2017年11月30日 (木)

「節操がない、信頼できない、共感できない」野党大敗北、3つの理由②

「ズレた理屈」を振りかざす
節操がなく、信頼できる政策もないのに「妙に理屈っぽい」。これが野党敗北の第3の理由だ。それは左に傾けば傾くほど、顕著になる。たとえば、立民は今回の躍進を受けて希望や元民進の無所属議員たちと連携を強めるのかと思いきや、そうではない。
立民の枝野代表は選挙後、「数合わせのような行動はとらない」と強調し、希望はおろか岡田克也氏が中心の無所属グループとも国会で統一会派を組まない方針を決めた。
岡田氏は会見で「希望と立民の結節点になる」と意欲を見せたが、立民の硬い方針を受けて、国会では「無所属の会」という院内会派を結成した。
なぜそんなに頑なになるかといえば、彼らはタテマエと原理原則、理屈にこだわるからだ。「それは排除の論理をふりかざした小池氏だって同じではないか」と思われるかもしれない。だが、小池氏には理屈があったわけではない。彼女にあったのは「政権への野望」である。
野党は政権への野望より前に理屈がある。それが現実に根ざした理屈であるならまだしも、肝心要の現実認識がズレている。安倍政権打倒が最優先であり、中国や北朝鮮の脅威とか景気回復をどう実現するか、といった政策課題は後回しである。
分かりやすく言えば、まず安倍政権を打倒する。なによりこれが目標だ。その目標を達成するために、使える材料はすべて使う。モリカケ問題はその典型だった。自分たちが政権を奪取したらどうするかは、後で考えればいいくらいに思っている。
それならそれで徹底して野党が一致団結すればいいのに、理屈っぽいから細かい点で一致できず結局、バラバラになる。選挙が終わっても、まだバラバラなままだ。
共産党は「憲法や自衛隊問題を棚上げして共闘を呼びかけた」と言う。だが、それで選挙に勝って政権をとったら、いつまた棚から下ろすか分からない。もっとも左にいる共産が1番頑固で、自分たちの理屈を絶対に曲げないのである。
私は左の共産党が理屈でがんばっている限り、野党が再び政権を奪うことはないとみている。彼らは共闘から外されれば、自前の候補を擁立するしかない。そうなればまた野党の仲間割れになるからだ。
野党は以上のように節操がなく、政策がなく、そのくせ理屈っぽい人たちの集団である。これは、かつて40年以上も前の学生時代に私が経験した左翼たちの実態とまったく変わっていない。それでもかつての自社2大政党が国会を牛耳った55年体制はとっくに崩壊し、野党勢力は衆院で3分の1にまで転落した。
野党はいつになったら目覚めるのか。復活の兆しはまだ見えてこない。




大川剛史

2017年11月29日 (水)

神との契約

西洋人の思考は、皆殺しの略奪闘争の結果である極度の自我収束によって発生した、個人間の反発力ゆえに集団を形成できないという現実問題から始まる。しかし、敵への対応も、食料確保も、共認充足も、集団に属さない人間は得ることが出来ない。
そこで、生きるために、この個人間の反発力のこしたまま集団を形成すべく、地上の目の前の人間を共認対象とするのではなく、利益を与えてくれる天上の神と個別に一本の糸で結ばれたような、観念上の共認である契約を行った。
そして、同じ目的で、同じ神と契約を行った人間同士は仲間であると観念から仲間を逆規定し、自我の持つ個人間の反発力を、その目的である共通の利益のために封印した。
このことにより、同じ利益を追うものは仲間であるという共認でなりたつ、人工的な観念共認集団ができあがり、利益の確保や仲間との部分的な共認充足を得ることが出来るようになったが、最大の共認充足は、自我充足のままである。よって、この目的が崩れ去ると、再び敵同士になる




 
本田真吾

ネガティブだと思われているが、実際には健康的な7つの感情・行動【その1】

ひとことで言うなら「不整合を流すな・溜め込むな」ということか。
《以下引用》リンク
もっとも健康的な行動とは、あなたが単純に本物の自分らしくいることです。しかし私たちは、そういった行動を自分自身の行動が健康的でないと思い込んで避けることがよくあります。
あなたの心と体は、あなたが必要としていることを知っています。本物の自分自身の声に従うことが重要な理由を思い出す必要がある時は、実際には健康的なのにネガティブと考えられることの多い、次の一般的な行動を再確認してください。
1.怒ること
多くの人は怒りの感情を表現することを避けようとしますが、怒りを表現することは非常に解放的な経験となることもよくあります。怒りを感じ、それを健康的な方法で表現することで、私たちは自分の人生に力強くポジティブな変化を生み出すことがあります。
怒りとは不当な扱いを受けたり、個人的な境界線を侵害された時に私たちの中で持ち上がってくる感情の一つに過ぎません。このエネルギーは、私たちの苦しみの原因となっている不適切な状況を取り除くという使命を始めようと生まれるのです。
そのためにはまず怒りのエネルギーを受け入れて、ポジティブな目的で使う方法を学んでください。怒りを感じたとき、よりよい変化を作り出すためにその怒りをポジティブに表現する方法がないかを考えてください。
怒りの感情を否定して避けようとすると、たとえば激怒や鬱(うつ)のようなあまり健康的でない存在に変化してしまうことがあります。健康的な怒りりは、あなたを守り、解放するために存在しているのだということを理解してください。
2.迷い
私たちが迷子になるのは、方向感覚を失った時です。しかし私たちは迷子になった時、一瞬一瞬に注意深くなり、自分の本能に耳を傾けるようになります。大都市や外国で迷子になったことのある方は、行く先を探している間に素晴らしい発見をすることもあったのではないでしょうか。
人生においても同じことが言えます。迷子になるのも旅の重要な一部で、迷子になって自分だったら絶対に選ばないような道を堕ちていくような感覚を感じる時に、素晴らしい自分自身についての発見をすることもあると知り、受け入れてください。
今まで知らなかった才能を発見したり、以前のままだったらできなかったかもしれない友人や仲間を見つけることもあります。
今、道に迷ったように感じていたとしても、永遠に迷子のままという意味ではありません。あなたは自分自身の道を探し出すために時間を使っているだけであり、周りの世界があなたにとって最善の方向に向かうために必要なインプットを与えているということです。自分で望むことは決してないだろうというインプットこそが、私たちを正しい方向性に向ける結果となる、ということはよくあることです。
《続く》




洞口海人

ネガティブだと思われているが、実際には健康的な7つの感情・行動【その2】

《以下引用》リンク
3.泣くこと
泣くことは怒りと同様、人間が特定の状況に対して見せる感情的な反応です。四六時中泣いてばかりいたいと思う人はほとんどいませんが、しかし人生で涙が流れるような瞬間を誇らしく思うことは大事なことです。失った悲しみの涙の場合もありますが、喜びから流れる涙もあります。
私たちが泣く時、魂がエネルギーを放出させるきっかけとなります。このエネルギーを放出させない場合には、有害なエネルギーになったり私たちを硬直した状態させることもあります。
泣くことで外の世界に向けられた私たちの性格や見た目を柔らかくすることも多く、自分の周りの世界から影響を受け、感じ、気にかけたり悲しんだりするということを他者に知らしめます。
ですので、泣くことは深い悲しみを解き放つだけでなく、自分は人間としてオープンで弱さを持った存在であるというシグナルを他者に送り、どんな理由があっても絶対に泣かない人間よりもより魅力的な友人やパートナーとなりえるのです。
4.孤独でいること
一人でいることをネガティブなことと考える必要はありません。必要のない社会的活動から自分を切り離し、自分のより深いレベルに潜り込んでいるだけである場合もよくあるからです。
もちろん、誰かが自分の殻にこもっている場合に心配した方がいいこともあります。しかし世界で最も偉大なアーティストや作家、思想家の多くは、より深いひらめきを見つけ、自分たちの創造力を再び燃え立たせるために一人の時間をすごすことに至高の価値を見出すということもご理解ください。たまには外部からの刺激を遮断し、自分自身となる時間を過ごすことも必要なのです。
一人でいる時間が必要だと感じる場合、その感覚を信じて誇りに思ってください。一人で公園を散歩したり、一人旅に出かけることで、あなたの目的意識を完全に刷新するようなレベルの内省がもたらされることがあります。
自分にできる最も健康的なことが独りになること、という状況もあるのです。
5.人の話を聞かない
他人の言うことに耳を傾けないということは、反社会的、あるいは傲慢な態度だと思われることもよくあります。しかし時には、自分の直感に従って、自分の内側からの呼びかけに対して自由になる必要があることもあります。
強力なビジョンから目を逸らさないためには、そのビジョンを理解していなさそうな、あるいは見ていない者の意見を無視する必要があるのです。自分自身を信じ、与えられたアドバイスを聞かない方がいい理由があるかもしれないということをご理解ください。
人の意見を聞かないということはまた、一定の優れた判断力があることの表れでもあります。
周りのいうことを聞いてばかりの人は、まるで舵のない船の船長のように、内部の強い方向感覚が欠けた人のように見えることも多いでしょう。
他人の言うことを聞くべき時と、そうでない時の区別がつけられるくらい賢明になってください。
他人が言うことに反しても自分の直感が進めといっている時は、その直感を信じてください。
6.ルールを破る
ルールを破ることで、あなたの人生だけでなく他人の人生にもよい影響がある場合があります。ルールはどこかの誰かによって作られたものですが、完璧な人間などどこにもいないのですから。
ルールが作られた背後の思惑を読み取るご自分の能力を信じ、そのルールがより大きな善のためになるかどうかを自分で判断してください。
アートや科学、社会におけるほとんどの革新的なものは、誰かが言われたままのルールに従うことをやめて、不当なルールに挑戦する勇気があったからこそ起こります。
世界でも最も偉大なルール破りの達人には、ローザ・パークス(アメリカの黒人人権の活動家)やガンジー、ジョン・レノン、マーティン・ルーサー・キングJr.などがいます。彼らのようになることを恐れる必要はありません。
7.社会不適合
社会にうまく適応できないことは、特に十代の頃には痛みを伴ったり、居心地の悪いものであったりもします。しかしそれは、あなたが革新者で、常識を遥かに超えた何かをもたらすことができるということを意味している場合もあります。
私たちが社会に適応するということは、通常は私たちの考え方や感じ方、想像することでさえコミュニティと同調しているからです。
他人が私たちに期待している限定されたイメージから一歩踏み出すと、その社会に適応することはできなくなるかもしれません。しかしそうすることによってのみ普通に受け入れられている信念や考えの範疇の外側の世界を探索することができるようになり、そこで初めて革新的なものを生み出したり、新しい考え方やアイディアを豊かに生み出すことができます。
未来が過去に上手く適合することは絶対にありませんから、あなたがたとえ他人と上手く適合できなくても「今」に存在している自分自身を受け入れてください。
あなたの新しい考えが、最終的には他人が通ることになる、新しい道筋を作り出す可能性もある、ということを覚えておいてください。
《引用以上》




洞口海人

2017年11月28日 (火)

「節操がない、信頼できない、共感できない」野党大敗北、3つの理由

落選を「人のせい」にする無節操
総選挙での敗北を受けて希望の党が大荒れだ。立憲民主党も勝ったとはいえ、安倍晋三政権を脅かす力はない。民進党はとっくに風前の灯である。野党勢力はなぜダメなのか。「野党敗北の真の理由」を考えてみる。
希望の醜態は総選挙が終わった後も続いている。10月25日に開かれた両院議員懇談会では、小池百合子代表の辞任を求める声が上がった。小池氏を批判する議員たちは「『排除』発言の責任をとれ」と迫ったようだ。これぞまさに「天につばを吐く」ではないか。
彼らは憲法改正反対や安保法制反対を叫んでいたのに、自分が勝てそうにないと分かって、一夜にして主張を翻した。議員バッジ欲しさに自分のほうから小池氏にすり寄った経緯はすっかり忘れているらしい。そんな信念のなさは国民が見抜いた。
敗北した理由は自分たち自身にもあるのに負けてしまったら、今度は「代表の言動が敗因だ」などと言っている。まったく恥の上塗りである。こんな人たちに頭を下げなけれならないとは、自分が撒いた種とはいえ、小池氏のほうが気の毒になる。
希望に比べれば、立憲民主党を作って戦った「枝野幸男氏は立派」と有権者に受け取られて、立民が大健闘した。だからといって、私は枝野氏が筋を通したとは思わない。枝野氏も当初は前原誠司・民進党代表の希望合流提案に賛成しているからだ。
枝野氏は「自分も希望に移れる」と思って賛成したが結局、排除されたので、やむなく立民を作っただけではないか。本当に筋を通すのであれば、小池氏が改憲論者なのはだれでも知っていたのだから、希望への合流提案が出た時点で戦っていなければおかしい。
そうではなく、実は枝野氏も本来、改憲論者なので(8月11日公開コラム、リンク)、もしかしたら内心「この際、希望に移って徐々に軌道修正しよう」と考えていたかもしれない。
ところが排除されてしまったので「この際、改憲反対で徹底するしかない」と腹を決めて左にハンドルを切った。そうしたら大成功した。そういう話だった可能性もある。あるいは「いずれ希望を乗っ取ればいい」くらいに考えたかもしれない。その辺は枝野氏でなければ分からない。
いずれにせよ、そんな野党議員たちの「節操のなさ」が敗北の第1の原因である。
「何でも反対」で信頼されるか?
節操のなさは、物事をとことん突き詰めて、誠実に考えることをしない態度につながっている。それが野党の政策に表れている。たとえば経済政策はどうかといえば、彼らは基本的に財政金融のマクロ経済政策を理解していない。
希望は消費税凍結を言ったのはいいが、金融政策について公約は何も触れていない。「ポスト・アベノミクス」で規制改革と特区の活用も言ったが、小池代表は選挙戦で他の野党と同じようにモリカケ問題を取り上げて安倍政権を攻撃した。
外交・安全保障政策で希望は本来、安保法制堅持だったはずなのに、早くも揺らぐ可能性が出ている。国政を旧民進出身者が9割を占める当選議員たちが仕切るとなると、もともと彼らの多くは安保法制反対だったので、軌道修正を図るかもしれないからだ。
立民の枝野氏は「安法法制が違憲だから憲法改正に反対」などと言っている。言うまでもなく、憲法は安保法制の上位規範だ。100歩譲って安保法制が違憲という主張を認めたとしても、それが憲法を変えてはいけない理由にはならない。
枝野氏は安保法制を違憲と考える理由について、テレビで「海外派兵を認めているからだ」などと語っているが、自衛隊の海外派遣は湾岸戦争後の1991年、ペルシャ湾派遣以来、何度も実施している。
安保法制について言えば、海外派兵を認めるケースは「日本が存立危機に瀕しており、他に手段がなく、必要最小限にとどまる場合」に歯止めがかかっている(武力行使の新3要件)。日米同盟の強化なくして、中国や北朝鮮の脅威にどう対応するのか。
ようするに、彼らは「安倍政権反対」が政策なのだ。「政権を任せるだけの信頼できる政策がない」。これが野党が敗北した第2の原因である。




大川剛史

2017年11月22日 (水)

否定している自分を疑う

鬼頭宏昌経営者メルマガより、引用
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【 目標というもの 】
いちど作った目標は、絶対に達成するという強い意志が必要だと痛感している。
そして、目標は、自分の限界以上のレベルのものを持つことが好ましい。
非常に高いハードルでも、毎日、目標と向き合っていると、ふと手にした情報や、なんとなくのタイミングで、達成する方法がおりてくる。
そこに希望を見出し、「この方法なら、やれるんじゃないだろうか・・」と、自分にモチベーションをかけるわけだが、
そもそも、経営は逆算でやるべき。
現時点からの足し算で経営をすれば、いきあたりばったりの経営になる。
コーチングの世界で、偶然によって展開していく人生を「展開型」と呼ぶことがあるようだが、経営の世界で、展開型に期待すると、確実にいきあたりばったりの経営になる。
いつまでたっても成長しない会社の本質的要因が、まさにコレ。
偶然の出会いによって道が拓けることは多いが、あくまでもビジョンと目標があってこそ。
展開型という言葉は、楽して成功したいという潜在需要に対するマーケティングメッセージだと思われる。
さて、逆算の経営に話を戻そう。
経営している会社を成長させようと思えば、展開型のようなユルいスタンスではなく、将来の高い目標からの逆算で経営を行う必要がある。
将来の高い目標からの逆算をする際に、最も重要なのは、ありとあらゆる方法論を否定しないということだ。
頭からダメだと否定している選択肢の中に、本当の答えが潜んでいることは多い。
だから、自分の否定的な考え方を疑う姿勢が必要なのだ考える。
私たちが、思い込みによって排除していることは非常に多く、世界の広さを思い知ることが多い。
いままでの発言や考え方を、あっさりと手放せる経営者でありたいものだ。




根木貴大

2017年11月16日 (木)

相手の考えや期待に同化するにはどうすれば良いのか?

329666 を見て頂ければ分かるように社会で求められる能力には同化力と追求力が必要ですが、今回はその中の同化力に注目して「同化力を身に着けるためにはどうする?」というのを追求していきます。
◆同化とは何か?
まず同化力が必要なことはことは分かっても同化の意味が分からなければ全く意味がありませんのでその意味から押さえていきます。
『・対象の状況や言葉からその背景にある欠乏を掴み、互いの状況を同一視することができる能力
・人類最基底部にある適応本能として原初から持ち合わせている能力』です
つまり・・・
⇒それは同化能力は誰もが持っている能力であるということ。
心を空にして相手を対象化し、対象に肉薄すれば対象に同化できる ということです。
 
◆同化を妨げているものとは何か?
同化できない人や同化できない状況にある人に共通している構造があります
→それは自分屋・批判屋であるということです。
『自分屋というのは自分の認識や成功体験を中心にした考えに固執して対象を見ることすらできなくなっている人のこと
批判屋というのは何に対しても批判してばかりで「どうする?」という考えを持たず追求しない人のこと』です。
 
そして自分屋や批判屋の意識の深層にあるのは自我や私権でありその根本は否定意識です。
しかし否定意識の追求では表層の追求しかできず、表層回路に過ぎない
⇒では一体どうすれば同化のできる考え方になれるのでしょうか?
否定意識を危機意識に塗り替えることが重要です。
◆否定意識を危機意識に塗り替えるには?
社会的な期待に応えていくには否定意識の払拭をすることが不可欠です。
そのためにはどうすれな良いのか?
⇒自分のことはゼロにして仲間や社会の様子に注視し、周りの期待や欠乏を感じ取る危機感を感じることができれば相手の期待に同化することも可能になります。




 
尾崎大翔

2017年10月31日 (火)

来るべき変化に備えるのに最も良い方法は、未来の創造に参加すること

(以下、リンクより引用)
『9プリンシプルズ 加速する未来で勝ち残るために』21世紀のユーザーズ・マニュアル
本書を一言で表現するなら、「21世紀のユーザーズ・マニュアル」である。
本書の内容紹介に、「ビジネスの「ゲームのルール」の激変ぶりに、イノベーションの恐るべきペースの速さに、むち打ち症(whiplash)にならずついていくために不可欠な、『9の原理(ナイン・プリンシプルズ)』」と書かれているように、我々は、今、世界を動かすオペレーティングシステム(OS)が一新されるような大きな変化の時代を生きている。本書は、この新しい世界のOSについての強力なユーザーズ・マニュアルである。(中略)
本書は、次のように指摘する。「グーグルの共同創設者ラリー・ペイジが《ワイアード》誌に述べたように「[ほとんどの]企業がだんだん劣化するのは[かれらが]以前にやったのとだいたい同じことを、マイナーチェンジしただけで続けようとするからだ。絶対に失敗しないとわかっていることをやりたがるのは自然なことだ。でも漸進的な改善は、やがて陳腐化する。これは特に、確実に漸進的でない変化が起こるとわかっている技術分野ではそうだ。」
そして、現代の特徴は「非対称性」「複雑性」「不確実性」にあり、超高速の変革がデフォルト状態の世界で生き残るには、全く発想の異なる戦略が必須だとして、次の9つの原理を挙げている。
1. 「権威よりも創発(Emergence over authority)」
2. 「プッシュよりプル(Pull over push)」
3. 「地図よりコンパス(Compasses over maps)」
4. 「安全よりリスク(Risk over safety)」
5. 「従うよりも不服従(Disobedience over compliance)」
6. 「理論より実践(Practice over theory)」
7. 「能力より多様性(Diversity over ability)」
8. 「強さより回復力(Resilience over strength)」
9. 「モノよりシステム(Systems over objects)」
かつての生産プロセスは、特定の「権威」が主導していたのに対し、現在は、多くの人が関わることで生まれる「創発」が台頭してきている。これからの時代に求められるのは詳細な地図ではなく、方角を示してくれるコンパスであり、抽象的な思考は有用なコンパスのひとつである。低コストでイノベーションが起こせる世界では、安全よりもリスクをとるべきであるなど、ここには様々な指針が示されている。
ここで印象的だったのは、「言われた通りにしているだけでノーベル賞を受賞できた人はいない」し、「偉大な科学者の性質として最も過小評価されているものが、バカと思われても平気だということ」だという点である。
また、本書は次のように語っている。「成功への鍵はルールや、果ては戦略ではなく文化だ。道徳的な指針の話であれ、世界観の話であれ、感性や嗜好の話であれ、ぼくたちがこうしたコンパスをセットするのは自分たちが作り出した文化と、その文化をイベントやメールや会合やブログ投稿やルール作りや、果ては流す音楽を通じてどう伝えるかを通じてのことだ。それは、ミッションステートメントやスローガンよりは、むしろ神話体系のようなものだ。」
つまり、人間の発展におけるどんな時期も、共有される想定や信念の集合で特徴付けられるのであり、これらの原理は、ミッションステートメントやスローガンといったトップダウンの形ではなく、人々の間で神話体系のように伝えられるのでなければ、これからの新しい世界の扉を開くことはできないというのである。
本書を読んで、去る8月2日にソニーコンピューターサイエンス研究所で行われた、『知性の本質とは何か?』というシンポジウムを思い出した。ここでは、ヤフーCSOの安宅和人氏が、『知性とは何か、知覚とは何か』という講演を行い、それに続いて、『AI時代に問われるべき知性とは何か』というパネルディスカッションが行われた。
パネリストは、安宅氏に加えて、御立尚資氏 (ボストンコンサルティング グループ シニアパートナー)、石川善樹氏 (予防医学者)、北野宏明氏 (ソニーコンピュータサイエンス研究所所長)と超豪華布陣で、ファシリテーターは岩佐文夫氏 (DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー前編集長)が務めた。
このシンポジウムは最近参加した中でもずば抜けて面白かった。誰かが、「日本で最高峰の知性のジャムセッション」と言っていたが、プレゼンテーションの上手さや会場との一体感に加え、各パネリストの「アンチ・ディシプリナリー(非学際的)」色が半端でなかった。
そして何より印象的だったのは、パネリスト全員が、新しい未来に対して半端ではないワクワク感をもって臨んでいるように見えたことである。
来るべき変化に備えるのに最も良い方法は、それを傍観するのではなく、未来の創造に参加することである。そして、IT技術やソーシャルメディアの発展のおかげで、今、イノベーションのコストは格段に下がっており、人々が創発的な社会変革に参画できる機会が飛躍的に高まっている。
自分が面白いと思ったことに積極的に突っ込んで行き、自らの手で新しい未来を切り開く。我々は今、そうしたことが可能な時代にいるのである。
(引用終わり)




志葉楽

2017年10月27日 (金)

生きる意欲を失った子どもの心に付け込む悪魔の心理ゲーム

2017.08.24 yahooニュースリンク 
「自殺ゲーム」で少年死亡相次ぐ=ネット経由、当局が規制要請―インド
このゲームが日本に上陸することも恐ろしいが、このようなゲームに一種のよりどころを見出してしまう子供たちが多いことが問題の本質。
「仕方なく生きてる」と口にしている子供たちに生きる意欲と追求心を再生することが急務である。
*****以下、edamame より引用リンク
2015年、ロシアを発端に始まった自殺ゲーム「ブルーウェール」。
日本語で「青いクジラ」といい、自ら陸に乗り上げ自殺する習性があることからこの名がつけられた。
このゲームは自殺願望がある未成年を引き込み、「決められたルールに従えば異世界に行って救われる」という刷り込みを行う。現実へ不満が強く、特別な存在への憧れが強いティーンエイジャーの心をついている。
ロシアでは2016年4月までに130人以上の自殺者を出しており、自殺ほう助の厳罰化や、犯行グループの摘発など対策に乗り出している。
発端となったのは、ロシアのSNSであるVK.comのコミュニティの一つだ。独自の死生観を発信しており、自殺した少女の写真をシンボル化したり、音楽や映像を使用して若者たちを死へいざなっていた。その後、創始者の逮捕によって一時的に鎮静化するも、現在ではルールだけが独り歩きしてアプリ、チャットグループ、SNSのハッシュタグとして存在し続け自殺者を増加させているという状況だ。
<中略>
ついに東アジアにも進出してきたブルーウェールの波。もし日本に上陸すれば、秘匿性の高い日本のSNS文化では拡散を止められないだろう。
それでは、さらに詳しくブルーウェールについて見ていこう。
ブルーウェールのルール
このゲームはまず、自殺願望を持っている未成年が中心に集められる。「お前は太っている」「醜い」「負け犬」といった言葉でこの世界に居場所がない事を信じ込ませる。こうして自己肯定力のない少年少女の死にたいという気持ちを煽り、追いつめたのち、「特別な手段で死ねば、別の世界で救われる」という事を伝えるのだ。死後の世界の美しさや、先に逝ってしまった少女への称賛で死の美化を行う。霊的な魅力を感じさせる部分は、ある種の宗教のようなものである。
ルールはグループによってまちまちだが、現在拡散されているルールは以下のとおりである。
1日目、手に「f57」と刻み、写真を撮って管理人に送る。
2日目、朝4時20分に起き、サイケデリックなホラー映像を見る。
3日目、3回リストカットをし、写真を撮って管理人に送る。
(中略)
10日目、屋根に上る。(なるべく高いところ)
11日目、手にクジラを刻む。写真を撮って管理人に送る。
(中略)
26日目、管理人が死ぬ日を言うので、それを受け入れる。
27日目、朝4時20分に起き、線路へ向かう。(見つけたどの線路でもいい。)
28日目、一日中誰とも話さない。
29日目、「自分はクジラ」だと誓う。
30~49日目、毎日朝4時20分に起き、ホラー映像を見て、彼ら(管理人)が送った音楽を聴く。そして一日一回体を切る。「クジラ」と話す。
50日目、高いところから飛び降り、命を捧げる。
このパターンでは飛び降り自殺をすすめているが、線路に寝そべって斬首する形をとっているものもある。
このように、まじないのような行動をさせることで、プレイヤーは霊的な世界へより没頭するようになる。神のような視点を持った管理人が精神的に追い詰めた上、死までの経過を監視していると思い込ませる算段だ。
この事件で逮捕された、フィリップ・ブデイキン被告は、このゲームをはじめた理由についてこのように述べている。
「世の中には人間と生物としてのゴミがいる。社会のどんな恩恵を受けられず、害悪としかなり得ないやつらだ。俺はそういうやつらを社会から排除したまでだ。5年もの間このアイデアを構想していた。こういうゴミどもと一般人は区別する必要がある。」
ブデイキンはかなりの危険思想の持ち主で、亡くなった少年少女への同情は一切持ち合わせていない。英新聞社・dailymailの記事によると、彼は巧みな話術の持ち主で、少女に甘い言葉をかけ恋に落ちるように仕向けていたという。逮捕後にも大量のラブレターが届いていたのだとか。優しさや温もりとかけ離れた孤独な少女たちを誘惑するのは、彼にとってとても簡単なことだったのだ。
私がここまで詳しく書いた理由はただ一つ、この危険なゲームが日本人を惹きつける内容だと思えたからだ。
日本では過労が原因による自殺が注目されており、そのうち44%が20~30代の若者である。
海外では孤独や閉塞感は思春期に味わうものだったが、日本では成人しても孤独感に苛まれている人は多いとされている。
現代の若い社会人のほとんどは、誰も頼ることができず、上の層からは「役立たず。情けない。」「辞めて他に行っても絶対にうまくいかない」と道を絶たれ、限界まで使い倒される日々を送っている。孤独な状況と、逆らえない人間からの追いつめる言葉、心の余裕をなくす命令。・・・この構造がブルーウェールの心理操作と似ていると感じたのは、筆者だけではないだろう。
更にブルーウェールでは「死ねば異世界で幸せになれる」と付け加えており、退路がなくなった社会人にとって、どれほど甘美な言葉かわかるだろうか。
ブルーウェールが日本に上陸しないことを願うばかりだ。
*****以上、引用終わり



楊数未知 

2017年9月30日 (土)

考えない人間を生み出す日本の学校教育②

日本の若年層が心身に大きな問題を抱えるようになってことが、臨床に関わる医師たちが十年以上も前から報告しているようだ。
日本の若年層が求めているのは「面倒を避け、対立を避け、トラブルを避け、自分が傷つかないように自我を必死に守り、傷つくくらいなら何もしないことを選択する受動的な生き方」、まさに、安定志向に他ならない。
この状況を日本の教育が生み出しているという。
「怒り」という感情を教育で奪われ、牙を抜かれた若者たちリンクより
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○理不尽でも黙って指示に従うのが正しい生き方か?
「みんな仲良く」だとか「人類みな兄弟」みたいな教育があまりにも徹底され過ぎて、何があっても怒りという感情を抑えなければならないと教育されたらどうなるのか。
「怒りを感じたらいけない……」
「理不尽なことをされても仲良くしなければ……」
「自分が我慢しなければ……」
このような思考回路になっていくのは容易に推測できる。とにかく協調性を崩さず、その場を丸く収めることばかり求められるようになり、不安の中で生きるしかなくなってしまう。
(中略)
ただ「面倒を避け、対立を避け、トラブルを避け続ける」だけしか学ばないで義務教育を終われば、面倒や対立やトラブルだらけの社会では押し潰される。 世の中が理不尽なことや危険なことを教えるべきだ。
その中で押し潰されないようにする方法を教えないから、若者たちはどうしたらいいのか分からずに、最初から最後まで自分を殺して生きることになってしまう。
なぜ、「正しいことを主張する」ことを教えないのかというと、今の学校は若者をサラリーマンにするための養成学校のようになっており、「主張するより上司に従うこと」が優先されるからである。
「上司の命令が理不尽でも黙って指示に従うのが正しい生き方だ」というのを学校から教えて社会に出して、サラリーマン社会でクビにされないようにしているのだ。
相手がどんなに理不尽なことを言ってきても、自分の主張は殺してひとまず謝罪したり賠償したりするように教えているということでもある。
こんな生き方を義務教育で徹底されたら、誰でも主体性を失って流れるように生きるしかない。本当に、こんなことでいいのだろうか。
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