるものかわかりますか?
わたし的には「経験の積み重ねによる”自分ならできるかも”という直感」からくるものだと思うんです。
少しの挑戦から小さな成功体験を積み重ねていって、「なんだ、結構自分やれるじゃん」という感覚を味わい続けることでその直感が磨かれ、根拠のない自信につながる。
このサイクルがうまく回るようになれば、きっと自分自身に確信が持てるようになると思うんです。だから、大学生のけいぼーくんが今やるべきは、「新しいこと、やったことがないことにチャレンジして小さな成功体験をする」ことかなと。
一見自分が成し遂げたいことと関係なくてもいいんです。きっとどこかで役にたつときがくるから。
他人の声に惑わされなくていい。大きな目標を達成しなくていい。まずは自分ができそうなことから始めてみる。
途中で失敗したらそれはそれで「うまくいかない方法を見つけた」という経験を積み重ねるので、どちらにしろ儲けものですよね。しかもそれを学生のうちに経験できちゃうんだから、わたしはものすごく羨ましい。。。
学生のうちに「うまくいかない方法」をたくさん見つけておけば、いざ社会人になったときにぐっと「うまくいく方法」を見つける可能性も高まるしね。
将来のことをうんぬんかんぬん悩む前に、まずは自分の心を鍛える経験をしていこう!



 
月あかり

2017年9月13日 (水)

入社三か月目の私が「教育係」を任されて学んだ事。

入社して三か月(正社員になって数日)して店長から一言。「専門学校からインターン生が来るから教育係になってほしい」。
私は足つぼ師としてマッサージの仕事をしていますが、自分の能力さえおぼつか無いという状況下で「大丈夫かなぁ」と不安でいっぱいでした。
そして合計十日間、アルバイト経験さえほとんどない、学歴も旧社会からすればないに等しい20歳そこそこの男の子に僕は何かを伝えなけれればいけない立場となりました。そこで感じたのは「これは本当にいよいよ自分は旧観念まみれで危険すぎる」ということと、人を育てるということはこういうことなんだという大切にしたい経験の二点です。それを発信・共有をしたいと思います。
●いやぁ、無理だろ時間が無さすぎる、、、。
インターン初日。その男の子が来てくれましたが、私には全く「教育係」のイメージが湧いていませんでした。というのもどう考えても私が仕事を教える時間が無さ過ぎたんです。マッサージは一人のお客様に1人の施術者が当たり前ですが、付きます。人気店の為、休憩時間以外、まとまった時間などほとんどありません。私に与えられたレクチャーの時間は開店直後の30分。単価の高いこのお店に求められる接客やご案内など、初歩的な事すら教えられず時間だけが過ぎました。
こうなるとどうなるかというと僕が施術に入るとインターン生は棒立ちになります。申し訳ないと思いながら自分にはどうすることもできませんでした。もちろん空き時間などに一所懸命教えるのですが、考えられないくらい疲労してしまいました。
●「教育係」としての歴然とした差
私の所属するお店には幸運なことに店長経験者が三人もいました。この人たちを真似しようと様子を見ていると動きが全く違っていました。一言二言話すだけで「自分たちが手が離せない状況になってもインターン生が動いてくれそう」というイメージが出来る。「お願いの仕方が上手い」というのが第一印象。でも実際は「人を育てる」ということに対して私と決定的に捉え方が異なっていたということが後から分かります。
だからこの人たちは「とりあえずやってもらおう、後からフォローすれば良いし」と放り込むスタンスを崩さないし、盛んにインターン生の話題をバックヤードで話していました。
●店長との「人に教える」時の捉え方の違いに気付いたきっかけ
なんで職場の人は楽しそうに余裕を持ってインターン生を教えれて、私は一杯一杯なんだろう。「教育係」としての悩みを数分店長に聞いてもらい、店長が一言。
「そんなに難しく考えなくていいよ~、インターン生がどこまでできるようになって、周りの人に何をしてもらいたいか、情報共有してないから大変なんじゃない??」
あ~なんだ簡単やーん。そうしますー!とすっきりしてから言われた通りにしてみると、教えらられること、経験してもらいたいことが二倍速で進むようになり、職場全体が安心して私に「教育係」を委ねてくれるようになりました。
そして僕は疑問に思いました。「なんでこんな簡単なことが見えなかったのか」。
●学校制度が植え付ける「教える」は社会にとって猛毒でしかない。
その問いに答えるのに時間はいりませんでした。人に何かを教える。育てるというイメージ、原体験が私の場合、学校の先生しか思いつかなかったためです。つまり1から10教える、先生と生徒の垂直関係、1日中「教えられる立場」(=生徒)など、学校では当たり前の価値観が、働く場(社会はこちらが中心)ではそんなものはどこにも存在しません。
8時間施術すればお金に換算すれば3万円ほどの売り上げになりその積み重ねが会社の貴重な売り上げになります。それを何時間も「教える」に割くというのは表面上は正しそうに見えますが、歴史を見ればわかる通り、生産に関わらせない人間にさらに自分の生産時間を割き続けることが如何に不自然なことなのか、考えてみれば分かります。
そして本当の学びは実際の現場で自分も生産に関わることでしか得られませんし、本当に危ないことだけその都度教えればいいのです。30分は少なすぎるのではありませんでした。「十分すぎた」のです。
また、教えるという指示を受けた途端、「私」と「インターン生」の関係しか見えなくなることや、「私の時間」など急に視野が狭くなり、思考停止に陥るのもこの学校制度で植え付けられた旧観念群が原因だと考えられます。
別にみんなで情報共有しながら代わる代わる見守れるし、むしろその方がインターン生も安心して生産に関われる。みんなも安心して期待を注げる。自分はそんな関係性を作り出せると期待されて「教育係」を任されている。
そんな組織の期待すらも見えなくさせる学校制度。危険すぎます。それに気づいたのはインターン期間終盤になってからです。
●「村上さんから学ぶこと、本当にたくさんありました。」
それでも成果はありました。インターン生がアルバイトを志願してくれたんです。インターンを受け入れる最大の目的が求人者を得ることなのではないかと考えると最大の成果だし、単純に嬉しいことです。
そして最終日、インターン生は言葉を詰まらせ本当に色んなことを感じてくれたんであろうそのトーンで私に「たくさん学ばせて頂きました。本当にありがとうございました」と言ってくれました。
私は「教育係」としては前述のこともあり無能でした。でも「お客様に喜んでもらうと本当に嬉しい。私たちはそうなってもらうにはどうしたらいいかを真剣に考え、またそのために働いている」ということを体験として得てほしかったんです。
自分自身が何よりもそれを体現し、そうさせてくれる職場に感謝をし、そしてインターン生が1人の生産に関わる対等な人間であるというスタンスを徹底しました。だから悩みも言う。
彼が感謝してくれたのは「働くということは最大の幸せである」ことを感じてくれたからではないでしょうか。
どんな立場になっても「教育係」として伝えなければいけない最大のメッセージはこれだと思います。それが組織全体の「人を育てたい」という気持ちの推進力となる。それが欠けたらどんな教育論もマネジメント理論も、私は実現しないと思っています。




むらかみたけし

2017年9月 4日 (月)

確かに赤ちゃんに可能性を感じますが、大人が封鎖されている力を解放するにはどうする?

今から25年以上前に学生だった私は、正直な所、学校の勉強が何の為に役立つかは分らないまま、やるしかないか・・・と、答えも持たずに捨象していました。
この時点で戦前の方達(国・自分達の暮らしを豊かにしたいと「志」を持って考えていた方々)と比べても、明確な目標も無くやる気が落ちていると思っています。
これらの突破口として、尾崎さんが( 327733 )で仰られるように赤ちゃんを同化対象に考える・・・。
赤ちゃんを良く注視すると、
・やる気が凄い!
・集中力が凄い!
・追求力が凄い!
・全ての対象が未知&可能性!だから、何でも興味を持つ!
・同化(一体化)しようとする力が凄い!
学校・テストの強制圧力に晒され、やる気を失ってきた私たちも、赤ちゃんの時にはこのような力を持っていましたよね。
では、私たちの中で眠っている?封鎖されている?力を解放するにはどうする?かが、今後の追求課題だと考えています。



塩貝弘一郎

2017年9月 1日 (金)

「平均」や「標準」を根拠にした思考は思わぬ失敗を生む

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■定年まで正社員として勤めあげる人は34%!?
 2017年5月に経済産業省が若手・次官レポートとして発表した「不安な個人、立ちすくむ国家」は、「結婚して、出産して、添い遂げる」、「正社員になり定年まで勤めあげる」という「昭和の標準的人生」が21世紀には一般的ではなくなったため、この標準に基づいて設計された日本の制度や価値観が現代社会のあちこちに大きなひずみをもたらしているのだとしている。しかしながら、1950年代生まれにおいても定年まで正社員として勤めあげる人は34%に過ぎなかったという。彼らの人生が標準的なのだとすると、過半数のはずの66%の人々が歩んだ人生は例外的なものだったということだろうか。そもそも、一度しかなく、それぞれにバラバラのはずの人生の“標準”とは何を意味するのか。
『平均思考は捨てなさい』は、わたしたちの思考がどれほど平均や標準に縛り付けられているか、そしてその呪縛のためにどれほど多くの可能性が見過ごされてしまっているかを人間の個性、企業による標準化、新たな教育の可能性などの多角的な視点から考える一冊だ。この本は、人生はそのどれもが本質的に個性的であり、「標準的人生」など存在せず、平均的な人生と自らの人生を比べる必要はないのだということを教えてくれる。平均思考から解き放たれ、個性に光が当てられるようになれば、わたしたち一人一人の未来はより明るいものになるだろう。
 平均思考はときに、人命に関わる重大な問題をも引き起こす。1940年代の米空軍は、ひどいときには一日に17人ものパイロットが墜落事故に遭うほどの、飛行機制御の不安定さに頭を抱えていた。電気系統やパイロットの飛行技術など様々な要素に疑惑の目が向けられたのち、最終的に原因と考えられたのはコクピットだった。1926年に初めて設計されたコクピットは、その当時の何百人もの男性パイロットの身体データの平均値をもとに規格化されていた。軍の技術者たちは、その後の20数年でパイロットの体が大きくなり、古い基準に基づくコクピットにフィットしなくなったのではないかと考えたのだ。
そこで、1950年に空軍は改めてパイロットの体を計測し、最新のデータを集めることを決めた。このときの空軍が幸運だったのは、このプロジェクトに、ハーバード大学で形質人類学を専攻し、人体が個々人でどれほど大きく異なるかを熟知していたダニエルズ中尉が参画していたことだ。ダニエルズは4063人から得られたデータを基に、身長、胸回りや腕の長さなど10カ所の平均値を割りだした。そして、10項目すべてにおいて平均範囲におさまるパイロットがどれだけいるかを調べて衝撃を受けた。4063人の内10項目全てが平均内の者はただの一人もおらず、3項目だけに絞っても該当する者はたったの3.5%しかいなかったのである。
 平均的なパイロットは、この現実世界のどこにもいない、統計世界のみの存在に過ぎなかったのである。平均的パイロットに適応するように設計されたコクピットは、すべてのパイロットが使いにくいコクピットだったということだ。空軍はダニエルズの提案を受け入れ、コクピットの設計を平均に基づき規格化されたものから、パイロットが個々に調整可能なものへと変更した。そして、飛行技術は格段に向上したという。ダニエルズは1952年の時点で、こう結論している。
“平均的な人間に基づいて設計されたシステムは最終的に失敗する”
■「平均」という考え方を人間にあてはめた人
 平均という考え方を初めて社会科学に持ち込み、人間にあてはめたのは1796年生まれのベルギー人アドルフ・ケトレーである。彼が生きた19世紀初頭、一流科学者の多くが天文学に夢中になっていた。この時代の課題は、測定者によって天体速度の測定値が異なることであった。そこで、別々に計測された値をまとめて平均値を割り出すことで、測定誤差を最小限にするという方法が考案された。ケトレーは、これをそのまま人間に流用し「個々の人間は誤差を伴うが、平均的な人間は真の人間の象徴だと宣言」することで、多くの知識人から高く称賛され、世間の平均に対する考え方の基礎をつくった。この時代における平均人は、平凡でつまらぬ者ではなく、完璧な人間であると理解されていた。
この平均に対する憧憬を一変させたのは、ケトレーより20年少々遅れてイギリスに生まれたフランシス・ゴルトン。階級社会イギリスの上流階級に生まれたゴルトンは、平均に階層の概念を加えた。ゴルトンは、ケトレーとは異なり、平均からの逸脱を単なるエラーであるとは考えなかった。ゴルトン、平均から上方へ逸脱したものを「有能者」、下方へ逸脱したものを「低能者」としたのである。平均以上であることに価値があるというゴルトンの思想はあまりに広く深く現代社会に浸透しているため、にわかには信じがたいが、平均が意味するところを正常から凡庸へと変化させたのは、「ほぼ100パーセント、ゴルトンひとりの手柄」であるという。
■平均や標準化は人類に大いなる繁栄をもたらしたことも忘れるな!
 平均や標準化は、人類に大いなる繁栄をもたらしたのだということも忘れてはいけない。標準化による大量生産を謳ったテイラー主義こそが20世紀に前代未聞のスピードで、労働者の賃金を向上させ、消費者に手ごろな価格で便利な製品を提供し、多くの貧困層を救ったのである。著者も、その功績は過去一世紀のどのような経済政策よりも偉大であると認めている。ゴルトンに端を発した平均思考が、20世紀の大量生産・大量消費の時代を通じて、どのように世界中を覆っていったのか、人々の思考をどのように変質したのか、著者は丁寧に分析していく。その過程で、便利なはずの平均や標準化には大きな副作用が伴っていたことが明らかになっていく。




高橋謙太

2017年8月30日 (水)

「身体の持つ受信能力」をフルに使って、“相手から見た”真正面に対峙する

>私が向かい合おうとした時の、相手の方の私に対する感想は、「ただ突っ立っているだけ・遠い感じがする・こういうことを真似てすれば良いのだろうという、どこかで高を括った感じ・形を真似ているだけ・地蔵のよう」等々というものであった。
向かい合う気持ちを強くしよう、しっかり見よう、もっと感じようと思っても、「独りよがり・自分だけ熱くなっている・私に向かい合っていない・自分のことだけを気にしている」との感想を受けた。
結局、全て自己満足でしかなかった。
>「武禅」の場で、相手の方はハッキリ私に対して感想を言ってくれて、私自身はこんなにも思い込みの中で、自分勝手に自分を良いように考えていただけであったことを知りました。
やろうと思っている事が出来ておらず、それにもかかわらず出来ていると勘違いの自分が日常なのだという事を知りました。
>「聴く」ということ。
これが自分にとっては最も難しく、「ただ聴く」「ちゃんと聴く」これが本当に出来たら、相手と本当に良い関係が結べるのだろうなと思う。
>そんなことよりも、心が震えて止まらなかった。
本当に向かって来てくれた。
その時の感動は、意識して見れば何が起こったのは分からない。
でも、凄いものが凄い大きな力。
自分自身が感動しているということは、こんなことか!これが出来るようになりたいのだ。
ならないと人間じゃない。
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こんばんは☆
これは、「武禅」という修行に参加された方の感想の一部です。どんな修行なのか、とても興味が湧きますよね!
開けても暮れても人間関係。相手の活力を上げようとするとき、私たちはその目の前の相手を未知なる存在として捉えられているでしょうか?
人と向き合うこと(=自分と向き合うこと)を武道で追求しておられる日野武道研究所サイトより紹介します。
続きはこちら→リンク




男と女の職場話

2017年8月25日 (金)

わからないものに関心を集め続けること

こんばんは☆
わかった!となったときにキラキラする子どもたちの目
未知なるものを追求するときのワクワク感
みんなのやる気に火をつけられたときほど、己の力もみなぎる。そんな経験はありませんか?
人類の活力源たる『未知収束』『追求充足』とはどういうものだろう?
そんなことを考えさせられた、数学者岡潔氏の思考。紹介します。♪
続きはこちら→リンク




男と女の職場話

2017年8月21日 (月)

書評紹介『平均思考は捨てなさい』~私たちは「平均」に支配される社会に抗えるのか

ハーバード教育学大学院の心理学者トッド・ローズの著書『平均思考は捨てなさい』を紹介します。
 今の社会では、テストの評価/成績を平均の上か下かで評価やランク付けが行なわれ、受験では評価やテストの点数が平均的な受験生と比べられ、就職では、評価やテストの点数だけでなく、スキルや経験年数、性格検査の得点までが平均的な応募者と比較される。そして、多くの人が、自分が「普通」でいられているか、「平均」からずれていないかをひどく気にする。
しかし、実際には、平均的な体形を計算で割り出しても、現実にはその体形の人をほとんど見つけることができうず、スキャンをした脳の活動マップの平均を割り出してみでも、その平均マップと同じ脳の人はほとんどいない。つまり、平均的な人間は、ほとんど現実には存在しない。私たちの意識が「平均」という言葉に騙されているにが実態だ。
 アメリカの書籍ですが、あるで今の日本のために書かれたかのような内容です。
以下、私たちは「平均」に支配される社会に抗えるのか――書評『平均思考は捨てなさい』(リンク)より一部転載。
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■社会は平均に支配されている
 私が高校1年生の時、とても難解な試験を課す日本史の教師がいた。いまでも、テストが始まった瞬間の衝撃を思い出すことができる。試験開始を告げるチャイムが鳴って問題をめくってみたはいいが、そもそも何を問われているのかわからない。ほぼすべてが難関大学受験レベルの論述で構成されたテストは、よくある単語の知識ではなく、歴史に対する本質的な理解が問われていた(いま思えば、とても良い先生だった。いま思えば、だが)。
 その結果、私のように付け焼き刃の準備で臨んだ多くの生徒にはペンを動かすチャンスすら与えられず、後日発表された試験の平均点は20点。お情けで8点と書かれた答案が返ってきた私は、見事に赤点だった。ただ、同じテストを受けた同級生に声をかけると、10点以下の“赤点仲間”が続出していた。その理由は単純で、私を含めた不勉強な怠け者と、勤勉な高得点者が多数を占めていたからだ。現実には、加算の「平均」として示された20点を獲得した生徒はほとんどいなかったのである。だが当然のように、その学期の評価は平均点を基準に行なわれた。
 本書は、邦訳のタイトルに象徴されるとおり、「平均」という評価基準に支配される社会へのアンチテーゼである。現実社会には「平均的な人間」など存在しないということを示すと同時に、それによって人々の個性が失われている現状に警鐘を鳴らしている。
 たとえば、「はじめに」で示されるエピソードは、平均への過剰な期待を表す典型例としてわかりやすい。20世紀に実施されたあるコンテストは、婦人科医の権威であるロバート L. ディッキンソンが1万5000人もの若い成人女性のデータを参照し、平均的かつ理想の女性像として導いた「ノーマ」の体型に、最も近い人物を選ぶために開かれた。だが、コンテストの結果を見ると、応募者3864人のうち、審査対象となる9つの部位すべてで平均の範囲内に収まる人物は一人もいなかった。わずか5つの部位に限定しても、それは40人未満にすぎなかったという。
 本書で特に興味深いのは、こうした具体例をていねいに紹介しながら、社会が「平均的な人間」という概念を歓迎するようになった背景と、それに抗う科学者の歴史が丹念に描かれている点である。そして、その最たる例であり、社会に大きな影響を与えた考え方として、本書では、経営学ではなじみ深いフレデリック・テイラーによる科学的管理法が挙げられている。
 テイラーが提唱し、労働者の個性を重視しない平均主義に基づいたその管理法は、組織から無駄を省き、徹底的な効率性を生み出した。当時の経営環境を考えれば、その功績は計り知れない。また、学問の世界がその発想に囚われることはなく、テイラー主義そのものは時代を経て見直され、経営学が着実な進歩を遂げていることも付け加えておきたい。一方で、「平均は理想の姿であり、個人はエラー」という基本的な考え方は現代社会にも根強く残っている旨の筆者の主張には、うなずく点も多い。
 たしかに、平均点、平均身長、平均年収、平均寿命など、世の中には「平均」を枕詞にした言葉で溢れている。自分がその範囲に収まることがある種の安心感を生み出すだけでなく、そこから外れている人が批判の対象になるケースは少なくない。そして、それは最終的に、個性が評価されない残念な社会につながっていることは事実ではないか。
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斎藤幸雄

«「常識」と云う思考停止が、社会を崩壊させる。

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